東京五輪2020が現在開催されている。この大舞台を経験した後に世界の強豪クラブへ移籍する選手や、欧州の舞台で活躍するよう…
東京五輪2020が現在開催されている。この大舞台を経験した後に世界の強豪クラブへ移籍する選手や、欧州の舞台で活躍するような選手が出るかもしれない。そこで今回は、五輪後に飛躍を遂げた日本人選手を紹介する。
■Uー24日本代表を牽引する主将
ポジション:DF
生年月日:1988年8月24日(32歳)
歴代所属クラブ:名古屋グランパス、VVVフェンロ、サウサンプトン、サンプドリア(現所属)
五輪出場歴:北京、ロンドン(OA)、東京(OA)
吉田麻也は今回の東京五輪で3大会目の五輪出場となる。日本を代表するCBとして、32歳となった今でも第一線で活躍する一人だ。オランダ、イングランド、イタリアでプレーし、数々の名プレイヤーと対戦。その経験からくるディフェンス能力は日本代表が世界に誇れる看板のひとつだ。
吉田の初めての五輪は、名古屋グランパス在籍時の2008年に行われた北京大会。のちにビッグクラブへ移籍することになる長友佑都や香川真司、本田圭佑などとともに出場。オランダ戦のみの出場だったが、マッチアップしたロイ・マカーイと互角に渡り合うなどインパクトは残した。
その後、吉田は2010年にオランダのVVVフェンロに移籍。フェンロ在籍時の2012年に行われたロンドン五輪の日本代表にオーバーエイジ(OA:24歳以上)として出場し、初戦のスペイン戦で1−0の勝利をおさめ、メキシコ五輪以来44年ぶりとなる準決勝進出に貢献した。
クラブでの活躍と五輪での活躍が認められ、吉田は2012年8月にイングランドのサウサンプトンに移籍。現リバプールのフィルジル・ファン・ダイクなどとプレーするなど様々な経験を重ねる。そして昨年にサウサンプトンを離れ、イタリアのサンプドリアに移籍することに。長らくA代表でも活躍し、今回の東京五輪にもOAとして出場。3大会目の五輪で若き侍たちを牽引している。
■19歳で五輪経験!マンUでプレーした中盤の要
香川真司
ポジション:MF
生年月日:1989年3月17日(32歳)
歴代所属クラブ:セレッソ大阪、ドルトムント、マンチェスター・ユナイテッド、ベジクタシュ、サラゴサ、PAOK(現所属)
五輪出場歴:北京
五輪経験から数年後ではあるが、大きな飛躍を遂げたのが香川真司だ。ドルトムントではブンデスリーガ優勝を経験し、プレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッドへの移籍を果たした。日本サッカーの歴史にその名を刻んだ一人だろう。
香川はセレッソ大阪で活躍すると、2008年の北京五輪の日本代表に19歳という若さで選出。日本はグループリーグで敗退となるも、全3試合に出場した。北京五輪から2年後の2010年7月にドイツ1部のドルトムントへ移籍。ユルゲン・クロップ監督との出会いが転機となる。
ドルトムントでは主力として活躍し、2度のブンデスリーガ優勝を経験。そして2012年にマンチェスター・ユナイテッドへ移籍となった。最初のシーズンでハットトリックを達成するなど、サッカーファンを驚かせ、そのシーズンのプレミアリーグ優勝を経験した。
しかし、アレックス・ファーガソン監督が退任すると出場機会が激減し、2014年にドルトムントへ復帰。ベシクタシュへのレンタル移籍を経て、2019年8月にスペイン2部のレアル・サラゴサへ完全移籍することになった。今年1月からはギリシャのPAOKでプレーしている。
北京五輪前には、平成生まれの選手としては初めてのA代表に選出。北京五輪やA代表での経験などを経て、ドルトムントやユナイテッドへステップアップ。日本代表では長らく背番号10を背負い、攻撃の中心として活躍した。
■監督としての顔も!?世界に誇るレフティー
本田圭佑
ポジション:MF
生年月日:1986年6月13日(35歳)
歴代所属クラブ:名古屋グランパス、VVVフェンロ、CSKAモスクワ、ACミラン、パチューカ、メルボルン・ビクトリー、フィテッセ、ボタフォゴ、ポルティモネンセ、ネフチ・バクー
五輪出場歴:北京
これまで数々の国でプレーした本田圭佑は昨年3月、ボタフォゴ在籍時にゴールを決めたことによって、史上初の5大陸(アジア、ヨーロッパ、北米、オセアニア、南米)のクラブでゴールを記録。さらに、南アフリカワールドカップでもゴールを決めているので、南極大陸以外の大陸全てでゴールを決めていることになる。
日本のみならず、世界のサッカーの歴史に名を刻んでいる本田は、2008年の北京五輪に出場。ゴールこそなかったものの、グループリーグの全試合に出場した。北京五輪後もVVVフェンロで活躍した本田は2010年にロシア1部のCSKAモスクワへ移籍。そして、2013年にはセリエAのACミランへ移籍を果たし、背番号10をつかみとった。
ミランでは大成功を収めたとは言い難いが、キャプテンマークを巻く試合もあり、イタリアでインパクトは残した。その後はメキシコ、オーストラリア、オランダ、ブラジル、アゼルバイジャンでプレーした。
ワールドカップには2010年の南アフリカ大会から3大会連続の出場。3大会で10試合に出場し4得点。3大会連続のゴールと活躍。また、現役選手ながら実質的な監督としてカンボジア代表を指揮。さらにビジネスマンとしての顔も見せるなど、サッカー以外の面でも活躍している。