元世界ランキング1位、相手を力ではなく巧妙で冷静な頭脳プレーで倒し、品位…
元世界ランキング1位、相手を力ではなく巧妙で冷静な頭脳プレーで倒し、品位のあるプレーで世界を魅了したマルチナ・ヒンギス(スイス)が、同じく元世界1位のクリス・エバート(アメリカ)と対談し、現役当時を振り返った。米テニスメディアTennis.comが報じている。【関連記事】ヒンギス、クルニコワ、サバティーニ...あの美人プレーヤーは今
「私達は二人とも、あなたの時代で言えばマルチナ・ナブラチロワ(アメリカ)のようなパワーはなかったわね」とヒンギス。「そして私の時代にはセレナ・ウイリアムズ(アメリカ)とビーナス・ウイリアムズ(アメリカ)姉妹、リンゼイ・ダベンポート(アメリカ)、メアリー・ピアス(フランス)、モニカ・セレス(アメリカ)といったパワフルな選手たちがいたから、私はまず初めにエラーをしないこと、そして球を早く捉えること、相手に走らされる前に相手を走らせることが必要だった」
僅か15歳で、ヒンギスの才能は明らかだった。1996年にヘレナ・スコバ(チェコ)と組んで「ウィンブルドン」の女子ダブルスで優勝し、史上最年少のグランドスラムチャンピオンとなった。翌年16歳で「全豪オープン」のシングルスで優勝、大会史上最年少の覇者となり、その3ヶ月後に「ウィンブルドン」のシングルスで1887年以来の最年少チャンピオンとなって、優勝トロフィーであるビーナス・ローズウォーター・ディッシュを掲げた。
彼女は当時の年上のトップ選手たち、セレスやシュテフィ・グラフ(ドイツ)らをどうやって負かすことができたのだろうか。「その頃15歳とか16歳だった私は、プロとしてその先10年や15年のキャリアがあると思っていたから、まるで怖いものなしで試合をしていたの。結局2回目のカムバックでやっとその年数になったんだけどね」
乗馬とスキーが大好きな彼女は、テニス以外の関心を持つことでバランスを保っていたという。「私にとって、馬に乗って土にまみれたりすることは、バランスを保つためにとても大切だったわ」とヒンギス。「ツアーでの豪華な生活…4つ星や5つ星のホテルに泊まるような生活とね」
「時々、皆が足元にひざまづいてるような気分になっちゃうのよ。そして自分が世界の女王やプリンセスになったような。でも、いつもそうなわけじゃない。時には家に帰ってごく普通の生活をする、それがとても助けになったわ」
ダブルスを含めて多くの試合をしてきた彼女は、2003年に22歳で最初の引退をした。長引く怪我が理由だったが、エバートは、怪我以外の理由もあったのではないかと尋ねた。燃え尽きた感じがあったのではないか、と。
「多分両方が混ざっていたんじゃないかな。両方が少しずつ」とヒンギスは認めた。「自分の身体が、それまで普通にできていたことができないと気付いた時、そして負けるべきでない相手に負け始めた時、それはもちろん心に影響を及ぼすわ」
グランドスラムでの5回を含む43回のシングルス優勝、64個のダブルスのタイトル。ヒンギスは2度、引退から復帰した後、2017年10月にプロ生活に別れを告げた。
(テニスデイリー編集部)
※写真は2017年「WTAファイナルズ」でのヒンギス
(Photo by Clive Brunskill/Getty Images)