本誌を創刊したときのエピソードだ。一部に、なぜ「サッカー批評」なのか、なぜ「フットボール批評」じゃないのか、という意見…

本誌を創刊したときのエピソードだ。一部に、なぜ「サッカー批評」なのか、なぜ「フットボール批評」じゃないのか、という意見があった。このスポーツの本名は「フットボール」なんじゃないの、世界では「フットボール」をプレーしているんじゃないか、と。しかし、日本ではこのスポーツは「サッカー」なんだと一蹴された。見識である。きわめて正しい。サッカーは、このスポーツの日本語での正式名称なのである。

 世界の国々では、サッカーは何と呼ばれているのだろうか。私は東京新聞の夕刊に1993年から「サッカーの話をしよう」というコラムを連載しているが、あるとき、その記事をまとめて書籍にしたいという奇特な編集者が現れ、その言葉を実行に移して6巻も刊行してくれた。彼は本の表紙をどうするか必死に考え、結局、21カ国語で「サッカー」を表現した文字を並べてくれた。

■「蹴球」から「サッカー」へ大転換

 それによれば、大半の言葉が中国語の「足球」のように「フットボール」の直訳で、「足」という言葉と「ボール」という言葉をくっつけた造語になっている。数少ない例外のひとつがイタリア語で、「カルチョ」という。有名な話だが、イタリア人たちは、英国人がやって見せた競技を中世からイタリアで行われていたボール競技(歴史的カルチョ)から発展したととらえ、「カルチョ」としたのだ。

 また韓国では、漢字の「蹴球」を読んだ「チュック」が定着している。この競技が日本の統治時代(1910~1945年)に導入され、広まったため、当時の日本での正式名称であった「蹴球」が定着したのだ。

 1921年に誕生した「大日本蹴球協会(JFA)」は、1931年から機関誌『蹴球』を発行した。この名称は整合性がとれている。JFAは第二次世界大戦中に体協の一部となったが、戦後復活して1947年に「日本蹴球協会」と改称する。ところが1948年に復刊された機関誌には、占領軍に配慮したのか、それとも当時言われていたように「日本語をローマ字表記に」という主張に流されたのかはわからないが、『SOCCER』という英語字のタイトルがつけられていたのである。そして高橋龍太郎会長の巻頭言を読むと、「サッカー」というカタカナ表記が出てくる。

 だが機関誌は1953年には『蹴球』の名称に戻り、1958年までその名称のまま続けられる。ところがここで再び「クーデター」が起きる。1959年1月号で、突然カタカナの『サッカー』となったのだ。

■なぜ、フットボールなのか?

 長年JFA機関誌の編集を引き受けてきた朝日新聞の山田午郎さんが急逝された後を継いで機関誌編集長(完全なボランティア仕事だった)を引き受けることになった轡田三男さん(朝日新聞)が、「蹴」の字が「制限漢字」で新聞では使えないこと(現在は常用漢字に入れられ、使うことができる)から、一般により親しまれているカタカナの「サッカー」に改めることにしたと、その号の編集後記で書いている。

「もっとも理事会席上で異論が無かったわけではない。竹腰(重丸)、川本(泰三)理事、とくに川本君はかなり強硬に反対した。筆者とても『蹴球』に多大の郷愁を感ずるのだが、それとこれとは別だと踏み切ったわけだ。川本君は『“わが蹴球人は”という調子で原稿を書くぞ』とおどすので、『編集のとき“わがしゅうきゅう人”と書き直すだけだ』と言ったら、『感じが出ねえなあ』と笑い話になった」

『サッカー』の機関誌タイトルは、1974年8月に協会が財団法人化されるまで続けられる。そして協会の正式名称が「日本蹴球協会」から「日本サッカー協会」になるのも、この法人化されたときなのである。テレビでも新聞でも、そしてファンもプレーヤーも「サッカー」以外の競技名は使わず、1965年に始まった日本サッカーリーグ(JSL)も当然のように「サッカー」の名称を使っていたのに、戦後30年でようやく「蹴球」とおさらばしたのだ。ちなみに法人化後、協会の機関誌名は『JFA news』となった。

 JFAの英語表記は、「Japan Soccer Association」ではなく、国際性を意識し、「Japan Football Association」である。しかし日本語では「日本サッカー協会」である。その組織のなかになぜ「フットボール本部」が置かれなければならないのか――。「固いことは言わない」などと書いたものの、本音は、流行に乗った安易な名称に腹立ちがおさまらないのである。日本サッカー協会の組織名になぜ「フットボール」を使う必要があるのか、誰か教えてくれないか。

いま一番読まれている記事を読む