日本代表が強豪国と戦う時(5)~アルゼンチン(1)から読む>>「日本は南米勢に弱い」 そう言われて久しく、一時は定説のよ…

日本代表が強豪国と戦う時(5)~アルゼンチン
(1)から読む>>

「日本は南米勢に弱い」

 そう言われて久しく、一時は定説のように語られていた。

 南米的なずる賢さ、抜け目のなさ、したたかさは、本来的にサッカーに適しており、相手を出し抜く格好のキャラクターと言えるだろう。例えばダイレクトシュートの練習ひとつとっても、彼らは無理に決まりに従うことはしない。ピッチ上で一番相手にダメージを与え、自分の個性が生きる選択ができるのだ。

 アルゼンチンはそんな南米の雄と言えるだろう。ディエゴ・マラドーナのようなファンタジスタもいれば、ディエゴ・シメオネのような闘争心の権化も輩出してきた。彼らはピッチの王様だ。日本人選手はその変幻に戸惑うばかりで、太刀打ちできなかった。

 しかし、時代の変化を感じ取った試合があった――。

 2010年10月、埼玉。アルベルト・ザッケローニ監督が新たに就任した日本は、リオネル・メッシを筆頭に、カルロス・テベス、ハビエル・マスチェラーノなどスター選手がそろい踏みのアルゼンチンを迎えていた。1998年のフランスワールドカップの初戦では手も足も出ずに敗れ、過去6戦は全敗。苦戦が予想された。



日本が勝利したアルゼンチン戦、中盤でチームのバランスを取る長谷部誠

 だが、ザックジャパンは堂々たる戦いぶりを見せた。極端に守備を固めた〝弱者の戦術"ではなかった。長谷部誠が中盤で攻守のバランスを取って、本田圭佑、香川真司の2人は中盤でボールを保持し、運び、攻撃を仕掛け、内田篤人、長友佑都の2人はサイドで優位に戦い、攻撃に厚みを加えた。全員が欧州のトップクラブでプレーしていたこともあり、少しも物おじしなかった。

 もちろん、攻撃にギアが入った時のアルゼンチンは日本を苦しめた。とりわけメッシは別格で、数人に囲まれてもボールを奪われない。目を疑うようなビジョンから決定的パスを繰り出し、瞠目のコントロールでゴールに迫り、雷撃のごときミドルシュートも放った。

 しかし、日本も負けていない。前がかりの布陣を組み、各選手がボールを持てることで、一度攻撃が断たれても、献身的かつ積極的な守備で相手に息をつかせず、イニシアチブを取った。決勝点となる先制点も、その流れで生まれた。

 前半19分、無理なサイドチェンジでアルゼンチンがボールコントロールを失ったところだった。右サイドで岡崎慎司が拾い、縦に持ち運ぶ。マイナス気味のクロスをペナルティアークで待っていた本田に通す。これはいったん奪われたものの、そのこぼれ球を後方から長谷部がロングシュートで狙う。そのボールをGKがこぼしたところ、裏を抜け出した岡崎が押し込んだ。

 見事な波状攻撃だった。

「ピッチの上では考えてしまうと、一歩が遅れてしまう。だから何も考えずにボールが来ることを信じてがむしゃらに動いていますね。自分はへたくそだから、とにかくゴールに向かって突っ込もうと」

 殊勲となる得点を決めた岡崎は、2009年時のインタビューでそう語っていた。彼は南米的な要領の良さはない男だろう。しかし、無骨なアプローチにより、その後プレミアリーグ王者のFWにもなった。

「エスパルスはとにかくうまい選手が多くて、当時はぼろくそ言われましたね。俺はそれでも点が取りたかったから、守備的なポジションをやらされても、ゴール前近くに上がって得点を狙いました。相手にボールを取られると、裏を突かれるから大変です。でも全力で戻っていたら、守備の選手も『大変だな』と感心して、そうやって少しずつサッカーを勉強しました」

 その原点を忘れず、岡崎は世界的ストライカーとなった。

 日本はリードした後も、攻めの手を緩めない。本田がFKでブレ玉を飛ばし、交代出場の前田遼一や阿部勇樹が決定的なシュートを放つ。老獪なアルゼンチンを慌てさせた。

「ゴールに向かって戦う姿勢を選手たちには求めた。結果、アルゼンチンを相手に臆することなく自分を表現し、積極的にプレーしてくれたと思う」

 ザッケローニは1-0で勝利した試合後、そう振り返っている。

「選手はやるべきことをやっていた。犠牲的精神はひとつのキーワードになるだろう。攻撃陣は前で体を張ることで、中盤とディフェンスラインを助けると同時に、ボールを高い位置で奪ってはゴールチャンスにつなげていた。攻撃陣と守備陣がお互い補完関係を作ることで、攻撃的な戦いが可能になったのだ」

◆「日本サッカーは確実に進歩している」。かつてイングランド代表戦で贈られた日本代表への賛辞

 ザックジャパンはその日、〝日本人らしさ"を誇っている。それは解析すると、勤勉さ、緻密さ、俊敏さ、協調のようなものだろうか。

 真っ向勝負ができた理由は、主力の半数以上が欧州の最前線にいたこともあるだろう。この試合を前後して、本田がCSKAモスクワでチャンピオンズリーグ(CL)ベスト8を経験し、長友がインテルでCLベスト8、内田篤人がシャルケでCLベスト4に進出。彼らはアルゼンチンにも引け目を感じなかった。

 このアルゼンチン戦は、エポックメーキングだったと言えるだろう。その余勢を駆って、ザックジャパンはプレー様式を完成に近づけ、アジア王者になった。それは後に自己肥大につながっていくわけだが、南米の雄と対等に戦った試合が、新時代突入の刻印を押したのは確かだ。
(つづく)