「まだ15歳だけど、ラス・パルマスのユースにとんでもない選手がいるよ。大げさかもしれないが、アンドレス(・イニエスタ)のようだ」 3年前、筆者はフアン・カルロス・バレロンからそんな連絡を受けた。 バレロンは「スペインのジダン」と言われ、デポ…

「まだ15歳だけど、ラス・パルマスのユースにとんでもない選手がいるよ。大げさかもしれないが、アンドレス(・イニエスタ)のようだ」

 3年前、筆者はフアン・カルロス・バレロンからそんな連絡を受けた。

 バレロンは「スペインのジダン」と言われ、デポルティーボ・ラ・コルーニャなどを中心に活躍した元スペイン代表MF。引退後は故郷のカナリア諸島、ラス・パルマスで育成サポートをしつつ、監督ライセンス取得の準備をしていた。スペイン人らしくなく、生真面目で控えめで、軽々しい表現を口にしない男だけに、イニエスタを例に出す言葉が重く響いた。

 ペドリ(本名ペドロ・ゴンサレス・ロペス)。その名前を記憶に刻んだが、覚える必要もなかった。

 ペドリは16歳でバルセロナに500万ユーロ(約6億5000万円)で移籍し、1シーズンは2部ラス・パルマスに残って中心選手としてプレー。17歳でバルサに移ると、いきなり定位置を確保し、カップ戦も含めて50試合以上に出場した。そして18歳でスペイン代表の中心としてユーロ2020を戦い、大会の最優秀若手選手賞に輝いたのである。

 瞬く間に世界有数のMFになったペドリとは、何者なのか?



ユーロ2020を戦った後、U-24スペイン代表として来日したペドリ

 ユーロの準決勝でスペインはイタリアに敗れたものの、ペドリはインサイドハーフとして相手を翻弄した。

 小柄で痩身だが、大男たちを相手にしても潰されない。敵の力を利用し、くるりと回転する。ボールキープの技術は神がかっており、居合抜きのように迫ってくる敵と入れ替わった。それは魔法にも近い。

 単なる展開のパスでさえも、タイミングや精度が際立った。肌が粟立つような角度とタイミングでラストパスを送り、見事に通した。セルヒオ・ブスケッツからのパス供給を最大限に生かし、攻撃をリードしたのだ。

 スペイン大手スポーツ紙『マルカ』は大会後、ウェブサイトで「ユーロのスペイン代表MVP」を投票で選んだが、トップは56%の得票率でペドリだった。2位がチームの舵を取ったセルヒオ・ブスケッツの13%、3位が前線で目立ったダニ・オルモの11%だが、2人を大きく引き離した。

「18歳のペドリがやってのけたことを見たか? ドン・イニエスタ(愛称)ですら、(18歳で)あんなプレーをしていたのは見たことがない」

 ルイス・エンリケ監督も、ペドリへ手放しの賛辞を贈った。

 今や飛ぶ鳥を落とす勢いのペドリだが、少年時代にはキャリアの分岐点があった。12、13歳の時、カナリア諸島の雄であるテネリフェへの入団を、地元クラブが持ちかけた。ところが、あっさりと断られてしまった。

「背が小さすぎるし、体もガリガリだから」

 それが拒否の理由で、本人は相当なショックを受けたという。次の年、予想以上の活躍をした少年は、今度はオファーを受けた。しかし、ペドリの返事は辛らつだった。

「僕は今も背が小さくて、体もガリガリですから」

 そして、テネリフェの永遠のライバルであるラス・パルマスと契約したのだ。

 ちなみに、レアル・マドリードもペドリにテストを受けさせたことがあった。しかし、この時はピッチが凍っていたことで持ち前の技術が封印され、体格差で見劣りしたことから「不合格」を出したという。逃した魚は大きかった。

 ペドリは一気にスターダムを駆け上がったわけだが、挫折も乗り越えてきただけに驕りはない。

――ゴールへのアプローチがやや少ないのでは?

 ユーロの大会中、記者にそう問われた時、脚光を浴びるペドリの人間性の本質が出た。

「エリア付近のプレーを改善する必要はあると思います。ゴールのオプションをもっと持てるように。それは監督からも言われているんです」

 なんと素直な受け答えだろうか。真っ直ぐな「サッカーをもっとうまくなりたい」という強い欲は感じさせる一方、不必要なエゴや自尊心を持っていない。そのパーソナリティこそ異能だ。

 ユーロのグループリーグの最初の2試合、ペドリは好調ではなかった。テンポの良いプレーが影を潜め、疲労の蓄積も指摘され、「若い選手だけに使い方を考えるべき」と、ルイス・エンリケ監督は起用法を批判されていた。しかし、グループリーグ最後のスロバキア戦からペースを上げ、決勝トーナメントのクロアチア戦、スイス戦、イタリア戦と欠かせない選手になった。

◆日本の五輪3戦目フランスは戦力大幅ダウン。スペインはドリームチームで出場

 ブスケッツの戦列復帰も大きかったが、謙虚に挑む姿勢が成長を促していたのだ。その実直さもイニエスタを彷彿とさせる。だが、18歳の時点で比べると、イニエスタは当時、バルサでデビューしたばかりで、成熟には3,4年を要している。今のペドリがどれだけの領域に達しているか――。

「(疲労を心配する)バルサや(ジョゼップ・)グアルディオラ(マンチェスター・シティ監督)の言葉には一理があります。でも、僕はボールを蹴るのが好きですから」

 ペドリは東京五輪を戦うU-24スペイン代表へのメンバー入りに際しても、そんな前向きなコメントをしている。プレーに対して貪欲なのだ。

 バルサはペドリと2022年6月末(バルサが優先権を持って2年追加できる)まで契約している。しかし、早くも見直しが必要かもしれない。移籍違約金は4000万ユーロ(約52億円)だが、市場価値はすでに倍に達しているのだ。

「イニエスタのようだ」

 バレロンはそう言っていたが、ペドリはペドリとして、すでに伝説の碑を刻み始めている。