「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」#37「THE ANSWER」は東京五輪の大会期間中「オリンピックのミカタ」と題し、実施される競技の新たな知識・視点のほか、平和・人権・多様性など五輪を通して得られる様々な“見方”を随時発信す…

「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」#37

「THE ANSWER」は東京五輪の大会期間中「オリンピックのミカタ」と題し、実施される競技の新たな知識・視点のほか、平和・人権・多様性など五輪を通して得られる様々な“見方”を随時発信する。柔道では、活躍した選手の恩師の育成法をクローズアップした短期連載を掲載。第6回は男子100キロ級で金メダルに輝いたウルフ・アロン(了徳寺大職)だ。了徳寺大学柔道部の山田利彦監督、金丸雄介副監督に指導法を聞いた。(取材・文=THE ANSWER編集部)

 ◇ ◇ ◇

 了徳寺大学は社会人実業団の強豪。五輪メダリストや世界選手権王者を男女問わず輩出している。部を束ね、柔道日本選手団の副団長も務める山田監督の指導方針は、いたってシンプルだ。

「本人の自主性をいつも頭に入れています。私が言ったから絶対やらなければいけないわけでもなくて、いろんな指導者の方が自分のためを思っていろんなアドバイスをしてくれるので、それをしっかり聞きなさいと。聞く耳を持って、それをどう飲み込むのかは本人」

 練習メニューの作成や練習場所、練習量、食事のとり方まで原則、本人任せ。課題にぶつかっても、本人からSOSが来るまでは見守るスタンスだ。随時、報告は受けるものの、何をしようが基本的には自由。所属選手は母校の大学を拠点に練習する選手も多く、社会人の1人の柔道家として自覚ある行動を促している。

「自分で最終的に考えられないと、本当に最後の苦しいところの勝負はできないと考えている。無理くりやらさせても決して本物じゃない。いかに自分に気づいてやるかという部分は、こっちも我慢しながらやっているつもり」と狙いを明かした。

 金丸副監督もウルフの性格に触れた上で、相づちを打つ。「そもそもフランクな性格でのびのびしているところがあるので、あんまりああだこうだ指摘して制限かけるよりは、好きなようにやりなさいっていうふうに持って行ったほうがパフォーマンスが上がる。自由にさせてます」

 ウルフは東海大4年のとき、世界選手権を制覇。すでに実績は十分で、卒業後の進路を巡っては複数の実業団がスカウトの手を伸ばした。

 面談の中で、山田監督はウルフにこうした指導方針を伝えた。「たぶん型にはめてやるようなチームではあまり合わないのでは、というところでウチを選んでくれたのも大きかったのかなと思います」と、入団の決め手になったという。

“自由”という言葉は、聞こえはいいが、それだけの責任が付きまとう。自分に甘えれば、自滅する可能性もある。

「それだけプロフェッショナルじゃなきゃいけないと思う。例えば、ほかの企業だったら、どこか行くごとに交通費や旅費がもらえたりしている企業もあると思うんですけど、ウチは一切ない。自分自身で計画してホテルを取って、出稽古に行くなら自分でお金払ってやるというシステムなんです。自分自身でお金を払ってやっていくことなので、まさしくプロだと思います」(金丸副監督)

子どもの育成にも通じるテーマ「もう少し長い目で見て」

 ウルフは真のプロフェッショナルだった。「彼の練習量はハンパじゃないです。何も言うことがない。努力すること、そこは本当にすごいなと思います。自分でちゃんと課題を見つけてその課題克服のためにしっかり練習を積む、積み込んでいく、それをクリアしていくっていうのが自分自身でできるのが一番の強み」と金丸副監督は力を込めた。

 東京五輪までの道のりは順風満帆とはいかなかった。2019年12月のワールドマスターズ大会で右膝を負傷し、手術した。当時は東京五輪の延期が決まっておらず、手術法も含めて本番にいかに間に合わせるかを考えた。東京五輪が1年延期になったことはウルフにとって追い風になった。

 体重は一時期、120キロ近くまで増加した。膝は順調な回復を見せた一方で、時間がかかったのは「感覚」の部分。手術前の状態にはなかなか戻らなかった。激しい練習をすると膝に水がたまることもあった。「少し動きに制限があったり、ちょっと怖さがあった。そこの感覚を筋肉で補って、対応するしかないよなという話をしました」と山田監督。キャリアを左右する大事な時期に力を合わせて、試練を乗り越えた。

 トップ選手になりたいのは誰も同じ。しかし、その道のりはさまざまだ。早くから結果を出す選手もいれば、回り道をする選手もいる。山田監督は自主性を育むことは子どもや学生の指導にも通じるものがあると説く。

「ウルフは子どものころからのエリートじゃない。中学校のときには全国大会に出ていない。自分がチャンピオンになりたい、強くなりたいと思ったときからグンと伸びた。どうしても詰め込み型が日本の指導法には多いとは思うんですけど、もう少し長い目で見て、本人がこうやりたい、少しでも強くなりたいというふうに持っていければ一番いいと思う。

 親御さんもそういった目で見守ってもらったほうがいいんじゃないかな。頭ごなしにずっとやらされてきた子たちは、どこかで頭打ちがあるのかなって気がします。実際のところの自修が出ないと、本当の最後の勝負に勝ったり、また最後の勝負の段階までいけない」

 自由闊達な風土の下で、自分らしく自分のペースで努力してきたウルフ。地元・東京での五輪で見事、大輪の花を咲かせた。(THE ANSWER編集部)