これまで3度、パラリンピックに出場したパワーリフティングの大堂秀樹はすぐにおどけて「天才ですから」というセリフを口にする。まるで嫌味がないのは、愛嬌のある顔つきと、試合では必ずといっていいほど、そのときの最大限を出し切る選手だからだ。東京2…

これまで3度、パラリンピックに出場したパワーリフティングの大堂秀樹はすぐにおどけて「天才ですから」というセリフを口にする。まるで嫌味がないのは、愛嬌のある顔つきと、試合では必ずといっていいほど、そのときの最大限を出し切る選手だからだ。東京2020パラリンピック予選最終戦のドバイ・ワールドカップでもやってのけた。

挙げることのみに集中できる才能
ドバイワールドカップでは「自信しかなかった」と言い、198kgを挙上photo by Dubai Club for People of Determination

1月の全日本選手権は肩が痛くて174kg。そこから取り戻して日本新って超カッコよくないですか(笑)。僕、本番にめちゃめちゃ強いんです。2本目、失敗したじゃないですか。こういうとき、次どこを直そうと思っちゃうのが普通なんでしょうけど、僕はそこをすっかり切って、一番いい試技を思い出し、一番いい試技をやれる。我ながらポジティブ(笑)。

あまりそういう選手はいないよね。でも、僕にしてみたら、やることをやればそれだけの時間はかかる。残り1秒になっても焦りはないですね。

リオパラリンピックは88kg級に出場して8位だった photo by X-1
障がいの有無に関係ない競技性に魅了

幼少期からなんでもやりたいことを切り開いていく人生だったんです。やりたいことを自由にがんがんとやる。だから起きてしまったことは仕方ないと、すぐに前を向きました。

当時、高橋さんは圧倒的な体をしてたんです。対して僕は62kgくらい。今はその体重差なら、高橋さんがクソ強いのは分かるんですけど(笑)、知らずに挑んで大敗して高橋さんに勝ちたくなった。そこで練習に連れて行ってほしいとお願いしたんですけど、ずっとはぐらかされて、実際に連れて行ってもらったのは2年後でした。

本番に強いという大堂。東京パラについては「出場できたらひとつでも高い順位を狙いたい」と話す photo by Tomohiko Sato

最初は高橋さんに勝ちたいという気持ちだけでしたけど、世界は高橋さんどころじゃない強い人だらけ。すると欲が出てきて、もっと上、もっと上、とつながっていったのが今の状況かな。パワーリフティングをやる醍醐味として重いのを挙げたいから、体重もつけていきました。

パワーリフティングのいいところはバリアフリーなんです。他の競技だと健常者の大会で、障がい者の記録は認めないってよくあるじゃないですか。でもこの競技は、スタートまで2分で試技を開始するというパラリンピックのルールを適用しながら、健常者の大会でも国内の記録として認めてくれる。障がいがあろうがなかろうが、強いやつは強いと認めてくれるんです。

「こんなに強いのに引退する必要なんてない」

この競技は20代なんて雑魚(笑)。30代が一番強い。40代もまだ伸びしろがありますからね。

大堂は過去3度パラリンピックに出場した第一人者だ(写真はリオパラリンピック)photo by X-1

ジョンのプログラムはしっかり疲れるけど、練習時間は短い。おかげで無茶しなくなりました。昔はジムで5時間くらいとことんやってたけど、今は1時間経たずに帰れたりします。前は週3日の練習は、週3回試合しているような感じでしたからね。

でも、ジョンが「これで世界チャンピオンをつくった」っていうから、ただ信じればいい。それに2016年のドバイの大会だったかな。僕が棄権したとき、すっ飛んできて「ケガしたんだろ。大丈夫か。氷いるか。救急車呼ぶか」とすごく心配してくれたことがあったんです。その瞬間、この人は信頼できる人だ、って。こういう人なら、一人ひとりをちゃんと見て練習をつくってくれるというのがありました。

この競技は挙げられると思ったら挙げられるし、無理だ、と思ったらその時点で挙がらないんです。ケガをしたらどうしようかとか、不安にならないかですか? そんなの考えなきゃいいだけですよ。試合はそんなこと考えていたら進まないんで、いちいち考えない。

それと心理系のトレーニングは、ネガティブな情報から入ることが多いので聞かないですね。プラスの話から入るなら聞きたいけど、失敗をどう克服しますかという話ならいらない。先生方より僕のほうが絶対にメンタル強いですし。こういう自分は、悩んでいきついたわけではなく、お箸を持つように、僕が普通にやってきたことなんだけど、それを話すと、みんなおもしろがってくれるんですよね。

ごめんねー! せっかく連盟さんで先生方を用意してくれてるのに!

北九州 2018 ワールド パラパワーリフティング アジア・オセアニア オープン選手権大会では日本チーム唯一のメダルを手にした photo by Tomohiko Sato

僕の理想は世界チャンピオンになることなんですよ。どう取り組んだら世界トップのやつらみたいになれるかわからないけど、まだやれることはいくらでもある。46歳になった今、引退を考えませんか、とよく聞かれるけど、まだこんな強いのに引退する必要なんてないじゃないですか(笑)。

text by Yoshimi Suzuki

key visual by X-1