YouTube登録者数4万4000人、40歳の「バレンさん」が戦う理由 まだ殴り合う。その気力はどこから来るのか。ボクシングの元日本スーパーライト級王者・細川バレンタイン(角海老宝石)、40歳。3日のライト級(61.2キロ以下)ノンタイトル…

YouTube登録者数4万4000人、40歳の「バレンさん」が戦う理由

 まだ殴り合う。その気力はどこから来るのか。ボクシングの元日本スーパーライト級王者・細川バレンタイン(角海老宝石)、40歳。3日のライト級(61.2キロ以下)ノンタイトル10回戦(東京・後楽園ホール)を前に、大ベテランになっても過酷な競技に打ち込む理由、本音語りのYouTubeへのこだわりなどを語っていた。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)

 1981年4月16日生まれ。日本人の母とナイジェリア人の父を持ち、宮崎県で生まれながら6歳までは父の母国で育った。7歳から15歳は祖父母のいた宮崎、19歳までは再びナイジェリアで生活した。22歳頃までラッパー、外資系金融機関の営業マンの傍ら2006年に25歳でプロデビューした異色のボクサーだ。中量級を主戦とし、17年に36歳で日本スーパーライト級王座を奪取。2度の防衛に成功した。

 この階級では低い身長163センチ。リーチ差があっても、大きな相手に捨て身で飛び込んでいく。リングで見せる獰猛な風貌とは裏腹に、軽妙な口ぶりの明るいキャラクター。周囲には「バレンさん」と呼ばれるなど人望も厚く、国内のボクシングファンの人気を集めてきた。最近では、自身のYouTubeチャンネル「前向き教室」の登録者数が4万4000人を超え、的を射た本音語りが競技の枠を越えて注目を浴びている。

 3日は前WBO世界スーパーフェザー級王者・伊藤雅雪(横浜光)との一戦。ともに前戦に敗れた後の再起戦だったとはいえ、元世界王者で今もなお国内トップクラスの実力を持つ伊藤との試合は期待値が高かった。一般チケットは2日間で完売。試合前日の計量後、細川は「プロボクサーとしての価値」を感じていた。

「みんなに興味を持っていただいている。これ、今だと世界戦に行くぐらいの子しか感じられないんじゃないかな。その場(世界戦)に行ってもいないのにできているのは、僕と伊藤君がプロモーションをしっかりできていたからなのかなと。本来、ボクシング界としては負けた者同士の試合で得られるメリットってそんなにないと思うんですよ」

 19年4月には井上尚弥のいとこでもある井上浩樹(大橋)、昨年9月には吉野修一郎(三迫)など強者と拳を交えてきた。ともに判定負けを喫したが、40歳となっても好カードに恵まれることに「俺は嬉しい」と笑う。そこにあるのはプロボクサーとしての喜びとプライド。リモート取材でパソコン画面に映る記者たちへ「ちょっと考えてみてほしいんですよ」と投げかけた。

「自分が40歳になってね、プロボクシングをやっていると考えてみてほしいんですよ。クオリティーの高い選手たちと組まれています。ただ、消化試合と見られているわけじゃなくて『どっちが勝つの?』って言われながらの試合。正直、その状況にいられる自分はやっぱり嬉しいですよ、本当に。

 凄く強い子と組まれたから嫌だとか、大変だとかそんなのは思わない。むしろありがたいですよね。もし皆さんもプロボクサーだったらね、この気持ちはわかってもらえるんじゃないかな。みんなが期待してくれているって、そんなこと自体あまりないじゃないですか。確かにね、40歳を超えた他のボクサーもいますよ。でも、こういうステージで戦えているとは、俺は思わないです。なのでそこは嬉しい」

YouTubeで大切にしてきた「あなたはどう思うんですか」の姿勢

 何歳になっても、成長を目指すことは変わらない。吉野戦の前には「39歳になって初めてちゃんと基本をやるって、もう本当におかしい」と笑いながらも基礎を徹底。今まであまり見せなかったガードを上げるスタイルでリングに上がった。ディフェンシブになった一方、「勢いがなくなった」と持ち味を消失。攻守を使い分け「やっぱり物は使いよう。今回はミックスしてみた」と汗を流してきた。

 限りなく続くトライ&エラー。ここに40歳でもリングに立つ原動力が詰まっていた。

「練習で『俺は前よりも進歩している』と感じられた。成長があるから続けている。プロボクシングって勝つことが一番大事だと思っているんです。なので、自分が進歩しなくなった、もう勝てなくなったならば、やっぱりもう続けられない。ただ、もともと好きで始めたスポーツじゃないですか。好きで始めたのに、自分はまだ進歩できると思っているのに、周りに『あなたはもう辞めないといけない』『価値がないから』みたいに決められるのが、俺はいちっっっばん嫌なんすよ」

