ホームランに憑かれた男~孤高の奇才・門田博光伝第8回「何でルーキーができたことをワシができんかったんや!」 5月28日の…
ホームランに憑かれた男~孤高の奇才・門田博光伝
第8回
「何でルーキーができたことをワシができんかったんや!」
5月28日の夜、門田博光は手にしていた缶ビールを投げつけそうな勢いで、自宅のテレビ画面に向かって吠えていた。
門田の視線の先には、両手を広げ、バリー・ボンズのようにポーズを決めたルーキーが気持ちよさそうにダイヤモンドを回り始めるところだった。

歴代3位の567本塁打を放った門田博光(写真右)だが、1試合3本塁打は一度もなかった
メットライフドームで行なわれた西武と阪神との交流戦の9回表。阪神のルーキー・佐藤輝明がこの日3本目となるアーチをライトスタンドに打ち込んだ。試合はこの1本で勝ち越した阪神が勝利し、両リーグ最速となる30勝を挙げた。
長嶋茂雄以来、63年ぶりとなるルーキーの1試合3本塁打を記録した佐藤は、この時点で13本塁打となり、岡本和真(巨人)、村上宗隆(ヤクルト)と並び、セ・リーグ本塁打王争いのトップに立った。
しかし、門田にとって本塁打王争いなどどうでもいいことだった。ルーキーが1試合で3本のホームランを打ったということが問題だったのだ。
「ビールを飲みながら気分よう試合を見とったら1本目が出て、『おぉ、久しぶりや』と思ってたら2本目や。インコース寄りの甘い球をしっかりとらえたナイスホームランや。そこまではよかった。それが9回に3本目が出て『おい、ちょっと待てよ』となったんや。なんでオレが23年かけてできんかったことを、まだ2カ月しか戦ってないルーキーができたんやと......。だんだん自分に腹が立ってきて、ビールがいっぺんにまずくなったんや」
門田は現役時代、やり残したと思うことが2つあるという。1つは日本シリーズの最優秀選手に贈られていた副賞のクラウン(トヨタ)を手にできなかったこと。
そしてもうひとつが1試合に3本以上のホームランを打てなかったことだ。その1つをルーキーの佐藤がやってのけたことで、門田の心は大いにざわついた。
バットを置いて30年近く経ってもなお、突然、闘争本能に火がつくのはいかにも門田らしいが、佐藤については早くから興味を示していた。
オープン戦が始まる頃には、「いま興味があるのはこの子だけや。今年はこの子を追って楽しませてもらうわ」と口にしていた。
これまでにもT−岡田(オリックス)や中田翔(日本ハム)、岡本和真(巨人)、清宮幸太郎(日本ハム)、そして大谷翔平(日本ハム→エンゼルス)といった長距離砲に格別の関心を持ち、彼らについての感想を熱く語ってくることがあった。今年はそこに佐藤が加わったというわけだ。
4月序盤、佐藤が横浜スタジアムの場外に本塁打を放った時にはこんな話をしていた。門田は「飛ばせる力があることはわかっとる」と前置きしたうえで、「オレが知りたいのは、この子がホームランに対してどういう哲学を持っているかということや」と。つまり、柵を越えればいいと思っているのか、それともプロの打球にこだわり、どこまでも飛ばしたいと考えているのかということだ。
ちなみに門田は、プロの打球、プロの飛距離に徹底してこだわった"ホームランアーチスト"だった。
「お客さんから自然発生的に声が上がるってわかるか? 『これがプロの打球か』『さすがプロや......』っていう、あの一瞬の空気を味わいたいために、アホみたいに毎日バットを振っとったようなもんや。オレがいつもイメージしていたのは、放物線やなしに低く遠くという打球。ライナーでスタンドに飛び込んで、椅子を下から突き上げて破壊するような当たりをいつも求めていたんや」
さらには、全球場で場外ホームランを真剣に目指していたこともあったという。
「おかげで歳をとって飛距離が落ちても、まだフェンスの向こうに30本ぐらいは打てとったからな。ごまかしのホームランやから、オレ自身はカッコ悪くて、下向いてベースを回っとったけどな」
交流戦が始まる前にも、佐藤に関する興味深い話を聞いたことがあった。この頃の佐藤は、ヒットは出ていたがホームランのペースは明らかにダウンしていた。当然、相手チームによる研究も進み、なにより疲れが出始める頃でもあった。
しかし、門田はそうしたことはまったく別の理由から、佐藤のバッティングの変化について語ってきた。門田が指摘したのは、守備との関連性だった。
