「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」#17「THE ANSWER」は東京五輪の大会期間中「オリンピックのミカタ」と題し、実施される競技の新たな知識・視点のほか、平和・人権・多様性など五輪を通して得られる様々な“見方”を随時発信す…

「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」#17

「THE ANSWER」は東京五輪の大会期間中「オリンピックのミカタ」と題し、実施される競技の新たな知識・視点のほか、平和・人権・多様性など五輪を通して得られる様々な“見方”を随時発信する。金メダルラッシュが期待される柔道は注目階級を専門家が独自の「ミカタ」で解説。柔道私塾「講道学舎」創始者の故・横地治男理事長の孫でソウル五輪銅メダルの北田典子氏は、男子66キロ級と女子52キロ級で柔道史上初の兄妹同日金メダルを獲得した阿部一二三(パーク24)、阿部詩(日体大)について、快挙の裏にあった2人の進化、勝負の分かれ目を解説した。(構成=THE ANSWER編集部)

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 いやーすごかった。本当にすごい歴史に名を刻んでくれたなと思いました。五輪は1人が出るだけでも大変。まして柔道は日本は非常に層が厚い。兄妹で出るのはある意味、奇跡的なこと。その上、2人そろって金メダル、しかも同じ日。特別な星に生まれてきた2人だなっていう気がします。

 詩選手の決勝のフランスの相手は組み手も早かったですし、徹底して嫌がる組み手を作っていました。奥襟をたたいてきて、女子では非常に珍しいぐらいの組み手のスピードでした。延長戦に入ってからも集中力が切れることなく、組み手を作ってきたんですけど、最後のワンチャンスでよく仕留めたと思います。

 女子の場合、寝技で仕留められるのはすごく大きなポイント。詩選手はもともと立ち技で投げていくタイプの選手ですけど、相当、寝技の勉強をしてきたなという感じでしたね。全体的に寝技を強化して、進化していた。特に通称・腹包み(縦四方固め)。あれを徹底して、作ってきました。

 腹包みは10年くらい前に柔道界で流行した技。お腹のところの道着を使って相手をひっくり返す技なので、腹包みと言われています。ナショナルコーチの秋本啓之さんが得意にしている技なので、それを教え込まれたのではないでしょうか。似ていましたね。

 初戦の2回戦で出していたし、決勝のはタイプが違いましたけど、組み手から首に入った状態で、最終的には腹包みのような形で決めていました。あれは新しいパターンだなと思って見ていました。持っていた釣り手の握りを生かしながら、もう1点、相手の腹をきちっと抑える。反対側の道着をつかんで、クロスで締めた。その判断がすごかったし、腹包みや寝技を勉強していなかったら出てくる技ではないので、よほど寝技を徹底してやってきたんだなっていうイメージでした。

 準決勝は、延長戦で内股で技ありでしたけど、相手の下半身はひっくり返っていなかった。技ありどうかな? っていうのは正直、感じたんですけど、反対のアングルから見ると、上半身は背中が多少ついていたので、審判はそこを判断したと思いました。ちょっとしたことをものにできるのが勝ちにつながっていったと思います。五輪は何が起こるか分からない。一瞬で風向きが変わってしまうので、1試合1試合、すごく丁寧に積み上げた印象ですね。

一二三に「五輪のために作ってきた技」、後半の戦いぶりに見えた成長の跡

 一方、一二三選手は、今日は「袖釣り大外」のような技でずっと勝ち上がってきました。最後もそうですし、初戦の2回戦から「五輪のために作ってきた技だな」という印象がありましたね。袖釣り込み腰を仕掛けている風で大外刈り。袖釣りにもいける、大外にもいける。一二三選手は腰の強さがメインで作ってきている選手。今まで袖釣りから小内刈りとか、そういうのはあったと思うんですけど、袖釣りから大外刈りは私が見ていた中ではなかったですね。

 初戦から厳しい相手だったので、使っていったのだと思います。だからといって、相手は分かっていても防げない。それぐらい作り上げてきた技だなっていう感じがしました。柔道はだまし合い。私自身もそういう技を持っていたし、途中で切り替える技も持っていました。こういう大きな舞台ではそういう技を持っている人が強いですね。

 日本人だったら対応していたと思います。リオ五輪のとき、90キロ級の中国選手が同じような技をやっていました。ノーマークに近い存在で、ほかの選手は対応できずに勝ち上がってきたわけです。でも、日本のベイカー茉秋選手はきちっと対応して勝ちました。そこが日本のすごいところ。日本には「GOJIRA」という分析ソフトがありますけど、それを通じて初めて見る技がどういう技か分析して担当コーチが組み手の対応をしたのです。

 一二三選手の決勝で怖かったのが、後半です。下がるような場面がありました。代表争いをした丸山城志郎選手との試合のときもそうですが、先にポイントを取ると、ああやって無意識だと思うのですが、距離を取ろうとしてしまう。今までなら、それを(ポイントを)取られたけど、そこをしのぎきれたっていうのがさらに強くなった証ではないでしょうか。ちゃんと相手が見えていた。丸山戦の経験もあったと思います。精神的に、あれだけ戦って自分が代表に選ばれた。1人じゃなくて、丸山選手の思いも背負って戦っているなってすごく感じましたね。ライバルがいたから、ここまで成長できたというのも彼の大きな支えになっていると思います。

 阿部兄妹はこの試合で柔道の素晴らしさを見せてくれました。何よりも素晴らしいのは、人に対してリスペクトの気持ちを持っていることです。詩選手のインタビューにあったように「金メダリストにふさわしい人間に成長していきたい」ということを言っていますから、それをさらに示していってくれると思います。金メダルを取ることでもう1枚、大きな扉が開きます。そこから見える景色はまた違うので、そこで学んだことを柔道界や、日本の子どもたちに伝えてくれればありがたいなと思います。

(日本大学柔道部女子監督、全日本柔道連盟常務理事)(THE ANSWER編集部)