「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」#1「THE ANSWER」は東京五輪の大会期間中「オリンピックのミカタ…

「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」#1

「THE ANSWER」は東京五輪の大会期間中「オリンピックのミカタ」と題し、実施される競技の新たな知識・視点のほか、五輪を通して得られる多様な“見方”を随時発信する。今回はアテネ五輪に出場した元日本代表MF松井大輔(サイゴンFC)が今大会のサッカー男子日本代表を展望。「松井大輔のベトナム挑戦記」として毎月掲載している連載を五輪バージョンでお届けする。(構成=藤井 雅彦)

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 皆さんお元気ですか、サイゴンFCの松井大輔です。

 ベトナムでは新型コロナウイルス感染症が再び猛威を振るい、ホーチミン市民全員に対して一斉にPCR検査を実施しました。僕が所属するサイゴンFCの選手たちもPCR検査と抗体検査を行い、全員が陰性判定という結果を受けてタンロンスポーツセンターに隔離されるような形で練習を再開しています。7月末にはリーグ戦が再開する見通しなので、今はそれに向けてもう一度サッカー選手の体を作り直している最中です。

 さて、ついに東京オリンピックが開幕しますね。コロナ禍の影響で1年延期になったことに加え、取材時点では観客の収容人数上限なども明確になっていません。とはいえ日本の首都である東京で開催される五輪は、僕が生きているうちに二度と訪れないかもしれません。アスリートにとってはフィジカルコンディションとメンタルコンディションの両方が難しいと思いますが、世界中の人々を勇気づけるようなパフォーマンスを見せてほしいと心から願っています。

 僕がアテネ五輪に出場したのは2004年なので、もう17年も年月が経ちます。まるで遠い昔の出来事のようですが、アテネはとても暑かった記憶があります。ただ日本のようなジメジメとした類ではなく、カラッとした暑さなので嫌悪感はありませんでした。今回は日本の真夏に開催されるのでとても大変だと思いますが、外国人と比べれば日本人は高温多湿には慣れているはず。そういったところでホームのアドバンテージを最大限に生かしてほしいです。

 アテネ五輪に臨んだ僕たちのチームは「谷間の世代」とメディアに評されていました。ひとつ上の世代がワールドユース(現・U-20ワールドカップ)で準優勝という輝かしい実績を残している一方で、僕たちは同じ大会でグループリーグ敗退という結果に終わってしまったからです。比較されるのは仕方ないことなので、それを反骨心にして結果で見返してやろうという意気込みで大会に臨みました。

パラグアイとはなぜか相性が悪い? オーバーエイジの存在とは

 山本正邦監督は「アテネ経由ドイツ行き」という目標を掲げ、2004年のアテネ五輪から2006年のドイツワールドカップ(W杯)へ選手を輩出することを明確に口にしていました。そして同じポジションに3人ずつくらい候補選手を配し、競争意識を煽ることでチームを前進させるチーム作りを行いました。

 ただ、結果はご存じの通り、1勝2敗でグループリーグ敗退。初戦のパラグアイ戦で負けてしまったことでリズムに乗れなかったのですが、のちの南アフリカW杯も含めて僕たちの世代はパラグアイとの相性が悪い(苦笑)。結果的にパラグアイは準優勝で銀メダル、第2戦で対戦して2-3で負けてしまったイタリアは3位で銅メダルを獲得したわけで、レベルの高いグループだったという見方もできるかもしれません。

 個人的な見解を裏表なく言っていいのならば、那須(大亮)をキャプテンにしたのが失敗だったと思います(笑)。僕は那須と高校の同級生なので彼の性格をよく知っていますし、アテネ五輪の大会期間中も同部屋でした。一緒に部屋にいて落ち着けていない雰囲気がこちらにも伝わってきたことを鮮明に覚えています。“キャプテン”という肩書きを与えられて責任や重圧がすごかったのでしょう。

 僕はどんな状況でも気軽に物事を楽しむことを心がけるタイプだけど、当時の那須にはそういった余裕がありませんでした。案の定、パラグアイ戦で良いパフォーマンスを出せず、第2戦からはオーバーエイジの(小野)伸二くんがキャプテンマークをつけた。最初から伸二くんがやれば良かったのに、と今でも思います(笑)

