キャバクラの同伴で観戦したプロレスに、次第に引き込まれていったジュリア。2017年7月、アイスリボンのプロレスサークルに入会した。最初は前転も後転も、腕立て伏せもできなかった。そんな彼女に、テレビの密着取材の話が舞い込む。「ヘアメイクの仕…

 キャバクラの同伴で観戦したプロレスに、次第に引き込まれていったジュリア。2017年7月、アイスリボンのプロレスサークルに入会した。最初は前転も後転も、腕立て伏せもできなかった。そんな彼女に、テレビの密着取材の話が舞い込む。

「ヘアメイクの仕事がしたかったのですごく悩んだんですけど、ヘアメイクってどちらかというと裏方の仕事じゃないですか。目立ちたがり屋なところもあったので、プロレスのほうに気持ちがいってしまった。『YES』と答えを出して、そこから過酷な日々が始まりました」


プロレスデビュー後、急成長を遂げていったジュリア(写真提供/

「スターダム」)

 8月に練習生になり、デビュー戦はわずか2カ月後の10月。ヘアメイク専門学校の学費を返すため、夜はキャバクラの勤務を続けつつ、毎日ヘロヘロになりながら練習に通った。結局、受け身が取れないままデビュー戦を迎えた。

「『受け身を教えるレベルにもなっていない』と言われて教えてもらえなかったんですよ。『それなのにデビューして大丈夫なの?』みたいな。今、デビュー戦の試合を観ろと言われても断ります。絶対、観たくない。新人時代は本当にしょっぱかったです」

 その後、2年間アイスリボンに所属したが、2019年10月9日に突如、スターダム後楽園ホール大会に姿を見せ、スターダムへの参戦を表明した。

「とにかく変わりたかった。自分で自分を止めることができないくらい、限界に来ていました。なりふり構ってられないくらい"どん底"だったんです。すべてを変えるか、引退するかの二択でした」

 スターダムに正式入団し、11月28日に都内で会見を開いたが、風当たりは強かった。

「まあ、不義理をしたので......。『アイスリボンに恩はないのか!』と散々言われました。わかっていながらその道を選んだので、耐えて耐えて、耐え抜きましたね。試合がすべてだとは思ったけど、デビューして2年で、そんなにすごい試合ができるわけでもないし、マイクが特別うまいわけでもない。足りないものが多すぎて、抱えている気持ちと、現実の自分が全然嚙み合っていなかった。そこのギャップもつらかったです。なので、とにかく練習して、(マイクの)言葉もかなり考えるようになりました」

 入団発表の会見では、席上に乱入した木村花と掴み合いの乱闘になり、12月24日後楽園ホール大会で一騎打ちが行なわれた。お互い感情むき出しで闘う、バチバチのファイトスタイル。かつての全日本女子プロレスを思わせるような魂の闘いが、そこにはあった。ジュリア自身、「全女を意識している」と話す。

「今の時代にない"闘い"が露骨に見えますよね。プロレスってそもそも闘いが一番大事というか、根底にあるのはそれじゃないですか。だけど、今の女子プロレスには闘いがないんですよ。それでは、いくら体を張って、身を削ってトレーニングして、危険なことをしてリングに立っても、だれの心にも響かないんじゃないのかな」

 木村花と闘ったジュリアは、「やっと私、プロレスラーになった」と思ったという。翌2020年1月4日、新日本プロレス・東京ドーム大会に、木村とタッグで初出場(第0試合)。岩谷麻優、星輝ありさ組に負けたものの、4万人を超える観客の前で夢を見ているような気分を味わった。

「『なんでジュリアが出るんだ!』という批判もありました。試合もまだまだしょっぱくて、そりゃあ気にくわない人もたくさんいたと思います。その悔しさのほうが大きかった。『次に出る機会があったら、みんなに納得してもらえるような自分にならなきゃな』っていうスタートでした」

 肉体改造を始め、練習に練習を重ねた。そして24時間、プロレスのことを考えるようになった。目に入ったものすべてに対して、「プロレスにつながるか?」と考える。人と会話をしていても、テレビを観ていても、なにかプロレスに使えるんじゃないか? 使えるものは全部使ってやろうと、ひたすらメモを取った。

 1月19日、後楽園ホール大会で、朱里、舞華と新ユニット「ドンナ・デル・モンド」(DDM)を結成。ユニットで練習するようになったことが、ジュリアを大きく成長させた。

「朱里との練習は、ゲロを吐くまでやる。『今日の目標はゲロを吐く』という感じです。朱里はキャリアが長くて知識も豊富なので、得るものは多いですね。DDMはみんなそれぞれ違うところで育っているので、全員メニューが違うんですよ。自分が知らないものを取り入れ合うことによって、すごい相乗効果が生まれている。経験値や知識では、生え抜きの選手たちに負けていない。私たちのほうが、できることの幅は広いと思います」

 3月24日、STARDOM Cinderella tournamentで優勝し、星輝ありさが持つワンダー・オブ・スターダム王座への挑戦を表明。しかし5月20日、星輝は引退を発表し、ベルトが空位になった。その直後の23日――木村花が急逝する。


