元日本代表FWの巻誠一郎は「利き足は頭です」と語った。足元は不器用だったが、腰より下の低いクロスもヘディングでゴールに…
元日本代表FWの巻誠一郎は「利き足は頭です」と語った。足元は不器用だったが、腰より下の低いクロスもヘディングでゴールに叩き込み、名将イビチャ・オシムに愛された。同じく岡崎慎司の座右の銘は「一生ダイビングヘッド」。プレミアリーグ優勝を遂げたレスターシティーFCでの入団初得点もダイビングヘッドによるゴールだった。しかし、ヘディングが脳に与えるダメージが医学界からたびたび指摘されるようになっている。サッカー側もこの問題と向き合う覚悟を決めなければならない。ヘディングのないサッカー……。ありえる? ありえない?
■新ルールでハンドの判定が変わる
6月5日と12日に行われるU-24日本代表の試合、そして10日と13日に行われるなでしこジャパンの試合、計4試合は、正式にはことし7月1日に施行される「2021/22版」のルールで行われる。一方、5月28日のミャンマー戦から6月15日のキルギス戦まで、日本代表の試合はすべて旧ルール、「2020/21版」での試合である。7月下旬から8月上旬にかけての東京オリンピックでは、「新ルール」が使われるためだ。
北海道から福岡まで、まるで町から町を回る劇団のように取材して回る身としては、「きょうはどっちのルールだっけ?」と、その都度確認しなければならない。なかなか忙しいことである。
なにしろ、ことしのルール改正では、「ハンド」の反則が大きく変わった。たとえばストップしようとしてボールが跳ね、手に当たったとしよう。そのボールを自分でシュートして決めてしまったら、どちらにしてもハンドの反則だが、自分で打たずにすぐ近くに寄ってきた味方選手に渡し、彼がゴールに叩き込んだときには、「旧ルール」ではハンドの反則だが、「新ルール」では反則にはならず、ゴールが認められることになる。
そのほか、これまで一律に「肩より上に上げられていた手にボールが当たったら反則」とされていたものが、その手あるいは腕が体の自然の動きの結果上がっていたものなら反則には取らないことになった。「裁量権」の範囲を大幅に拡大された主審は大変だ。
■ヘディングについての新たなガイドライン
さて、今回の話のテーマはヘディングである。日本サッカー協会が5月の理事会で「育成年代でのヘディング習得のためのガイドライン(幼児期~U-15)」と題された同協会技術委員会と医学委員会がまとめた文書を承認、ただちに発表した。
ヘディングが脳に悪影響を与えるのではないかという指摘は、数十年前から繰り返し行われてきた。そして2019年秋に英国のグラスゴー大学が「元サッカー選手は、認知症などの神経変性疾患で死亡する可能性が一般より約3.5倍高い」という研究成果を発表、一挙にヘディングに対する認識が変化した。そして欧米では、年少のプレーヤーがヘディング練習する回数を制限する動きが一般化してきた。日本サッカー協会のガイドラインも、グラスゴー大学の研究結果を受けてのものである。
ヘディングの危険性については、2つの側面がある。
ひとつは、頭部を使ってサッカーボールを強く打つことによって蓄積される脳のダメージである。横浜F・マリノス、ジュビロ磐田、浦和レッズなどでDFとして活躍、2019シーズンで引退した那須大亮が、引退理由のひとつとして「ヘディングすると脳が揺れるような感覚に襲われた」ことを明かし、大きな話題になった。
那須が言うようにプロ選手にも危険があるのなら、なぜ欧米各国や今回の日本サッカー協会のガイドラインが年少のプレーヤー(15歳以下)だけを対象にしたものなのか。その理由(年少者には危険だが、大人のプレーヤーにはそうではないという理由)は明らかにされていない。これは、グラスゴー大学の発表がまだ十分に検証されたものではなく、反対の意見をもつ研究者も多いことから、とりあえず試合中にヘディングが多くはない年少者から練習での回数や使用球を制限することにしたということのようだ。
■ヘディングの競り合いでの危険性
ヘディングの危険性のもうひとつの側面は、競り合いでの相手との衝突に代表される脳への衝撃だ。ゴール前に入れられたクロスに対して、ヘディングで得点しようという攻撃側の選手と、クリアしようとする守備側の選手がともに強く頭を振り、激しくぶつかってしまうというようなケースである。これはキックによる大きな運動エネルギーが加わっているとはいえ、重さ400グラム程度で、ヘディングすればへこむボールを頭で打つときと比較するとはるかに危険な状況だ。
このような状況で脳振とうが起きたときにはプレーを続行させてはならず、その後の練習や試合への復帰も段階的に行わなければならないというガイドラインは、2012年に国際サッカー連盟(FIFA)が定め、日本サッカー協会も2014年から実施している。そしてことし、国際サッカー評議会(IFAB)は、脳振とうが起きた場合の「交代枠の追加」に関する新ルールの試験採用を決め、日本サッカー協会もそのプログラムに参加している。
サッカーに慣れ親しんだ人であれば、こうした動きは「プレーヤーの安全を守るための進歩」であると考えるかもしれない。しかしあまりサッカーを知らない人なら、「そんなに危険なら、なぜヘディングを禁止しないのか」と思うのが自然だ。だがIFABやFIFA、そして日本サッカー協会からも、そうした話は、まったく聞こえてこない。