勝負魂は、烈(はげ)しく、直球である。東京五輪で卓球の伊藤美誠が日本女子初のシングルス銅メダルを獲得した。それでも、笑顔はなかった。「うれしい気持ちはちょっと薄いかな......」と悔し涙を流した。「うれしさは1あるかなというくらい。99…

 勝負魂は、烈(はげ)しく、直球である。東京五輪で卓球の伊藤美誠が日本女子初のシングルス銅メダルを獲得した。それでも、笑顔はなかった。「うれしい気持ちはちょっと薄いかな......」と悔し涙を流した。「うれしさは1あるかなというくらい。99は悔しいです」



3位決定戦でユ・モンユ(シンガポール)に勝った伊藤美誠

 7月29日の東京体育館。正午からの準決勝。伊藤は同じハタチの中国のホープ、ソン・エイサに完敗した。世界ランキングが相手の3位に対し、伊藤は2位なのに、わずか30分余の0-4のストレート負けだった。

 ソンのサーブの質がよく、伊藤はレシーブを崩されてしまった。何といっても、混合ダブルス決勝で優勝した伊藤に対し、中国選手は必死だった。迫力があった。

 試合に負けたあと、体育館を出る時のテレビインタビューで、日本のエースは目に涙をためていた。伊藤の満足度のバロメーターは自分の力を発揮できるかどうかなのだろう。

「惜しくもなかったので、すごく悔しいです。調子はそんなに悪くないと思います。これが実力。しっかり気持ちを切り替えて、次の試合へ準備したいと思います」

 伊藤はいったん宿舎に戻り、食事、休憩をとった。ただ中国選手に負けたショックは大きかった。松崎太佑コーチが冗談で、「負けたことを忘れて。次は決勝だよ」と言うと、伊藤は笑って、こう返したそうだ。「そんなこと、思えねーよ」

 ただ、3位決定戦の相手、ユ・モンユ(シンガポール)の試合動画を見ると、やっとで勝負魂に火がついた。準決勝敗退から約7時間。午後8時過ぎ。伊藤はユ・モンユに対峙した。

 第1ゲームは落とした。敗戦ショックが尾を引いていたのか、足の動きが悪かった。伊藤の卓球は足を動かし、下半身で球を打つ。31歳のユ・モンユは世界ランク47位。20歳のエースが自分の力を出せば、負ける相手ではなかった。2ゲーム目。途中でサーブの打ち方を少し変えた。8-8から3ポイントを連取し、ゲームタイとした。

 これで流れが変わった。サーブも効くようになり、足もよく動いた。そのまま、3ゲームを連取し、4−1で押し切った。伊藤は、「金メダル以外はぜ~んぶ、私自身、一緒だと思っている」と打ち明けた。

「もちろん銅メダルはうれしいですけど、やっぱり中国選手に勝ってメダルをとりたいんです。準決勝も3位決定戦も、うまくいってない状態で、負けたのと勝ったのという感じなので。いつも、すべてを出し切りたいじゃないですか」

 2012年ロンドン五輪を見た時、伊藤は「オリンピックで金メダルをとる」と日記に書いたという。そして、2013年9月に東京での五輪開催が決まった時、「東京五輪で金メダル」が明確な目標となった。それから、8年の歳月が経った。多少の浮き沈みがありながらも、伊藤は順調に成長してきた。

 国際大会で次々と史上最年少優勝の記録を塗り替え、15歳で出場した2016年リオ五輪では女子団体で銅メダルを獲得した。その後、同学年の平野美宇の急成長に刺激を受け、2017年秋、中国のリーグに約2週間、挑戦した。目標としてきた東京五輪は新型コロナで1年、延期となった。

 松崎コーチは「美誠は試合が好きで卓球をやっているんです」と教えてくれた。「1年延期のオリンピック。ものすごくがんばっているんですけど、相手が見えないというか、試合に勝つための練習から遠くなってしまった。本人のなかでは面白くなかったでしょう」

 つまりは、モチベーションの維持が大変だったということである。伊藤は通常、週に6日、一日5、6時間、練習する。新型コロナの前の練習オフの日は、大好きなショッピングで気分転換するのが常だった。だが、新型コロナの自粛期間となってからは、松崎コーチと練習場近くの山に車で行くようになった。同コーチは「家に引き込もらないように」と説明した。

 何はともあれ、超ポジティブ思考の伊藤は、苦しい環境も楽しむ気概を持っている。試合の間隔が短い五輪にしても、伊藤は「一番タフな生活を送っている選手だと思います。試合の間の休憩が(実質)3時間は初めてだった。逆にそれって面白いですよね」と小さく笑うのだった。

 この東京五輪では水谷隼選手とのペアで新種目の混合ダブルスで優勝した。女子シングルスでは銅メダル。そして、女子団体で自身3つ目のメダルを狙う。伊藤は「団体戦は私自身が全勝して、チームにいい流れを持っていきたい」と意気込む。目指すはもちろん、中国を破っての金メダル。

 最後、伊藤はこうも、言った。「このオリンピックは全体的に自分のためにがんばろうという目標を立てているんです」と。

 がんばれ、自分!