「この子は開幕からずっと外野を守っていたでしょ。それが大山(悠輔)の故障によってサードをすることになった。内野の守備がまたうまいからビックリしたんやけど、オレはこのポジション変更がバットに影響してるんやないかと思っていたんや」
どういう方向に話が展開するのかがわからず、曖昧にうなずいていると独自の理論を語り始めた。
「外野というのは、バッターまでの距離があるから全体を広く見ている。でも三塁手や一塁手は、強烈な打球が飛んでくるから1球1球グッと集中してボールを見ている。この見方の違いが、打席で影響しているんやないかと思ったんや」
門田が続ける。
「集中していると、ボールがよう見えるからピッチャーの投げる球にも反応がよくなる。それでバットに当たる確率が上がるけど、その分、少しスイングが小さくなって、長打が減ってくる可能性もあるんやないかと考えとったんや」
ポジションと打撃内容についての分析は初めて聞く話だった。ふと、王貞治や清原和博、中村紀洋や中村剛也といった一塁や三塁を守る長距離砲の顔が浮かび口に出すと、門田は「そうやないんや」と少し苛立った口調で返してきた。
「オレが言うてるのは、外野からサードやファーストへ移った時の話や。それも慣れたら問題ないやろうけど、外野で広くゆったり見ていたのが、いきなり1球1球集中して見るとなった時に......という話や。だから、大山が復帰してこの子が外野に戻ったら、またホームランを打ち出すんやないかと思っているんや」
この話を思い出し、後日あらためて門田の見立てが当たっていたことを告げると「なっ、言うたやろ」と満足げな反応を見せたが、それも一瞬。やはり佐藤が1試合3本塁打を放ったことがよほど悔しかったのだろう。
「ほんまに、なんでオレが23年間できんかったことをルーキーができたんや......。オレがおったプロ野球の世界とは変わってしもうたんか」
その佐藤だが、最近は苦しんでいる。7月に入ると開幕直後以来のスタメン落ちや、7月4日の広島戦では5打席連続三振を記録。このままいけば、年間200三振も現実味を帯びてくると報じられた。
門田は三振数については「どうでもええ」と素っ気ないが、「なんでもかんでも振りすぎや。我慢するんやなくて、ボールを絞ることや」と指摘した。
「アマチュアの時は積極的に打ちにいってとらえられたんやろうけど、プロの球はワンランク上で、打ちにいけばいくほど攻めも厳しくなってくる。要するに、1打席に1球あるかないかの甘い球をとらえられるかの勝負になってくる。そこをどこまで理解できるかや。
なんでも振るんやなくて、タイミングだけはしっかり取って、コースいっぱいに来たら『ごめんなさい』でええんや。厳しいラインからひとつ甘く入ってくるボールをひたすら待って、それが来た時には絶対にとらえる。そこを目指さなあかんのや」
門田はその割り切りを徹底していた。
「オレはストライクゾーンを9分割して、外の3つは『ごめんなさい』で終わるのがようあった。とくに左ピッチャーのボールがアウトコースに決まったらしゃあない。状況によってそこを狙いにいく時もあったけど、考え方としたら難しいボールを打とうとするより、打てるコースに来た球を確実にとらえる技術を上げる。
打てないコースを頑張って打ったとして(打率が)3割4分、5分になるか? それよりも自分が得意なコースを確実に仕留めたほうが打率は上がるし、ホームランも増える。簡単な話なんやろうけど、ほとんどの選手は難しいコースを打とうと必死になって、崩れていきよる。こういうことを指導者はわかってほしいんや」
話を聞いていると、佐藤に伝えたくなる金言が次から次へと飛び出してくる。それを門田に伝えると、こう返ってきた。
「それなりに苦しい思いをしてきたヤツは、何かしらの財産や魔法の杖を持っとるんや。それに昔は、19番(野村克也)みたいにネチネチ言う姑みたいなのがどこの世界にもおって、聞かされるほうは鬱になりそうになりながら、それを聞くことで一流の教えが受け継がれていったところもあったんや」
本来なら門田も、いま頃は堂々たる姑になっていても不思議ではないはずだが......。
「オレにはそうした場がなかったということや。プロ野球の世界は監督・コーチは友だちみたいなのばかりや。オレはおっさん(野村克也)の小言も散々聞かされてきたし、姑になって言う権利はあるはずやけどな(笑)」
レジェンドの思いが、若き大砲に届く日はやってくるのだろうか。
つづく
(=敬称略)