ライバルであり親友として切磋琢磨してきた村上茉愛(右)と寺本明日香 今年4月の全日本選手権に続いて、東京五輪代表選考会と…

ライバルであり親友として切磋琢磨してきた村上茉愛(右)と寺本明日香
今年4月の全日本選手権に続いて、東京五輪代表選考会として行なわれた5月のNHK杯。体操女子は、個人枠を除く団体4枠の代表が決定する大会だった。全日本選手権の予選と決勝の得点合計は107.162点で代表争いでは6位につけていた寺本明日香は、最初の跳馬で全選手最高の14.733点を出したが、結果は5位。代表の座を逃した。
それでも寺本は、試合後には「スッキリしちゃってます」と明るい表情を見せた。昨年2月にアキレス腱断裂で手術を受け、復帰した12月の全日本個人総合選手権は13位。「(12月から)5カ月間でここまで戻してきたけれど、気持ちの波もありました」と話していた。
寺本は14歳で全日本選手権4位になると、シニア国際年齢の16歳に達した2011年にはNHK杯で4位になって世界選手権代表入りし、2012年ロンドン五輪団体出場権獲得に貢献した。ロンドン五輪では団体8位で個人総合11位に。翌2013年のワールドカップ東京大会では日本女子初の個人総合優勝を果たした。2015年からは代表チームのキャプテンを任され、2016年リオデジャネイロ五輪では団体を4位まで引き上げ、個人総合は1964年東京五輪の池田敬子の6位以来の入賞となる、8位だった。そして、エース村上茉愛がケガで欠場した2019年世界選手権では、チームを牽引して団体で東京五輪の出場権獲得を果たした。
「代表に入った最初の頃は先輩たちを追いかけるだけで、その後自分がキャプテンを務めるとは想像もしていなかったし、できないと思っていました。でも2015年の世界選手権でキャプテンをした時に大変だと思ったけれど、自分が日本を引っ張っていくというのを意識し始めました」

7月上旬、オンラインでのインタビューに応える寺本
7月上旬のリモートインタビューで寺本はそう振り返った。寺本は補欠に選出され東京五輪の代表合宿にも帯同しているが、「今はもう茉愛に託したという感じです」と、リラックスした表情で話した。
寺本より1歳年下で中学時代から競い合ってきたのが、東京五輪に出場する村上だ。村上の代表入りは2013年の世界選手権からだった。寺本は「遅いというわけではないですが、彼女の場合はケガがあったので、遅れて代表に入ってきた感じです」という。
「茉愛が代表に入ってくるのを待っていたというより、気づいたらいたという感じですね。彼女の存在を意識していたのは五輪や世界選手権ではなく、全日本やNHK杯でした。それらの大会の優勝回数は茉愛のほうが多いけれど、私もたまに優勝したりしていたので。それで切磋琢磨というか、競り合う形でした。だから代表チームでも、自分だけではなく茉愛も一緒に引っ張ってくれるという面では心強かったですね。特にリオ五輪の後は茉愛もどんどん強くなってきたし、若い子も強くなっていたので『(東京では)リオの4位より上を狙えるんじゃないか』と思うようにもなっていました」
当初はライバル意識があり、村上が世界選手権で自分よりいい成績を出した時は、「抜かれたな」という思いはあったという。だが、団体戦も共に戦う中で、"戦友"の意識が築かれていて、村上の活躍を素直に喜べるようになった。
「東京五輪の団体出場権がかかった2019年世界選手権は、どうしても茉愛に入ってほしかったけど、NHK杯をケガで棄権したからどうしようもなくて。茉愛が入らず試技会の点数もギリギリになっていたので、すごいストレスでした。だから、あの世界選手権は『茉愛のために権利を取るんだ』という気持ちで演技をしていました。それで今年はもう、『次は茉愛に託すんだ』という気持ちでずっとやってきました」
こう話す寺本が、東京五輪の村上に期待するのは、個人総合と種目別ゆかのメダル獲得だ。獲得すれば、体操での女子のメダルは1964年東京大会の団体銅メダル以来57年ぶりだ。
「金メダルではなくても、何かメダルを獲ればすごいこと。何色でも一緒に見えます。あまりそういうことを言うとプレッシャーがかかりますが、絶対にいける気がするんです。それを実現してくれれば、私が2019年の世界選手権で出場権を取ってきてよかったと、心の底から喜べます」
【profile】
寺本明日香 てらもと・あすか
1995年、愛知県生まれ。ミキハウス所属。小学1年から体操を始める。16歳で初出場のロンドン五輪で団体8位、リオ五輪では団体4位入賞に貢献した。2019年世界選手権ではキャプテンとしてチームを引っ張り東京五輪の団体出場枠獲得を果たす。2020年2月に左アキレス腱を断裂。3回目の五輪出場をかけた全日本選手権では6位だった。