「また、5セット戦いたいのか----?」 自身にそう問いかけた時、答えは、なかなか返ってこなかったという。 第1セットは…

「また、5セット戦いたいのか----?」

 自身にそう問いかけた時、答えは、なかなか返ってこなかったという。

 第1セットは落とすも、第2セットは相手を打ち合いで圧倒し奪取。勢いを得て突入した第3セットも、続くゲームで2連続ブレークポイントを獲得し、一気に流れを掌握するかに思われた。



2試合連続でファイナルセットまで戦い抜いた錦織圭

 だが、結果的に4度あったブレークチャンスを逃すと、続くゲームを落としてしまう。赤土を巻き上げる強風がサーブのトスを乱し、上背とパワーに劣る錦織圭を悩ませもした。序盤の主導権争いに敗れた錦織は、そのまま第3セットを2−6で落とした。

 この時点で、すでに試合開始から2時間が経過していた。初戦で4時間4分のフルセットを戦っていた身体は、すでに悲鳴を上げ始めている。それなのに、勝つにはあと2セットを取るしか......つまりは、ファイナルセットを戦い抜くしかない。

 その事実を呆然と認識した時、本人曰く「魂が抜けた」。まだ戦いたいのか、戦えるのかと自問自答したのは、この時だった。

 第4セットをどう戦ったかは、あまりよく覚えてはいないという。

 「何も考えられない」なかでコートに立ち、それでも「身体は動きたくないけれど、動いちゃう」という状態だった。

 しかも第4ゲームでは、プレーが中断するほどの強風にもかき乱され、錦織がサービスゲームを落とす。この時点で、試合の行方が決した可能性も、十分にあったはずだ。

 だが、錦織の心は、敗北を拒絶する。

 続くゲームで、代名詞ともいえる早いタイミングのバックのダウンザラインを叩き込むと、リターンウイナーで掴んだブレークチャンス。エネルギー切れに見えるなか、突如息を吹き返した錦織のプレーに相手もひるんだだろうか。続く打ち合いでは相手のショットが長くなり、錦織はなんとか勝利への細い糸をつなぎとめた。

 対戦相手のカレン・ハチャノフ(ロシア)にしてみれば、直近の対戦である3週間前のマドリード・マスターズで錦織に敗れた記憶(7−6、2−6、2−6)が強く頭に残っていただろう。それだけにこの日の彼は、錦織の目にも「いつも以上にリスクを負って攻めてきたし、ショット選択やコースも変えてきた」と映っていた。

 ただ、背負ったリスクは勝利を意識した時ほど、損失のほうに振れやすい。第4セットに入り錦織のネットプレーが増えたことも、ハチャノフの心に重圧をかけただろうか。

 互いに1ブレークずつ奪い、その後も両者ともチャンスを手にしては取り切れない、緊迫感のなかで突入した第10ゲーム。強打がラインを割っていくハチャノフのミスに乗じ、錦織がバックをクロスコートに叩き込んでブレーク......第4セットをもぎ取った。

 かくして試合は、第5セットにもつれ込む。そこは、錦織が「25勝7敗」と現役選手最高勝率を誇る、いわば彼の領域だ。

 今大会の初戦を勝った時に「5セットキング」と称えられた錦織は、自身がファイナルセットに強いことを知っている。それは「記録を維持しなくてはと考えて、プレッシャーにも感じる」肩書きだと苦笑いするが、同時に自信を与えもするのだろう。

 第4セットでは「魂が抜けていた」錦織が、相手の精神的な揺らぎを察知できるまでに、落ち着きを取り戻していた。

「ファイナルセットはブレークできる予感もあった。そこにチャンスがあるなと思ってプレーしていた」

 圧巻は、相手に2連続ポイントを許すスタートとなった第1ゲーム。ここから錦織は、ドロップショット、フォアのクロスのウイナー、バックのダウンザラインにサーブ&ボレーと、豊かなバリエーションで4ポイントを立て続けに奪う。これで流れを生み出すと、第4ゲーム、そして第8ゲームでもブレークポイントを手にした。

 結果的には、これらのチャンスは掴みきれない。ただ、その結果を落胆ではなく、「いつかブレークできる」と信じる根拠とした。

 お互いキープして迎えた第10ゲーム。「攻撃的に行こう」と心に決めていた錦織は、これまで以上に深く踏み込み、早いタイミングでボールを叩く。

 相手のダブルフォルトもあり3連続ブレークポイントを手にした彼は、それ以上、試合を長引かせることを望まなかった。力強いストロークで相手をコーナーに釘付けにし、右腕を一閃、強打を逆クロスに叩き込む。鮮やかに決まったこの日57本目のウイナーは、4時間の死闘に打つ終止符となった。

「あの場面は、つらかったですね」

 試合のおよそ1時間後。キャップを前後ろにかぶり、疲労と安堵の色を顔に浮かべる錦織は、第3セットを落とした時の心境を素直に吐露しつつ、こう続けた。

「それでも、こうやって勝つっていうのは、そこは自分すごいなと思います」

 その言葉に、誇張や虚勢の響きはまるでない。自分の未知なる一面を知って驚いている......そんな表情と口ぶりだった。

 初戦の5セットマッチを戦い終えた時、彼は「テニスって大変だなと、最近とくに思う」と言った。そして2回戦を終えた今、自身のなかに宿る強さを発見した。

 戦うごとに悩み、新たな気づきも得ながら、2年ぶりとなるグランドスラム3回戦へと向かっていく。