 優しい口調から一変、急に語気を強めた。自ら進んだ道は自ら舵を取る。「『勝ち負け』と『続ける、続けない』は、同じラインの話じゃないんですよね。仮に勝ったとしても『俺はこれ以上無理だな』と思ったら、たぶんスパッと辞める」と明確な答えを示した。

 とはいえプロボクシングの世界では、需要がないとリングに上がれない。この時点で25勝(12KO)8敗3分け。のちの人生に影響を及ぼすダメージの危険性だってある。負けが少ないとは言えない中、体を張りながら“死線”を生き抜いている。

「中には『この人、プロボクサーだったんだ』みたいな人もいると思う」と注目度の高さを感じているのがYouTubeだ。チャンネル内では「複雑な生育過程の経験、そして会社経営者としての視点を活かしたビジネス系、教育系のエンタメYouTubeチャンネル」と説明。「2018年金融機関を退職し、VALENTINE PROMOTIONSを設立。スポーツ選手の芸能活動を支援し、不動産事業も手掛けている」と経歴も紹介している。

 始めて1年が経つ。最初からボクサーとしての人気獲得が目的ではない。トーク力と地頭の強さを生かした内容を展開してきた。

「俺が話したい、俺が熱を込められるもの。自分の好きなことをやるのがトピックだった。やっていく中で『プロボクサー・細川バレンタイン』じゃなくて、『細川バレンタインという人間はどんな人なのか』ということに興味を持っていただいた。それは本当に嬉しいです。チャンネル名は『前向き教室』だけど、別に何かを教えているわけじゃない。俺はこう考えるよって。

 必ずトークの締めは『俺はそう思う』で締めるようにしているんです。なぜかというと『俺はそう思う。あなたはどう思うんですか』と。いろんな媒体、メディアを見ていても、日本は断定的に話すことが多いですよね。一般の人たちはそれを見て鵜呑みにする。僕はそれが好きじゃないんですよ。自分の頭で考えてやる。それをあなたがどう思うか」

今後のキャリアはあえて描かない「先を見た瞬間、今に100%を費やせない」

 試合前日の取材、「ファンにどんなところを見てほしいか。メッセージを」という投げかけにはこう答えた。

「僕がもしファンの皆さんに贈る言葉があるとしたら、明日の僕の戦い方を見てよ。あなたがどう感じるか。その後に『バレンがこれだけやったから、私はこうやってみよう』とか、そういうふうに感じてくれたら俺は一番嬉しい。俺の目的は達成されるかな。試合の勝ち負けは俺だけのこと。でも、見てくれてる人たちにとっては自分が何をするかの方が絶対大事だと思う」

 伊藤戦の先のキャリアを問われても、「大きな山の麓に立っていると想像してみてください。その先の山は見えていますか。ごめんなさい、俺は見えていないです」と独特の表現で回答。「先を見た瞬間、今に100%を費やせるとは思えない。未来は今を100%こなさないと、どっちにしても来ないもの」と目の前の試合に集中した。

「100%のバレンの良いところをぶつける。距離を詰めて殴るしかない」と臨んだ伊藤戦。しかし、いつものように飛び込めない。ノーガードで向かっていく姿も垣間見せたが、相手のスピード、技術にコントロールされ、打ち合う姿勢が影を潜めた。一方的な展開が続き、最後はロープ際で連打を浴びて8回1分17秒TKO負け。試合後のホテルで撮影されたYouTube。ファンへ向けてうなだれるようにこう語った。

「ごめんね、もう炎がなかったね。もう何て言ったらいいかわからない。勝てなかったのが本当に申し訳ないけど、それより申し訳ないことが一個あって。俺の中で燃やせる炎がなかった。相手も強かったし、技術もあったし、パンチも強かったよ。セコンドにもずっと言われていた。『あんたの言ってきたことは何だよ。出ろ』と。でも、できなかった。自分に一番ショック。何やってるんだ俺って。こんなふうになったのは初めてよ。

 俺も短絡的なことは言いたくないの。(ボクシングが)本当に好きだからやっているの。プロとしての試合を見せられなくなった時は、俺は引退だなって前からずっと言っていると思うんだよ。こういう形で出ると、自分でも思っちゃうよね。『俺は年貢の納め時なのかな』とか。よく考える必要があるけど、それが今の正直な気持ちです。ごめんね、みんな。言葉にならねぇ。皆さん、ごめんなさい」

 40歳で迎えた4年8か月ぶりの連敗だった。(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)