東京五輪2020が現在開催されている。この大舞台を経験した後に世界の強豪クラブへ移籍する選手や、欧州の舞台で活躍するよう…
東京五輪2020が現在開催されている。この大舞台を経験した後に世界の強豪クラブへ移籍する選手や、欧州の舞台で活躍するような選手が出るかもしれない。そこで今回は、五輪後に飛躍を遂げた日本人選手を紹介する。
■マイアミの奇跡を経験した日本サッカー界のレジェンド
中田英寿
ポジション:MF
生年月日:1997年1月22日(44歳)
歴代所属クラブ:ベルマーレ平塚(湘南ベルマーレ)、ペルージャ、ローマ、パルマ、ボローニャ、フィオレンティーナ、ボルトン
五輪出場歴:アトランタ、シドニー
今では海外移籍する日本人が多くいるが、中田英寿はその礎を築いた一人と言える。中田は1995年に韮崎高校からベルマーレ平塚(湘南ベルマーレ)へ入団。翌年のアトランタ五輪に19歳で出場し、ブラジル代表に勝利するという”マイアミの奇跡”を経験した。
その後、1998年のワールドカップで活躍し、ペルージャに移籍することに。そこでも結果を残した中田は、2000年にセリエAの強豪ローマへ移籍を果たす。そして迎えた同年のシドニー五輪に出場した中田は、主軸として活躍したものの、準々決勝のアメリカ代表戦のPK戦でPKを外してしまい、チームはベスト8で敗退した。
その後はパルマやボローニャ、フィオレンティーナやボルトンでプレー。そして3大会目のワールドカップとなったドイツ大会を最後に現役生活を終えた。19歳で五輪に出場し、ローマというビッグクラブに移籍するまでに成長。五輪後に海外へステップアップし、若くして欧州でプレー。日本を代表するゲームメイカーとして、日本サッカー界の歴史を作った。
■アーセナル移籍を勝ち取った日本を代表するボランチ
MF:稲本潤一
ポジション:MF
生年月日:1979年9月18日(41歳)
歴代所属クラブ:ガンバ大阪、アーセナル、フラム、WBA、カーディフ、ガラタサライ、フランクフルト、レンヌ、川崎フロンターレ、コンサドーレ札幌(北海道コンサドーレ札幌)、SC相模原(現所属)
五輪出場歴:シドニー
稲本潤一は1999年のワールドユースに出場し、準優勝を経験。この世代を代表する選手の一人だ。翌年のシドニー五輪代表に選出された稲本はチームの中心として活躍。全試合に出場し、グループリーグのスロバキア代表戦では1ゴールを記録。ベスト8進出に貢献した。その後A代表にも選出され、日本代表の主力に成長した。
そして、当時アーセナルを率いていたアーセン・ベンゲル監督に認められ、2001年にアーセナルへ移籍。レンタルでフラムに移籍することになるが、その後はトルコ、ドイツ、フランスでプレー。稲本も日本人の海外移籍の道を切り開いた一人である。
稲本を語る上で忘れてはいけないのが、2002年の日韓ワールドカップだ。ベルギー戦とロシア戦でゴールを決め、日本の同大会初勝利と初の決勝トーナメント進出に貢献した。その後ドイツ、南アフリカと3大会連続のワールドカップ出場。国際Aマッチ通算82キャップを誇る日本を代表するボランチだ。
稲本は2010年に川崎フロンターレに移籍し、Jリーグへ復帰。2015年からはコンサドーレ札幌(北海道コンサドーレ札幌)、2019年からは当時J3のSC相模原でプレーしており現在も現役を続けるレジェンド級の選手だ。
■アテネ五輪後に海外移籍を勝ち取った男
ポジション:FW
生年月日:1982年6月9日(39歳)
歴代所属クラブ:セレッソ大阪(現所属)、マジョルカ、ヴィッセル神戸、ヴォルフスブルク、川崎フロンターレ、FC東京、ジュビロ磐田、東京ヴェルディ
五輪出場歴:アテネ
大久保嘉人は国見高校在籍時に高校3冠を達成。争奪戦の末、2001年にセレッソ大阪が同選手を獲得した。若手の頃は多少荒っぽいところはあったが、決定力のあるFWとしてJリーグでも活躍。そして2004年のアテネ五輪代表に選出された。
アテネ五輪では日本はグループリーグ敗退となるものの、大久保個人としては全3試合に出場し2得点を記録するなど活躍。五輪での活躍が認められると、2004年11月にスペインのマジョルカへレンタル移籍を果たす。
マジョルカのデビュー戦でいきなりゴールを決める活躍をしたが、その後は出場機会が限られることに。しかし、残留争いをしていたシーズン終盤に出場機会を与えられると、36節と37節で1ゴールずつ決め、チームの奇跡の残留に貢献した。
2006年のワールドカップメンバーから外れた大久保だったが、同年6月にC大阪に復帰。2007年1月にはヴィッセル神戸へ移籍。その2年後にはドイツのヴォルフスブルクへ移籍を果たす。その後は川崎フロンターレやFC東京、ジュビロ磐田や東京ヴェルディなどでプレーし、今季はC大阪でプレーしている。
ワールドカップは南アフリカとブラジル大会に出場。日本を代表するストライカーとして、39歳となった今でも現役でプレー。五輪での活躍により海外移籍を掴み取り、ステップアップしていった一人だ。