ゴールの喜びは、ピッチに立つチームメートやベンチの仲間、スタジアムやテレビの前のサポーターとともに分かち合うもの。派手…
■元祖パフォーマーと言えるのは?
誰が最初に「ゴールパフォーマンス」らしいものを始めたのか、それはよくわからない。1950年代から1960年代にかけてレアル・マドリードで活躍し、ペレが現れる前には「世界最高の選手」と言われていたアルフレード・ディステファノが両手を広げて走る写真を見たことがあるが、これは「パフォーマンス」というよりただの喜びの表現だった。
だが最初に世界的な影響を与えたのは、1966年ワールドカップ・イングランド大会で得点王になったポルトガルのエース、エウゼビオではなかっただろうか。
エウゼビオはアフリカ大陸南東部のモザンビークで生まれ、この地域を植民地にしていたポルトガルに18歳で渡るとたちまちベンフィカでスターになった。得点を決めると、彼は疾走しながら高くジャンプして両足を前後に大きく開き、上半身を思い切りそらせたところからこぶしを握り締めて伸ばした右腕を後ろから前へと強く振り出した。ジャンプの高さ、体全体を使ってのパフォーマンスは、彼の驚異的な身体能力を見せつけるもので、相手選手たちの無力感を増幅させたに違いない。
彼のこのパフォーマンスを、モリスは「ジャンプしての空殴打」と分類している。その動作を「失点にくじけた敵選手の頭を打ち砕いている」と解釈し、こぶしを振り上げて前に振る動作を「圧倒的な力を象徴的に誇示したいと思うときに用いる」と解説している。礼儀正しく控え目だったエウゼビオに「相手の頭をなぐる」という意識があったようには思わないが、たしかに、相手はさらに打ちのめされただろう。
このエウゼビオのパフォーマンスを、日本代表選手として大会を現地イングランドで見た釜本邦茂が真似をするのである。ただ、釜本の場合、ジャンプしたときの両足がそろっており、エウゼビオほどの躍動感、実際に「この一撃で獲物の頭蓋骨を打ち砕くだろうな」というような迫力はなかった。だが、釜本の「ジャンプしての空殴打」こそ、日本の「ゴールパフォーマンス」の元祖だった。
■着地に失敗した「宙返り」の悲喜劇
身体的能力を見せつけるもうひとつのゴールパフォーマンスは「後方宙返り」である。1980年代から1990年代にかけてメキシコ代表で活躍したウーゴ・サンチェスが得意とし、その後世界中の「身体能力自慢」の選手たちに真似されている。
しかし誰も彼もがその自慢どおりの宙返りをできるわけではない。2014年のワールドカップ・ブラジル大会では、ドイツ代表のFWミロスラフ・クローゼが「前方宙返り」で回りきれず、着地で失敗して尻もちをつき、失笑を買った。同じ2014年の10月には、インドで同点ゴールを決めて大喜びした選手が「後方宙返り」に失敗し、頸椎を損傷して病院に運ばれ、5日後に死亡するという悲劇も起きた。
「ゴールパフォーマンス大国」はブラジルだ。1994年のワールドカップ・アメリカ大会、準々決勝のブラジル対オランダ、後半18分に記録されたブラジルの2点目は、世界に大きな衝撃を与えるものだった。
オランダGKエド・デフーイのキックをブラジルが大きくはね返したが、ボールの落下点にいるブラジルFWロマリオは完全にオフサイド。しかしわずか1メートルのところにボールが落ちてきてもロマリオは知らん顔をしている。オフサイドポジションのロマリオを見てオランダのロナルド・クーマンがボールをワンバウンドさせて見送ると、そこにブラジルFWベベットが走り込む。そしてドリブルで前進し、そのままゴールを決めてしまったのだ。
■「ゆりかごパフォーマンス」誕生の瞬間
当時の日本のルール解釈では、ボールが飛んだ方向にいる選手はオフサイドとされていた。日本サッカー協会の審判委員会も、大会後には「あれは明らかなオフサイドではないか」と国際サッカー連盟(FIFA)に質問状を送った。しかしFIFAからは「ボールが飛んだ方向にいても、プレーしない意思を明確にしていたらオフサイドではない」との回答がきた。オフサイドが実質的に大きく変わる「新解釈」だった。
そしてこのとき、ベベットが得点後に見せたのが、いまや「定番」のひとつとなっている「ゆりかごパフォーマンス」だった。彼は両腕を体の前で顔に向けて折ったまま、左右に揺さぶりながら走った。そこにDFマジーニョとロマリオが加わり、タッチラインのところで並んだ3人が同じ動作をしたのだ。試合後、ベベットは「あれは生まれたばかりの息子マテウスに贈ったもの」と語った。「ゆりかごパフォーマンス」の誕生である。
Jリーグでも、毎週のようにこのパフォーマンスを見る。自分に子どもが生まれたわけではなく、チームメートの誰かに、あるいはチームスタッフの誰かに子どもが生まれたときもやるから、必然的に多くなるのだ。「ゆりかご」はそう長い時間はかからないので、私にとってはまあ、「許容範囲」と言える。