日本水泳界における女子自由形の中長距離のエースとして期待されている小堀倭加(わか)。先の日本選手権の女子400m自由形で優勝、女子800m自由形では2位となり、東京五輪の代表内定を決めた。 長らく低迷を続けてきた日本女子自由形の中長距離界…

 日本水泳界における女子自由形の中長距離のエースとして期待されている小堀倭加(わか)。先の日本選手権の女子400m自由形で優勝、女子800m自由形では2位となり、東京五輪の代表内定を決めた。

 長らく低迷を続けてきた日本女子自由形の中長距離界において、小堀は希望の光である。いま眩いばかりの輝きを放つようになったが、そこには2人の存在があった。



今年4月の日本選手権400m自由形で優勝を飾った小堀倭加

 小堀にとって水泳人生を変えるほど大きな影響を受けたのが、湘南工科大学付属高校水泳部の三好智弘コーチである。

 小堀は中学まで背泳ぎの選手だった。中学2年の時には全中の200m背泳ぎで2位になるなど、将来を嘱望されていた。だが高校入学後、三好コーチに「自由形への変更」を告げられた。

「最初は嫌な気持ちがありました。でも、先生の提案なので『できません』とは言えなかったですね(笑)」

 背泳ぎから自由形への転向は三好コーチからの勧めがきっかけだが、中学3年時に伸び悩んだことも決断した大きな要因となった。

「中3の時に背泳ぎのタイムが止まっていたので、苦しかったです。その時に結果が出ていたら自由形に移っていたかというと、わからないですけど......自分も変えてみようかなという気持ちになっていたので、すごくいいタイミングだったと思います」

 それからは自由形に集中して取り組んだ。

「最初は本当に向いているのかなぁって思っていて、あまり好きではなかったのですが、泳いでみたら背泳ぎよりも成績が出たので向いているのかなと思いました(笑)」

 高校へは電車で2時間かけて通学し、その時間は貴重な睡眠時間になった。練習は高校の25mプールの6レーンを使って行なわれ、1レーンを3、4人で泳ぎ、水中もドライ(陸トレ)も三好コーチがつくったメニューをこなした。

「普通、長距離の場合は1日1万mぐらい泳ぐのですが、私は多くても6000〜7000mでした。先生は量よりも質を大事にしていました。上を目指すとなった時にひと掻きで水をとらえられるようにならないといけないので、キャッチの技術を意識して取り組んでいました。中長距離は、短距離のようにパワーがあまりなくてもキャッチの技術があれば泳げるので、うまく水をとらえることが大事になってくるんです」

 小堀はインターハイ、日本選手権、世界ジュニア選手権などで優勝や入賞を続け、3年時の日本選手権では400mと1500mで2位。同年夏のパンパシフィック選手権では400m、800m、1500mのすべてで自己ベストを更新して、400mと1500mでは日本高校記録を塗り替えた。さらに、その1週間後のアジア大会では800mで自己ベストを更新し、1500mと合わせて2つの銅メダルを獲得した。

 この頃、小堀にはそれまでと異なる意識が芽生えてきたという。

「高校1年で結果が出始めた時は、まだ日本を引っ張っていける選手ではないと思っていたんです。でも、パンパシやアジア大会に出てからは、自分が日本を背負っていかないといけないと思うようになりました」

 女子自由形中長距離の第一人者になった小堀は、日本大学に進学。刺激的な仲間とともによりハードな練習をこなしていくことになる。

その仲間のひとりが池江璃花子だった。

 小堀と池江が初めて出会ったのは、中学1年の時の代表合宿だった。

「当時からすごすぎて、近寄れない感じでした」

 高校時代にもジュニアの代表合宿で一緒になり、池江とは同部屋だった。

「(池江は)日本のトップスイマーになっていたので、同じ歳だったんですけど、どうやって話しかけていいのかわからなくて......最初は敬語で話をしていました(笑)」

 池江は短距離、小堀は中長距離とステージは違うが、同じ自由形。東京五輪に向けて、お互い高めていこうと誓い合っていた。しかし2年前、池江は白血病を患い、競技を離れて治療に専念することになった。

