前回大会から出場枠が16から24に拡大されたユーロ2020だが、クオリティの低下という当初の懸念はどこ吹く風。連日熱戦…

 前回大会から出場枠が16から24に拡大されたユーロ2020だが、クオリティの低下という当初の懸念はどこ吹く風。連日熱戦が繰り広げられている今大会を見ても、ファンの期待に違わぬハイレベルな試合が続いている。

 そんななか、大会のハイクオリティにひと役買っているのが、ゴールキーパー(GK)の存在である。

 マヌエル・ノイアー(ドイツ)、ティボ・クルトゥワ(ベルギー)、ウーゴ・ロリス(フランス)、ヴォイチェフ・シュチェスニー(ポーランド)、ジャンルイジ・ドンナルンマ(イタリア)......。

 彼らのように、日本のファンにもお馴染みの有名GKが名を連ねるのだから当然ではあるが、むしろ今大会で目立っているのは、それ以外の実力派GKたちの活躍ぶりだ。



ウェールズの躍進に大貢献したGKダニー・ウォード

 思い出されるのは、5年前のユーロ2016フランス大会。北アイルランドのサプライズだ。開幕前はダークホースにも数えられなかったにもかかわらず、見事グループ3位で決勝トーナメント進出を果たした。とりわけグループ最終節のドイツ戦では、GKマイケル・マクガヴァンがビッグセーブを連発。0−1で敗れたものの、その活躍ぶりが得失点差によるグループリーグ突破につながり、一躍スポットライトを浴びたことは記憶に新しい。

 それをきっかけに移籍市場でも注目を浴びたマクガヴァンは、その夏、ハミルトン・アカデミカル(スコットランド)からノリッジ・シティ(イングランド2部)にステップアップ移籍。サッカーマイナー国の無名選手にとって「希望の光」となった。

 ビッグトーナメントで活躍したGKがその後のキャリアを好転させたケースは、W杯の舞台でもよくある話だ。

 2018年ロシアW杯では、大会後にブラジルのGKアリソンがGK史上最高額の移籍金でローマからリバプールに移籍。さらにその穴を埋めるべく、スウェーデンのGKロビン・オルセンもFCコペンハーゲンからローマにステップアップ移籍を果たした。

 2014年ブラジルW杯でも、8強入りを果たしたコスタリカのGKケイロル・ナバスがレバンテからレアル・マドリードにキャリアアップしたほか、アジャクシオ(フランス)との契約が満了していたメキシコのGKギジェルモ・オチョアも同大会での活躍によってマラガ(スペイン)との契約を勝ち取っている。

 その視点に立ってみると、今回のユーロで評価を高めたと思われるGKが意外と多いことに気づく。

 たとえば、グループステージ敗退組で奮闘したのは、ペーテル・グラーチ(ハンガリー)、ルーカス・フラデツキー(フィンランド)、マルティン・ドゥブラフカ(スロバキア)、ストレ・ディミトリエフスキ(北マケドニア)の4人。

 このなかで「死のグループ」におけるビッグサプライズの主役となったハンガリーの正GKグラーチについては、所属のライプツィヒ(ドイツ)で見せている実力をそのまま発揮した格好なので、それほどの驚きはないだろう。

 それは、レバークーゼン(ドイツ)の正GKでもあるフィンランドのフラデツキー、ニューカッスル(イングランド)の守護神ドゥブラフカにも言える。彼らのハイパフォーマンスは、すでに所属クラブでも証明済み。そういう意味では、グラーチ同様、日頃から主要リーグで活躍する彼らは今大会であらためて自分の価値を示したことになる。

 その一方で、ラージョ・バジェカーノ(スペイン2部)に所属するディミトリエフスキは、3戦全敗8失点という散々な成績に終わった北マケドニアのなかで、高評価を得た数少ない選手のひとりだった。特に1−2で涙を呑んだウクライナ戦では、PKストップを含めた出色のパフォーマンスを披露。孤軍奮闘の活躍を見せた。

 これまで主にスペインの下部リーグで経験を積んできたディミトリエフスキは、現在27歳。30歳をすぎてから脂が乗るとも言われるGKだけに、この夏の移籍市場はステップアップのチャンスが到来するかもしれない。

 同じように、決勝トーナメントに勝ち残ったチームの中にも、今夏の移籍マーケットでキャリアアップする可能性を高めたGKがいる。そのひとりが、イタリア、スイス、トルコが同居したグループAで2位通過を果たしたウェールズの守護神ダニー・ウォードだ。

 グループステージ3試合で安定したパフォーマンスを披露したウォードだが、なかでも2試合目のトルコ戦は彼の評価を高めた試合。ファインセーブでピンチを救ったほか、随所にクオリティの高いプレーを見せて2−0の勝利に貢献した。

 残念ながらラウンド16では、所属するレスター・シティ(イングランド)のチームメイトであるGKカスパー・シュマイケルを擁するデンマーク相手にいいところを見せられず0−4で完敗したが、ウォード個人としては実力を再認識させるに十分な大会だったと言えるだろう。

 同じく、グループDで勝ち点4ポイントを獲得し、3位通過を果たしたチェコのトマーシュ・ヴァツリークも、その実力をいかんなく発揮したGKとして挙げられる。

 とくに際立っていたのが、初戦のスコットランド戦だ。2−0のリードで迎えた試合の終盤、地元サポーターの声援を受けたスコットランドの猛攻を受けるも、ヴァツリークは好プレーを披露してそれを阻み、勝利の立役者となった。チェコにとってはこれがグループステージ唯一の白星だっただけに、その貢献度は計り知れない。

 グループステージ突破のきっかけとなったという点では、初戦のスペイン戦をゴールレスドローで終えたスウェーデンのロビン・オルセンの活躍も見逃せない。この試合のスペインの攻撃陣が低調だったこともあるが、的確なポジショニングと冷静な判断力を披露したオルセンは、結局17本のシュートを浴びながら零封に成功。存在感は抜群だった。

 ここに挙げた3人に共通するのは、いずれも所属クラブではセカンドGKに甘んじているという点だ。

 ウォードはレスターでシュマイケルの後塵を拝し、ヴァツリークはセビージャ(スペイン)でモロッコ代表のヤシン・ブヌに正GKの座を譲っている。そして、エバートン(イングランド)に所属するオルセンのライバルはイングランド代表の正GKジョーダン・ピックフォードと、いずれもポジション争いはハイレベルだ。

 果たして、今回のユーロで披露したハイパフォーマンスは、今夏の移籍マーケットに影響をおよぼすのか。ヨーロッパ中堅国の実力GKたちの動向に注目が集まる。