2018年10月、ヤクルトの小川淳司監督(当時/現GM)にチームが2位になった要因について質問すると、真っ先に名前が挙…
2018年10月、ヤクルトの小川淳司監督(当時/現GM)にチームが2位になった要因について質問すると、真っ先に名前が挙がったのが青木宣親だった。
「青木なくしてこの成績はなかったと思います。僕は2011年まで一緒にやっていましたが、彼は別人になってアメリカから戻ってきましたよね。バッティングは誰もが認めているところですが、それ以外の部分でチームに大きな影響をもたらしてくれました」

今年5月に日米通算2500安打を記録した青木宣親
この年、青木は7年ぶりに日本球界復帰を果たし、ヤクルトの春季キャンプ途中からチームに合流した。青木はシーズンが始まる前の時点で、日本で1284本、メジャーで774本のヒットを積み重ねていた。
ヤクルトは前年、シーズン96敗という歴史的惨敗で最下位に沈み、再登板となった小川監督のもと、宮本慎也ヘッドコーチ、石井琢朗打撃コーチ(現・巨人野手総合コーチ)、河田雄祐外野守備・走塁コーチ(現・広島ヘッドコーチ)を招聘。「再起」をスローガンとしたチームにとって、青木に寄せる期待はとても大きなものだった。
2018年のキャンプ中、石井コーチは青木について次のように語っていた。
「バットマンとしては当然ですが、僕は精神的支柱としての期待が大きいです。(前任の)カープには新井貴浩や黒田博樹という実績、経験があって、モノが言えるベテランがいました。今のヤクルトはそこが一番足りない部分かなと感じていたところでしたから。チーム全体を少し引いたところから見渡し、モノが言える存在って絶対に必要なんですよ」
事実、青木の加入はチームに大きな刺激を与えることになった。
「青木さんとの再会がなければ、僕は引退していたと思います」
2018年のキャンプで、そう心境を吐露したのは畠山和洋だ。2015年には4番打者として打点王を獲得し、リーグ優勝に大きく貢献した畠山だったが、その後はケガに泣かされ続けていた。
「去年(2017年)の秋くらいから、ケガや衰えを理由に『もう無理だ。やめよう』とばかり考えていたんです。でも、青木さんに『鍛えられる部分をしっかり鍛えればまだまだできるよ』と言ってもらえて......大袈裟かもしれないですけど、その言葉がなければ僕は終わっていたと思います」
その後、畠山は2019年まで現役を続け、今は二軍打撃コーチとして若手の指導にあたっている。青木に励まされ、すぐにあきらめなかったことが今の職につながったはずだ。
そしてヤクルト復帰1年目のシーズンが開幕すると、青木の存在感は日増しに大きなものとなっていく。
「声を出さずにはいられないんだよね」
勝負の趨勢が見えても、グラウンドやベンチで声を張り上げる青木の姿は、ここ数年のチームにはなかった風景だった。この年のシーズン終盤、青木はこのように語っていた。
「96敗もすれば、みんな自信をなくすに決まっているし、"今日"という日が訪れるのが億劫だったと思うんです。僕はそこを前向きにしようとしただけの話です。開幕した頃と比べれば心のブレはなくなっていますし、みんなから『よし、今日もやってやるぞ!』という姿が見える。やっぱり勝つことって自信になるんです」
そしてチームとして見た時の"野球"と"ベースボール"の違いについて聞くと、「まったく違いますね」と言い、こう続けた。
「日本は組織を大事にして団体で動きます。そこはすごくいいところですが、だからこそアメリカのように、もう少し個の部分を大事にしてもいいのかなと。一概にどっちが正しいかはわかりませんが、僕としては組織と個をうまく融合できればと思っています」
首脳陣と選手の間に絶妙なバランスで立っていた青木に、宮出隆自打撃コーチ(現・ヘッドコーチ)は全幅の信頼を寄せていた。