 誤解してほしくないのですが、決して那須を批判しているわけではありません。アテネ五輪の経験が彼を強くして、その後のサッカー人生を豊かなものにしたのは経歴からも明らかです。時間を経て、同世代の選手たちで集まった時もみんなが笑い話にしているほどです(笑)。今はYouTuberとしてサッカー界の先駆者になっているわけだから、メンタルも強くなったのでしょう(笑)

 今回はオーバーエイジの(吉田)麻也がキャプテンを務めると思うので心配ありません。アテネ五輪では伸二くんとソガさん(曽ヶ端準)がオーバーエイジとしてチームに加わったけど、伸二くんはフェイエノールト(オランダ)の一員として世界を相手に戦っていたこともあってオーラが違いました。イケイケの若者だった僕たちと比べて、伸二くんだけは成熟したサッカー選手だったんです。

 A代表でも欧州でプレーしている選手が少ない時代で、伸二くんだけがいわゆる海外組という位置付け。練習の時からひとりだけ余裕を持ってプレーしているのが伝わってきて、サッカー選手にとって「自信」が重要なファクターであることを思い知らされました。その自信に満ち溢れているかどうかでサッカー選手のレベルが決まります。

期待するのは前線の選手、Jリーグ組の三笘薫には活躍してほしい

 海外クラブに所属している選手は、外国人のスピードや迫力、間合いを日頃から体感しています。Jリーグで主に日本人と対峙していても味わえない経験が精神面での強さにつながります。そういった日常を過ごしていれば代表戦でいきなり外国人と対戦しても面食らう心配はないですし、気負わなくて済みます。当たり前の話ですが、W杯や五輪に日本人対日本人というシチュエーションはありません。

 その点で、東京五輪に臨むメンバー22人の半数が海外でプレー、もしくはその経験を持っています。それは、僕が出場したアテネ五輪から17年という年月を経て日本サッカーが成長している証拠で、とてもうれしく思います。すでにA代表でプレーしている選手も多いですし、オーバーエイジの選手たちに遠慮せず自然体で戦えるはずです。

 ポイントになるのは前線の選手たちのパフォーマンスでしょう。オーバーエイジにセンターバック(吉田麻也)とサイドバック(酒井宏樹)、それからボランチ(遠藤航)の選手を選出しているのは、前線の選手たちに対する期待の表れと戦力として十分に計算している証拠だと思います。久保建英選手や堂安律選手、三好康児選手は欧州でプレーしているので、彼らへのライバル心やこれからの可能性も含めて三笘薫選手にはそういった気持ちの部分も含めて期待したい。現在は別メニューで調整しているようですが、川崎フロンターレで見せているプレーを発揮できればキーマンになりうる存在です。

 アテネ五輪では決勝トーナメントに進出できず、選手村に入ることができませんでした。ホテルとスタジアムの行き来だけで五輪の雰囲気だけを感じられなかったことが心残りなので、東京五輪に臨む選手たちにはより高い空気を吸って、大会を楽しんでほしい。僕は良い意味で自分のステップアップだけを考えて臨んでいたし、そのおかげで大会後にフランスのル・マンへ移籍することができました。だから東京五輪世代の選手たちにも野心を持ってプレーしてほしいと思います。

 そして、メキシコ五輪以来となるメダル獲得を願っています。自国開催というホームアドバンテージがあるわけだから南アフリカ(7月22日)、メキシコ(25日)、フランス(28日)と戦う厳しい組だとしてもグループリーグ突破は最低条件。決勝トーナメントからが本当の勝負です。

 実は、決勝トーナメントに入ってからの試合チケットに応募していて、見事に当選しました(笑)。と言っても、僕はベトナムにいるのでスタジアムで応援することはできませんが、行けないことを後悔するような試合と結果を期待しています。

 では、また来月お会いしましょう。松井大輔でした。

■松井大輔

 1981年5月11日、京都府生まれ。サッカーの名門、鹿児島実業高校を卒業後に京都パープルサンガ(現・京都サンガ)でプロキャリアをスタートさせる。2004年にフランス、ル・マンへの海外移籍を皮切りに、ロシア、ブルガリア、ポーランドでプレーし、Jリーグではジュビロ磐田、横浜FCでプレーした。日本代表としても活躍し、ベスト16に輝いた2010年南アフリカワールドカップにも出場。今年1月からは、ベトナムのサイゴンFCで新たなチャレンジを行っている。(藤井雅彦 / Masahiko Fujii)