連載「松井大輔のベトナム挑戦記」第4回、ワクチン接種後の副反応 皆さんお元気ですか、サイゴンFCの松井大輔です。 前回の…

連載「松井大輔のベトナム挑戦記」第4回、ワクチン接種後の副反応

 皆さんお元気ですか、サイゴンFCの松井大輔です。

 前回のコラムから少し時間が空いてしまいました。というのも、この2か月くらいは身の回りでいろいろなことがあったので、今回は近況報告を中心に話をしたいと思います。

 まず新型コロナウイルスに関する状況から。ここへきて東南アジア方面での感染者が増えてきてしまい、ベトナムでは再度ロックダウンの措置が取られています。スーパーマーケット以外のお店はすべてシャッターが閉まり、道によってはバリケードで通行止めになっているところもあります。以前もお話ししたように、ベトナムという国は対処する時のスピードがとても早い。2週間程度のロックダウンで感染拡大をしっかりと抑え込み、約1か月後には日常を戻そうという考え方です。

 その影響でチーム全体でのトレーニングができなくなってしまい、コンディション調整が難しくなりました。日頃から練習しているタンロンスポーツセンターがある地域でも感染者が増えていると聞いたので仕方がありません。幸いなことに外をランニングすることはできるし、食事は宅配を頼むか、慣れない自炊でしのぎたいと思います。

 僕自身は5月上旬にワクチンを接種しました。インフルエンザのワクチンを毎年接種していても症状は出ませんが、今回は注射した日の夜に発熱してしまって……。普段あまり発熱しないタイプなのでとにかくしんどくて、翌朝も発熱していたので解熱剤を飲んで寝込んでいました。昼過ぎに熱が下がっても倦怠感や関節痛はずっと残っていて、その日は何もする気が起きませんでした。

 注射そのものは痛くないし、一瞬で終わります。ただ、人によってはその後にいろいろな症状が出るみたいで、僕も例外ではなかったようです。感染拡大の影響がなければもうすぐ2回目のワクチンを接種する予定だったけど、1回目の症状を思い出すとちょっと憂鬱です。今は血栓ができにくいようにコーヒーを毎日飲んで、納豆やタマネギ、それから青魚を食べて血をサラサラにするように心がけています(苦笑)。

何もなかった「契約解除」報道 ベトナムではあまり珍しくない

 それと皆さんが驚いたかもしれない僕の契約解除のニュースについて。ひとつ言えるのは、実際のところは何もなかったということ。リーグ戦の登録を抹消されたわけではないし、東南アジア諸国のクラブと対戦するカップ戦にも登録されています。だから、なぜああいった報道が出てしまったのか、とても不思議です。

 僕からクラブに対しては特に何もアクションを起こしていません。月々の給料もしっかりと支払われています。結果や成績が悪ければ誰かの責任にしたくなるのか、その対象が僕や日本人だったのかなと。こういった誤報は日本でも稀にあって、ベトナムではあまり珍しくないようです。周りがちょっと騒がしくなっただけで、僕自身は元気にやっています。

 成績の話について触れると、霜田(正浩)監督がわずか3試合で解任になってしまって、とても残念な気持ちなのが正直なところ。プロサッカーの世界では結果が出なければ誰かが責任を取らなければいけないし、そういった時に矢面に立つのが監督なのも理解しています。過去のキャリアの中で監督解任を経験したこともあるので、そういった事態になっても過度に驚くことはないですし、選手としては与えられた環境で結果を残すために力を注がなければいけません。

 サッカースタイルを大きく変えようと試みていたので、生みの苦しみを伴うのは当然のこと。練習のやり方を理解できずに混乱している選手もいたけど、個人的にはもうちょっと我慢してほしかったという思いがあります。ボールをつなぐというスタイルを、ベトナムサッカーに浸透させるのは想像以上に大変なことでした。

 どの国、どのチームでもスタイルチェンジは簡単な作業ではありません。例えば、今でこそJリーグで数多くのタイトルを獲得して今シーズンも首位を走っている川崎フロンターレも、風間八宏監督が就任した当初は思うように結果を残せずに苦労していました。戦術を理解し、プレーで表現できるようになるには物理的な時間が必要です。

 そういった中で自分は霜田監督が考えるサッカーを体現しながら、チームメイトのお手本にならなければいけませんでした。実際に練習の中でデモンストレーションすることも多く、必要に応じてボードを使って説明したこともありました。でも僕の頭の中にあるイメージを伝えきれていたかというとそうではなくて、その点でとても悔いが残っています。

 それでも選手は新監督の下、チーム一丸となって結果を出さなければいけません。ロングボール主体のサッカーに戻ってしまうかもしれませんが、それは自分たちの責任も大きい。リーグの下位に沈んでいる現状を考えると、とにかくチームがひとつにまとまって戦うことが重要です。

 僕自身はピッチ内外でチームを盛り上げ、苦しい状況だからこそたくさんコミュニケーションを取りたいと思います。新型コロナウイルスの影響で明日の生活が見えにくい日々になっているけど、できるだけ良い雰囲気を作りたい。それがチームの状況を好転させることにつながると信じています。

 では、また来月お会いしましょう。松井大輔でした。

■松井大輔

 1981年5月11日、京都府生まれ。サッカーの名門、鹿児島実業高校を卒業後に京都パープルサンガ(現・京都サンガ)でプロキャリアをスタートさせる。2004年にフランス、ル・マンへの海外移籍を皮切りに、ロシア、ブルガリア、ポーランドでプレーし、Jリーグではジュビロ磐田、横浜FCでプレーした。日本代表としても活躍し、ベスト16に輝いた2010年南アフリカワールドカップにも出場。今年1月からは、ベトナムのサイゴンFCで新たなチャレンジを行っている。(藤井雅彦 / Masahiko Fujii)