「自分に影響力があることを感じながら、ベンチで積極的に声を出したり、選手へのアドバイスをしたり......たとえば、バレンティン(現・ソフトバンク)に元気がない時、いいタイミングで声をかけたりしてくれている。同僚から激励されるとうれしいものだし、コーチから言われるのとはまた受け止め方が違いますから。言葉はよくないかもしれませんが、コーチである僕らも青木に頼る部分はあります」
前出の石井コーチも青木の貢献について、次のように語っていた。
「チームが苦しい時って、選手同士でまとまる力が大事なんです。青木は野手最年長ですが、おとなしいチームのなかで先頭になって声を出してくれている。そういう青木の姿を見て、ほかの選手がどう感じ取ってくれるかですよね」
しかし、物語のようにスムーズに物事は進まない。
翌年は球団ワースト記録に並ぶ16連敗を喫するなど最下位に沈み、昨年も5位に12ゲーム差とダントツの最下位でシーズンを終えた。そんな状況のなかでも青木は常に前を向き、声を出し続けていた。
今年のシーズン前、青木はこのように抱負を語っていた。
「勝っている時ってあまり疲れないんですけど、負け続けると本当に集中力が切れそうになるし、キツいですね。でも、だからこそ集中力をもってやらないといけないわけで......。やっぱり勝っているなかでやりたいですし、今年は消化試合のないシーズンにしたいですね」
青木の野球に向き合う姿勢は、シーズンを重ねるごとにチームに浸透している。ゲーム中、村上宗隆を筆頭に選手たちの声が響き渡り、キャンプ中は野手に限らず投手からも「青木さんからこういう話を聞きました」という声を何度も聞いた。
青木はこれまでの経験を後輩に伝えることも「大切なこと」という。
「僕も2年目、3年目の頃は、古田(敦也)さんなど先輩方にいろんな助言も求めました。アメリカでも自分のキャパシティのなかでは対処できないことだらけで......もちろん自分で乗り越えようとするんですけど、本当にどうにもならない時が何度もあって、その時はイチローさんなどに助言を求めたこともありました。
若手は絶対にきっかけを探しているので、その手助けになれたらいいですよね。でもそこからは自分で乗り越えていくものなので、何事もあきらめずにトライして、自分のものにしていってほしいですね」
外野手の山崎晃大朗は今日までの4シーズン、青木に何度も質問をしてきたが「今までのように何でもかんでも聞くことはやめました」と言った。
「たとえば、青木さんは体の使い方がうまいのですが、今の自分にそれが実現できるかと言われたら難しいです。僕には青木さんのような"芯"がまだないので、まずは自分の形を定めて、そのなかでわからないことがあったら聞きに行こうと思っています」
これこそが、青木が求めている姿だったのではないだろうか。
5月26日、神宮球場での日本ハム戦で青木は日米通算2500安打を達成。試合後の会見で「3000本安打を目指したい気持ちはあります」とコメントした。
「そのためには、自分がチーム内で勝っている状態をつくっていきたい。外野はポジションが3つあるので、そのひとつは守っていけるようにしたいですし、チームにとってもいいことだと思います」
試合が始まれば「いいボール来てるよー!」「ここから粘って!」と、レフトの守備位置から投手を激励する青木の声を聞かない日はない。
その光景を眺めていると、2017年に青木が日米通算2000本安打を達成した時、福地寿樹外野守備・走塁コーチが言った言葉を思い出した。福地コーチは、現役時代に青木からのアドバイスのおかげで打撃が向上したことへの感謝を述べたあと、少しいたずらっぽくこう語っていた。
「青木はバッティングで悩んでいると、守備についてもこうやって(腕を組んで)ジーッと動かないことがあったんです。それを見ながら『コイツ、バッティングのことを考えているな』って(笑)」
冒頭の小川監督の「別人になって戻ってきた」という言葉は、青木が"打者"だけでなく"野球選手"として、ひと回りもふた回りも成長していたことを意味していた。6月3日の楽天戦(神宮)では、待望の今季初本塁打と猛打賞。39歳になった今も、青木は成長を続けている。