「璃花子ちゃんが自由形をずっと引っ張ってきてくれたので、病気の話を聞いた時はもっと自分が頑張らないといけない、自分が自由形を引っ張っていこうという気持ちが強くなりました。日本選手権の前に璃花子ちゃんから『頑張って』と連絡をくれて、すごく励みになりました」

 池江は1年もの闘病生活が続くなど、東京五輪出場は絶望視されていたが、今年4月の日本選手権の100mバタフライで優勝。400mメドレーリレーの派遣標準記録(57秒92)も突破し、リレーメンバーとして東京五輪出場を決め、奇跡の復活を果たした。間近で見ていた小堀は、その姿に深く感銘を受けたという。

「400m自由形の前にちょうど100mバタフライの決勝があって、『すごいなぁ』『さすがだなぁ』と思いつつ、自分もやらないといけない気持ちになりました。そこでスイッチが入ったんです。じつはその前まで調子が上がらなくて不安があったんですけど、璃花子ちゃんのレースを見て、いけるかもしれないと思えてきたんです」

 池江の頑張りが小堀に力を与えた。その日本選手権で、小堀は女子400m自由形で4分6秒34の学生新記録で優勝。女子800m自由形でも2位に入り、ともに東京五輪標準記録を突破し、代表内定を決めた。

「5年前のリオの時は、五輪に出たいという思いはそこまでなくて、同学年の選手が出ているのを見ても『すごいな』って見ているだけでした。そして今回、五輪出場の内定を決めることができましたが『よかったなぁ』という思いだけでした。三好先生が大会に向けて練習メニューを組んでくれましたし、みんなが応援してくれて......期待を裏切ってはいけないという思いがあったので、安堵の気持ちが強かったですね」

 本番に強い小堀の本領発揮ともいえるが、じつはレース前、かなり厳しい状況に追い込まれていたという。

「大会前は調子が上がらず、ドン底の状態だったんです。でも、会場に入ってからは落ち着いて、自分をうまくコントロールすることができました。集中力はけっこうあるのかなと思いますけど......その集中力がレースの時しか続かなくて、ほかの場面で発揮できないので困っています」

 過去にも同じようなことがあったように、そうした成功体験が今回のレースに生かされたようだ。今は大会本番に向けて強化すべきポイントを明確にして、調整を続けている。

「上半身をもう少し強くして、うまく使えるようにしたい。東京五輪はしっかり練習を積んで、自信を持って臨みたいですね。ただ、あまり調子がよすぎても不安になってしまうので、ほどよい不安があったほうがいい結果を出せるのかなって思っています(笑)」

 小堀の400mの自己ベストは4分06秒34で、800mは8分26秒67だ。日本記録は400mが柴田亜衣の4分05秒19、800mが山田沙知子の8分23秒68である。ちなみに、世界記録は400mが3分56秒46、800mは8分04秒79で、ともにケイティ・レデッキー(アメリカ)がリオ五輪で叩き出したものだ。

 日本の中長距離は短距離とは異なり、まだ世界トップとの差がある。だが、本番では何が起こるかわからない。

「東京五輪での目標は、2種目での決勝進出です。とくに800mはどこまで海外の選手と競ったレースができるのか楽しみです。当然、メダルは目標ではありますが、まずは自分のレースをすることが大事。初めての五輪の舞台でもあるので、楽しみながら自己ベストを出せたらいいなって思っています」

 はたして、初めての大舞台でどんな泳ぎを見せてくれるのか。本番にめっぽう強い小堀が、世界を熱狂させるレースを見せてくれるに違いない。

プロフィール
小堀倭加(こぼり・わか)/2000年8月10日、奈良県生まれ。小学3年から本格的に水泳に始め、中学2年時に背泳ぎ200mで全国2位となり、東京五輪の強化選手に選ばれる。湘南工科大附属高校進学後、自由形に転向して中長距離に専念。高校1年でインターハイの400m、800mで優勝。2年時に出場した日本選手権では400m、1500mで2位、800mで3位に入る。高校卒業後は日本大学に進み、今年4月の日本選手権女子400m自由形で優勝、女子800m自由形では2位となり東京五輪の代表に内定した。