日米通算170勝を挙げ、「平成の怪物」と呼ばれた松坂大輔が7日、現役引退を発表した。一時代を築き上げ、記録にも記憶にも残る名選手として愛されてきた右腕の引退に、球界各所からは寂しさと労いの言葉が寄せられている。
現役時代、チームメイトとしてプレーした元ソフトバンクの攝津正氏は自身のYouTubeを更新し、共に過ごして感じた松坂の人柄や思い出について語った。
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若手・育成問わず誰に対しても気さく
2015年、9年ぶりに日本球界への復帰を果たし、ソフトバンクに入団した松坂。
3年間チームメイトとしてプレーした攝津氏は、共に過ごすなかで感じた松坂の人柄についてこのように話している。
「めちゃめちゃ気さくで、気遣いもすごくできる人でした。成功すると気難しい人なのかなというイメージがありますが、松坂さんは全然そんなことはない。若手・育成問わずどんな選手に対しても質問をしたら答えてくれましたし、僕自身もこんなに親しくさせてもらっていいのかなという感じでした。
自分が引退するときも松坂さんに電話をしたんですが、『びっくりして言葉がでないよ』と言ってくれて、ありがたかったですね」
「松坂世代」と語り継がれるほど、高校時代からトップで活躍を続けてきた松坂。誰もが憧れるスターとの練習は、当時チームの主力として活躍していた攝津氏にとっても非常に有意義なものだったという。
「練習中もずっと目で追いかけていましたね。独特な自分流の練習法があって、何故そういう練習をしているのかといったことはよく聞いていました。
例えば、キャッチボールをするときも、普通とは反対のセカンド方向を一度向いてから投げていたので、なんでそっちを向くのかと聞いたことがあります。その時は、そのタイミングの方が上体が突っ込まないというか、それで自分のタイミングをはかって投げているといっていました。そういうやり方もあるのかとすごく勉強になりましたね。僕自身も実際に真似して練習に取り入れたりもしていました」
思い立ったらすぐに行動を起こせる人
2016年に発生した熊本地震の際には、共に県内球場復旧支援のため義援金を寄付した松坂と攝津氏。
その際、攝津氏はプレーだけでなく松坂の「人間性としての一流さ」を感じたという。
「熊本地震の時、真っ先に何かしてあげたいなと思っていたことがお互いに一致して行ったという感じです。普通チームが動いてから自分も動くという感じなんですが、松坂さんは自分でやると決めたらすぐ行動していました。色々待っている場合ではないし、真っ先にやろうと。思い立ったらすぐに行動を起こせる人なんですよね。そういうところから一流なんだなと思いました」
動画の最後には、引退を発表した松坂に対し、
「憧れの松坂さんとソフトバンクで一緒にプレーできたことはすごくいい思い出になりましたし、超一流の人間性を見せてもらいました。本当にお疲れ様でした」
と、メッセージを送った攝津氏。
公開された動画内では、松坂が日本球界復帰の際に行った、現ソフトバンク・和田毅を交えた食事会のエピソード、さらに共に練習をする中で感じた松坂の感じたストイックさについても語られている。
※健康、ダイエット、運動等の方法、メソッドに関しては、あくまでも取材対象者の個人的な意見、ノウハウで、必ず効果がある事を保証するものではありません。
[文/構成:ココカラネクスト編集部]
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