ピッチの中もベンチも観客席も、みんな表情がこれまでと違って見える。掲示板に目をやれば、時計の針はすでに「45分」で止まっ…

ピッチの中もベンチも観客席も、みんな表情がこれまでと違って見える。掲示板に目をやれば、時計の針はすでに「45分」で止まっている。アディショナルタイムに突入だ。特別な時間の始まりだ。数々の事件が起きてきた——。「ドーハの悲劇」の時計の謎、ワールドカップ予選で謀議をもちかけられた国際レフェリーの告白、Jリーグでの「18分50秒」のアディショナルタイム——。さあ、ドラマの幕開けだ。

柏レイソルが90分を過ぎてから3ゴール!

 6月27日に行われたJリーグ第20節、湘南ベルマーレ対柏レイソルは驚きの試合だった。ホームの湘南が2−1とリードして試合はアディショナルタイムにはいったのだが、ここでドラマが生まれた。4月24日以来、2カ月間以上も勝利がなく、その間1分け7敗、4日前には浦和レッズにホームでいいところなく0−2と敗れて4連敗となった柏が猛攻をかけ、3点を奪って4−2で逆転勝ちしてしまったのだ。

 口火を切ったのはDFの大南拓磨。アディショナルタイムにはいって2分14秒(公式記録の時間では「90+3’」、神谷優太の粘りを受けてゴール前で押し込んで同点とする。続いて8分27秒には左の角度のないところからクリスティアーノが左足を一閃、湘南のオリンピック代表GK谷晃生の読みの逆をついて低くニアポストを破り、逆転。そして11分08秒、右サイドバックの北爪健吾が右から入れたボールをペドロハウルが流し込んで4点目を決めたのだ。

 この試合は、後半に2回にわたって長時間のVARチェックがはいり、後半アディショナルタイムは「9分」と掲示されていた。しかし第4審判がこの掲示を出している間にも、直前のクリスティアーノのヘディングシュートがゴールを割っていたかどうかのVARチェックが行われており(これは短時間で終わった)、10分を超すのは必然だった。そして3つのゴールがはいったために11分以上に伸びたのだ。ペドロハウルの4点目が決まると、湘南のキックオフを待たずに試合終了の笛が吹かれた。

■「ロスタイム」から「アディショナルタイム」へ

 私には、「人生最高のアディショナルタイム」の経験がある。

 中学1年生の夏休みの話である。例によってのんびりと過ごしていた私は、新学期を目前に、まだ宿題が山のように残っていることに気づいた。夏休みは残り数日。とてもこなしきれる分量ではなかった。私は途方に暮れた。しかその夜、とんでもない電話がきた。私の学校はこの夏休みの間に新校舎に移転する予定だったのだが、引っ越し作業が遅れているため、夏休みを1週間延長するというのだ! 

 私は思いもしなかった幸運に狂喜乱舞した。だがこれから夏休みを迎えようという良い子のみなさん、少年少女たちには、はっきりと言っておきたい。こんな幸運が誰にもあると思ってはいけない。そしてまた、人生にいちど、誰にも大きな幸運があるとしても、それをこんなことで使ってしまうのはもったいなさ過ぎる。もちろん、その後の私の半世紀を超える人生で、こんな幸運は二度と訪れてはいない……。

 さて、アディショナルタイムは、ルールの上では「空費された時間の追加」と表現されている。英語では「Allowance for time lost」だ。日本では長く「ロスタイム」と呼んできた。イングランドでは、「インジュリータイム(ケガの処置で空費された時間)」と言うことが多いと、「ダイヤモンドサッカー」で岡野俊一郎さんが教えてくれた。気取ったテレビアナウンサーは「インジュアリータイム」などと言っていたが、「ロスタイム」の普及率は圧倒的だった。

 だが「ロスタイム」は完全な「和製英語」であり、国際的には通じない。また追加が必要なのは、ケガのときの処置だけではない。そこで、日本サッカー協会の審判委員会は、ワールドカップで使われている「アディショナルタイム(Additional Time)」とすることを決め、今後はそう表示することを、Jリーグ、JFL、そしてなでしこリーグに要請する依頼状を送った。2010年7月のことである。以後、「ロスタイム」という言葉は日陰の存在となった。

 私は困った。『東京新聞』に試合の観戦記事を送っているのだが、新聞記事の性格上、正確な時間を入れなければならない。ただでさえ文字が大きくなり、文字数を制限しなければならないなか、それまで「ロスタイム」と5文字で書いていたものが「アディショナルタイム」では10文字にもなってしまう。新聞記事にすると、ほぼ1行分だ。いろいろ考えた挙げ句、「追加タイム」という表現を思いついた。これで5文字、以前と同じになった。だが考えれば「タイム」と書くこともない。「追加時間」とすれば「文字数の空費」はぐっと少なくなるのである。

■正しいアディショナルタイムの取り方

 現在のルール(2021/22年版)には次のように書かれている。

「主審は、以下のように前半、後半に空費されたすべてのプレーイングタイム(プレーのための)時間を追加する。

・競技者の交代

・負傷した競技者の負傷の程度の判断や競技のフィールドからの退出

・時間の浪費

・懲戒の罰則

・「飲水」タイム(1分間を超えるべきではない)や「クーリング」ブレーク(90秒間から3分間で)など、競技会規定で認められる医療上の理由による停止

・VARチェックやレビューに関わる遅延

・プレーの再開を著しく遅らせる行為(例えば、得点の喜び)を含む、その他の理由

 第4の審判員は、前半、後半の最後に、主審によって決定された最小限のアディショナルタイムを表示する。主審は、アディショナルタイムを増やすことはできるが、減らすことはできない。

 前半に時間計測を間違えたとしても、主審は、後半の時間の長さを変えることによって埋め合わせをしてはならない。」(原文のまま)

 近年の飲水タイムやVARなどの導入で新しい項目が追加されているが、アディショナルタイムについての考え方は数十年間変わっていない。

 かつては(Jリーグ以外ではいまでも)、主審と第4審判は試合前に合図を決めておくのが普通だった。右手で左腕を触ったら1分、右足を触ったら2分という具合である。空中に数字で「2」とか「3」と書く主審もいた(第4審判側から見ると「裏字」になる)。そして第4審判は交代ボードに分数を表示し、主審にそっと見せ、主審がうなずくという形である。無線によるコミュニケーションシステムが使われている現在のJリーグでは、それを使って口頭で伝えられる。

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