東京五輪の柔道女子52キロ級で金メダルを狙う阿部詩選手―― オリンピックまで残すところあとわずかになりました。「今年に入ってから、月日の流れがびっくりするくらい早く感じます(笑)。あっという間に残り1カ月。オリンピックに向けてコンディション…



東京五輪の柔道女子52キロ級で金メダルを狙う阿部詩選手

―― オリンピックまで残すところあとわずかになりました。

「今年に入ってから、月日の流れがびっくりするくらい早く感じます(笑)。あっという間に残り1カ月。オリンピックに向けてコンディションを最高潮に高めています」

―― 3月に開催された柔道グランドスラム(GS)・タシケント大会で優勝。ただ、試合後のコメントでは「相手にビビってしまった」というコメントを残していました。

「3月のグランドスラムは私にとって約1年ぶりの実戦でした。オリンピックを見据えて、『高い緊張感のなかでどれだけ自分の柔道ができるか』というテーマを掲げて臨んだ大会だったのですが、正直体が思うように動かない部分があった。試合内容がしっくりこなかったんです」

―― 全試合一本勝ち(決勝は不戦勝)と、順調な仕上がりに見えたのですが、阿部選手本人としてはイマイチな試合だったと。

「そうですね。動きが硬かったのもありますが、相手選手が私の柔道を研究してきているなと感じました。なので、同大会を経て、五輪までの残りの期間は、相手選手の研究を乗り越えるための準備期間と考えました。具体的には、『一本を狙う』という自分の柔道は軸に持ちつつ、戦い方のパターンを増やしていければと。実際、5月のグランドスラム・カザン大会ではこの時の経験を生かすことができたかな、と思います」

―― 昨年11月、コロナ禍で実戦から離れるなか、日体大の入学歓迎式でパブロ・ピカソの言葉「できると思えばできる、できないと思えばできない。これは、ゆるぎない絶対的な法則である」を引用した阿部選手のスピーチが話題を呼びました。

「昨年、目標にしていた金メダル(を獲る機会)がなくなりましたが、それでも自分がその目標を諦めていないことを伝えられればと思って。私自身、これまでの競技人生で、強い気持ちがあれば目標は絶対に達成できる、ということを実感しています。たとえコロナ禍の影響があっても、五輪が延期になっても、金メダルを獲るという目標は達成できると信じてますから」

―― そうした強い気持ちは、これまでの競技人生で培われてきたと感じますか?

「そうですね。まずはやっぱり、高校1年時(2016年)のインターハイで、初戦敗退(反則負け)したこと。同じ柔道部の仲間が好成績を残しているなか、私は何をやっているんだろうって。しばらく泣き続けて、立ち直れませんでした。その時、リオ五輪の出場権を逃した兄(一二三選手)から電話があって、『俺に比べたらまだマシや。まだまだチャンスがあるぞ』と。たしかに兄の状況に比べたら、インターハイの敗退でくよくよしている場合じゃない。次のチャンスは絶対につかもうと決意を固められました。この敗戦でくじけることなく、次の目標に向けて邁進できたことが、高校2年時のインターハイやグランドスラム・東京(2017年)の優勝につながったと思うんです。

 これまで戦ってきた1戦1戦、人生の一大勝負と思って本気で臨んできました。それはインターハイでも、グランドスラムでも同じです。目の前の1戦に、誰よりも強い思いを懸けてきた自信がある。だからこれまでの試合をもう一回同じように戦って勝てるか、と言われると、正直自信がないんです。もっと言えば、考えたくもない(笑)。でも、それくらい追い込まれる経験をしてきたからこそ、少しずつメンタルが成長してきたのかなと」

―― 2017年のグランドスラム・東京で優勝した際、「今日から阿部詩の時代を2020年まで続けていきたい」と宣言するなど、以前より、東京五輪に並々ならぬ情熱を語ってきました。

「いま振り返ると、高校生のころは『勢いのあるコメントしていたな』って思います(笑)。勝った勢いそのままのテンションで言っちゃったコメントもあったり。ただ、東京五輪にかける思いの強さは、いまも変わりません。そこで金メダルを獲るという大きな目標が、自分の"軸"にあったことは間違いないので」

―― そんな絶対的な目標であったオリンピックの延期が決まった際、どのように気持ちを切り替えましたか?

「2019〜2020年にかけて、五輪に向けて自分のすべてを懸けて練習していました。ただ、延期が決まった時は、『自分が思い描いていた1年ではなくなったな......』と多少戸惑ったものの、そこまで落ち込むこともなかったんですね。むしろ、五輪まで『もっと強くなれる期間が生まれたんだ』と気持ちを切り替えました」

―― モチベーションが下がることもなかった?

「発表されたのは、"中止"ではなく"延期"だったので、2021年は開催される、その日は必ずやってくる。そう信じてやってきました。だから、モチベーションが下がることはなかった。むしろ、これまでのアスリートが経験できなかったことを、自分は経験できているんじゃないかって、前向きに考えるようにしました」

―― 延期をポジティブにとらえることで、延期期間中の練習に集中できたと。

「そうですね。ポジティブな気持ちや高いモチベーションがあるかないかで、トレーニングの密度はまるで変わります。モチベーションには一見些細なことも関わってくると思っていて。たとえば、走りやすさとか、着心地のよさといった機能性が高いことが前提ですが、かわいくて、カッコいいトレーニングウェアやシューズを身につけると、練習をスタートする時に気分が上がるんです。『今日はお気に入りの柄物のロングスパッツにしようかな』とか『新しいウェアを着てみようかな』って、ちょっとした気分転換にもなります。日々のトレーニングでは、そうした小さなことも大切なんです」

―― 女子52キロ級は、男女の全階級で日本が金メダルを獲得したことがない唯一の階級です。そうした"ジンクス"は意識しますか?

「逆に自分にとってはチャンスだと思っています。(日本人選手が)金メダルを獲得したことがない階級で、自分が初めての選手になれるチャンスがある。しかもそのチャンスは、自分にしか与えられていない。だから、プレッシャーというよりは、やりがいだと感じています。達成した時の喜びは人一倍大きいはず。マイナスに考えるよりも、『やってやるぞ』っていう気持ちのほうが強いですね」

―― 女子52キロ級と兄・一二三選手の男子66キロ級は、いずれも7月25日に開催されます。当日は日本武道館で、どんな柔道を見せたいですか?
 
「1本にこだわる自分の柔道を見せて、必ず金メダルを獲りたいと思います。女子52キロ級での日本初の金メダル、そして兄にも勝ってもらって、兄妹同日で金メダル。その両方を実現する日にしたいと思います」

Profile
阿部詩(あべ・うた)
2000年7月14日、兵庫県生まれ。5歳から柔道をはじめ、夙川学院高校2年時(2017年)にグランドスラム・東京大会で優勝。2020年2月のグランドスラム・デュッセルドルフ大会で優勝し、東京五輪出場を内定させた。兄は東京五輪に出場する柔道男子66キロ級日本代表の阿部一二三。