木村花について話をする際に涙を流したジュリア

 photo by Hayashi Yuba

「もう1年が過ぎましたね。早いなあ......。星輝に対しては、めちゃくちゃ腹立ったんですけど、『まあ、自分の人生だから好きにせえ』という気持ちだった。けど、花は......そんな怒りじゃ済まされなかったですね。花に対しての怒りもあったし......泣いても泣いても戻ってこない......ごめんなさい、すみません」

 ジュリアの大きな瞳から、涙がとめどなく溢れる。何度も「すみません」と謝り、それでも彼女の涙はしばらく止まらなかった。

 7月26日、ワンダー・オブ・スターダム王座決定戦が行なわれ、中野たむを破り、王者となった。「その頃はもう、切り替わってますよ!」と気丈に話す。

「コロナがあって、星輝の件があって、花が......そういうことがあって......。この世は終わりだと思った。『こんな世界、なくなればいい』と心から思いました。でも、『私、負けない人間じゃん』って強く思ったんです。嫌な思い、苦しい思い、いろんな感情を抱えて、大好きなものから離れてしまった花の気持ちを、私は絶対、無駄にしたくない。誹謗中傷は永遠になくならないと思うけど、私は絶対、それには負けない。『絶対に負けないから、ジュリアに来いよ』って思う」

 12月、2020年女子プロレス大賞を受賞。受賞理由は「移籍して1年で団体の顔のひとりになった」「試合内容だけでなく、言動も刺激的で注目を集める」「女子が憧れる選手として今後さらに期待できる」といったものだった。一報を聞いた時、ジュリアは号泣したという。

 今年3月3日、日本武道館大会メインイベントで、ワンダー・オブ・スターダム王座、通称"白いベルト"を賭けて、中野たむと敗者髪切りマッチを行なった。解説席の北斗晶は、ジュリアのことを「デンジャラス・クイーン」と評した。北斗の現役時代のニックネームだ。北斗は引退してからプロレス界に関わることがなく、解説をしたのもこの日が初めてだった。

「場外で北斗さんの目の前にテーブルを置いて、そこで中野たむにパイルドライバーをしたんです。あれは『北斗晶、見とけよ』っていう気持ちでした。北斗さんは女子プロレスをメジャーにした、時代を作ったすごい方だと私は思っている。私は女子プロレスが好きで、たくさんの人に観てほしいので、目の前に時代を作った偉大な方がいるんだから、その人に何か見せなきゃいけない。この人の心に何かを残して、『今の女子プロレス面白いよ』と広めてもらうための手段でした」

 中野との凄まじい張り手合戦。ジュリアは手を後ろに組み、ノーガードになった。「中野たむだけには負けたくない」という気持ちが前面に出てしまったという。なぜ、中野たむにこだわるのだろうか。

「私もたむも、たぶん、あそこまで感情をぶつけ合うことができたのは初めての人だった。まだ誰も見たことがないものを、私とたむは見せられる気がしていたんです。『今の女子プロレスはすごいんだよ』というのを、中野たむとだったら見せられるんじゃないかと思ったんですよ」

 白いベルトには、思い入れが強い。初めて巻いたシングルのベルト。そのベルトで女子プロレス大賞を取った。『週刊プロレス』グランプリも取った。武道館のメインも勝ち取った。自分を成長させてくれたこのベルトで、だれも届かないところまで行きたかった。しかし結果は――中野に敗れた。

「めっちゃ悔しいですよ。もっともっとベルトを賭けて闘いたい相手はたくさんいたし、やりたいこともたくさんあったけど、その夢は中野たむによって奪われてしまった。なので、私は常にたむが何をしているか、ベルトを持って何ができるのか、どれくらいベルトの価値を上げることができるのか、見ています。私から奪ったんだから、しっかり見せてもらわないと」

 この連載では、インタビューの最後に「強さとはなにか?」という質問をしている。2016年9月から『日刊SPA!』で掲載した男子レスラー編から数えると、これまで総勢25人のレスラーにこの問いを投げかけてきた。しかし、今回で最後にしようと思う。強さとはなにか――。それはインタビューをとおして浮かび上がってくるものであり、その選手の試合から感じ取るべきものであると思うようになったのだ。

 筆者にとって、思い入れの強い質問。この質問が、私を成長させてくれた。

――ジュリア選手にとって、強さとはなんですか?

「諦めない心です。諦めなければ、生きてもいられるし、笑ってもいられるし、リングに立って、受け身を取って、殴られて、意識を失ってももう一度立ち上がって、そこでやり切った時に"生きてる"って実感できるのが、プロレス。そういう気持ちを経験することが、自分の強さにどんどんプラスになってつながっていく。やめるのは簡単です。続けるのが一番大変。諦めない人が、私は一番強いと思います」

 今回で『最強レスラー数珠つなぎ・女子レスラー編』は終了する。しかし、諦めるわけではない。私は女子プロレスの記事を書くことを、女子プロレスの魅力をもっと多くの女性に広めることを、決して諦めない。女子プロレスのリングには、女の夢、努力、絆、嫉妬、生きづらさ、報われなさ、それでも諦めない心――つまり私たち女の"リアル"が詰まっているから。

(了)

※次回からは『今こそ女子プロレス!』と題し、今輝いている女子レスラーたちに引き続きインタビューを続ける。

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