時計が「0」となって終了のブザーが鳴ると、選手がなだれ混んできた。千葉ジェッツふなばしの面々が、コート上で抱擁する。雄…
時計が「0」となって終了のブザーが鳴ると、選手がなだれ混んできた。千葉ジェッツふなばしの面々が、コート上で抱擁する。雄叫びをあげる。
富樫勇樹の姿も当然、その中にあった。普段はクールな表情であることが多い印象のある男の、笑顔が弾けた。
「3年前、2年前と、ここ横浜アリーナでのファイナルで敗れてから、この瞬間のためにがんばってきたので、チームメイトを誇りに思います」
試合後の会見で、富樫はそう振り返った。

キャプテンとして千葉を率いた富樫勇樹の今季を振り返る
Bリーグファイナルの舞台にはそれまで2度立ち、いずれも敗れていた。そして3度目の今回、男はようやく賜杯を手にした。
bjリーグ時代にまでさかのぼれば、富樫にとって"4度目の正直"だった。
アメリカのモントロス・クリスチャン高校を卒業後、日本へ戻った富樫は2012−13シーズン、bjリーグの秋田ノーザンハピネッツへ加入する。一躍リーグを代表するトップ選手となり、翌年にはチームをファイナルまで導いた。だが、琉球ゴールデンキングスに敗れ、準優勝に終わった。
NBAを目指し、下部リーグのDリーグ(現在のGリーグ)へ挑戦した時期もあった。2018−19シーズンにはBリーグMVPを受賞。オールスターゲームやベスト5にも、当たり前のように選ばれる。日本代表の常連で、今夏の東京五輪への出場の可能性も高いだろう。
なのに、リーグ優勝だけには手が届いていなかった。小柄(167cm)もあっていつまでも若い印象の富樫も、もう27歳になっていた。
もちろんチームスポーツだから、ひとりの力だけで勝つには限界がある。ただ一方で、リーグタイトルはチームの司令塔となるPGとしての力量を示すものであるから、是が非でもほしいものだった。
強い決意を胸に臨んだ2020−21シーズン。チームは順調に勝利を重ねた。しかしシーズン終盤、リーグに暗雲が立ち込める。新型コロナウイルス感染拡大の影響で多くの球団が試合の延期や中止に追い込まれ、千葉も陽性者が発生したことで3月末から4月半ばまで活動が停止した。
活動停止が明けたあと、チームは3連敗からの再スタート。チャンピオンシップ(CS)までの残り1カ月しかなく、この時点で千葉の優勝の目を危ぶむ声は多かった。
それでも富樫は、前を向いていた。活動停止に追いやられても、それをポジティブにとらえた。
「プレー的な面では、この休みはプラスではなかったかもしれない。ですが、プレーじゃないところは(この活動停止で)もしかしたらいい方向に向いたんじゃないか......。そんな休みだったのかなと」
4月14日、活動復活後初めての試合となったサンロッカーズ渋谷戦に敗れたあと、富樫は意外にもそう振り返った。
「シーズンの半分を越えて、気が緩んでいたというか、ふわっとした雰囲気で試合をしていたので、ブレークが入ったことで全員が危機感を持った。挑戦者のような気持ちが出てきた」
冒頭でも触れたように、富樫は常にクールだ。だが、上の言葉は強がりのようには聞こえなかった。
弱音は吐かない。試合に敗れたあとやミスがあっても、それを次に進むための糧にする。与えられた環境、状況を受け止めながら、その時々で最善を尽くす。それが、富樫という選手なのだ。
千葉は3連敗から一転、その後は9連勝を収めてレギュラーシーズンを終えた。とはいえ、連勝のうち2つは延長の末のもので、簡単に得られたわけでもなかった。活動停止によりシーズン終盤に再設定された日程はタイトで厳しく、体力的にきつい状況のなか白星を9つ連ねた。
しかし、富樫の考え方はどこまでも前向きだった。試合間隔が短くなることについて聞くと、彼は「これくらいの日程のほうが好き。あまり(合間に)練習をしなくていいので」と笑った。冗談めかした部分もあるだろうが、すべてがリップサービスでないようにも聞こえた。
過密日程により、相手への対策が不十分になってしまう点についても、前向きだった。
「ウォークスルー(戦術等の確認のための立ち稽古)をしても、試合でそのとおりになることはほとんどない。その都度、状況を見て判断するしかないので、各個人の準備の問題だと思っています」
そんな富樫を、同い年のチームメイトである原修太はこう語る。
「俺らが疲れていると思っていても、めちゃくちゃ元気で、キャプテンらしく背中で引っ張ってくれた」
今でこそメディア対応でしっかりとコメントするようになった富樫だが、若い頃はそうではなかった。ファイナル後に今季キャプテンとしてどう優勝に貢献したかを問うと「仕事は全然できていない」と応えたが、それはおそらく「リーダーとして、言葉で牽引できていない」ということなのだろう。
だが、原の「背中で引っ張ってくれた」という言葉にもあるように、周囲はそう思っていないようだ。チームメイトの富樫評を聞いていると、3連敗からチームが上昇カーブを描けた理由の一端を物語っているように思えた。
「この5年間で彼が人を悪く言うのを見たことがないですし、しゃべっていてもポジティブで心地がいい。そういう姿勢があるから、チームも『やるしかない』となるんだと思います」(原)
富樫自身はキャプテンになったといえど、特別に何かをしたわけではないと感じていた。だが、大野篤史ヘッドコーチ(HC)の見方は違った。今季、大野HCは「チームリーダーになってもらいたい」という期待を込めてキャプテンに任命した。そして、その甲斐はあったという。
「僕はかなり成長したんじゃないかと思っています。とくにCSに入ってから、前半が終わってロッカーに入ってくる時の声など、ちょっとずつ勇樹の声が聞こえてくる頻度が高くなっていた。1年目から完璧だったかと言えばそうではなかったかもしれないですが、着実にステップアップしていると思います」
千葉はリーグで最も選手層の厚いチームのひとつで、外国籍選手を含めたタレントも揃っている。このチームを束ねるのは容易ではないだろうが、富樫はリーダーとして、彼の持つ特別なポジティブさでそれを可能にしたのではないだろうか。そんなふうにも思える。
ファイナルから数日後に行なわれたBリーグアワードショー。5年連続でリーグのベスト5に選ばれながら、富樫はこう口にした。
「今季のパフォーマンスについては、安定感がなかったのかなと。いい試合と悪い試合の差が激しかったと思うので」
キャプテンとしてチームを優勝に導いた一方、選手としては今季のパフォーマンスについて納得がいかない様子だった。
もう27歳。冒頭でそう記したが、まだ27歳でもある。
ポジティブで、クールで、慢心しない富樫勇樹という選手がリーグの頂点に立った今、これからPGとしてどういう領域へ入っていくのか、興味は尽きない。