女子選手に多い貧血、「どん底だった」25歳トップスイマーの体験と助言 競泳の世界選手権2大会連続メダリスト・大橋悠依(イトマン東進)が「THE ANSWER」のインタビューに応じ、女性アスリートを悩ませる貧血について語った。自身も大学時代に…

女子選手に多い貧血、「どん底だった」25歳トップスイマーの体験と助言

 競泳の世界選手権2大会連続メダリスト・大橋悠依(イトマン東進)が「THE ANSWER」のインタビューに応じ、女性アスリートを悩ませる貧血について語った。自身も大学時代に重度の貧血を経験。当初は体調不良の原因がわからず、精神的にも苦悩を味わった。一般の女性に多いイメージだが、実はアスリートにも身近な貧血。東京五輪でメダル獲得を狙うトップスイマーが、選手自らSOSを出す大切さを説くとともに、指導者に個々の問題に応じた「見極め」を願った。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)

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 何かおかしい。最初は、ただそれだけだった。

 大学1年、19歳の冬。いつも通り全力で泳いでも、自分が思っているようなスピードが出ない。タイムも遅かった。「それが1か月足らずで凄く酷くなっていった。自分でも何が起こっているのかよくわからなかった」。ちょっとした違和感から始まった大橋の異変。スタート直後なのに、200メートルを泳ぎ切ったかのようにしんどい。周囲の選手、コーチも「あれ? どうしたんだろう」と理由がわからなかった。

 大学2年となった2015年4月、女子200メートル個人メドレーで出場した日本選手権は40人中最下位に終わった。日本記録を更新し、世界の舞台で輝きを放つわずか2年前のことだ。

「自分も、周りの人たちも体の中に原因があるとは考えていなかった。体に原因があるのか、自分の泳ぎのせいなのか、メンタルのせいなのかよくわからない状態。自分が一生懸命やっていないんじゃないかと思うようになっていました」

 努力が足りないと思い込んだ。「やる気がないんじゃないか」「もうちょっと頑張れ」。周囲の励ましに応えようと必死になった。ところが、夏にかけて症状は重くなっていく。階段を少し上っただけで息が切れた。「ちょっとおかしいな」。はまっていく負の連鎖。次第に心にも影響が出てきた。

「相談する人もあまりいなくなってしまって孤独な感じ。本当にどん底だった」

 原因がわからないまま、半年以上を過ごした。重度の貧血と判明したのは9月のインカレ後。地元の滋賀に帰省し、ようやく病院で検査を受けてからだった。

「そこからいろんな人と話をして、貧血が原因だったと理解してもらった。その時はマネージャーさんなど、少なからずどんな時も助けてくれる人がいたのは凄く大きかったです。自分が一生懸命だったかどうかに原因があったんじゃなかったんだと思えたので、凄く安心して救われました」

貧血に気づけなかった理由「もともと体力があるせいで…」

 異変や違和感は体からのSOS。なぜ、大橋は貧血になり、気づけなかったのか。

 体内では、赤血球に含まれる「ヘモグロビン」が酸素と結合し、各細胞に酸素を運搬。ヘモグロビンの濃度が低下すると、運べる酸素が少なくなって酸欠状態となる。「疲れやすい」「練習しているのに持久力が落ちている」といった症状が出るのが貧血だ。

 大橋だけでなく、女性アスリートに多いのが「鉄欠乏性貧血」。生理の際に血液とともに鉄が流出し、鉄不足でヘモグロビンの濃度が低下する。若い選手など人によっては「太りたくない」という意識から食生活が偏り、栄養バランスが乱れることで鉄不足を促進させてしまう。大橋は甲殻類のアレルギーを持っており、生まれた時から卵も食べられなかった。

「今は落ち着いてきましたが、食が限られることが多くて、貧血になりやすい原因があったのかなと思います。あとは大学で一気に増えた練習量に対して、食事が足りなかった。お医者さんに言われたのは、もともと体力があるせいで貧血の状態でも人並みに動けてしまうということ。スポーツ選手の貧血は気づきにくいそうです」

 原因判明後は食事改善。寮で出されるものに加え、実家の母が冷凍で送ってくれるヒジキやアサリ、シジミを食べるようにした。「ヘモグロビンの値も凄く低かったんですけど、鉄を貯蔵するために必要な『フェリチン』が本当に底をつきそうな値だった」。鉄分やビタミン補給のため、最初の1か月は毎食後に薬を服用。2か月ほどで「貧血になる前と同じ状態」とハードな練習にも耐えられるようになった。

 体調不良の原因がわかったことで、心も前向きになれた。16年4月の日本選手権に照準を定めるなど、自ら立てた目標をクリアしていくことで着実に成長。課題を解決していく力はもともと高い。大学4年となった17年4月の日本選手権は200&400メートルの個人メドレーで2冠。400メートルは日本記録を叩き出した。

 夏の世界選手権は200メートルでも日本記録を更新して銀メダル。一躍、日本代表の中心選手となり、19年世界選手権も400メートルで銅メダルを手にした。現在25歳。東京五輪でメダルを狙うまでに成長した。

 貧血を克服した経験が、選手として、人として自分を大きくさせた。栄養について知識を得るだけでなく、周囲の選手にもアドバイス。「練習を頑張れなかったり、試合で思うような結果が残せなかったりした時、周りから『やる気が……』と言われがち。それも要因かもしれないですけど、『もうちょっと体の中のことも考えるべき』と話をすることもありますね」。本当に技術やメンタルの問題なのか、新たな視点を持つ必要性を説くという。

選手へ「おかしいと思ったら病院に行く」、指導者へ「何が問題か見極めを」

 自分では気づくことができなかった貧血。同じ症状はもちろん、何らかの不調で悩む選手が今もどこかにいるかもしれない。SOSを出せない、出す必要性にすら気づけていない選手へ、自分だから伝えられるメッセージとは。大橋は少し間を置き、過去の経験を振り返りながらアドバイスを送ってくれた。

「すぐに病院へ行くのは一つの手だと思います。そこに原因がないと最初に確かめに行くのも大切。体内に原因があれば改善していけるし、ないならはっきりと別のところに原因があるとわかる。少しでも何かおかしいと思ったら病院に行くこと。怪我もですが、長引くことが一番よくない。『痛いけど練習しなきゃ』という気持ちもわかりますが、長く現役を続けようと思うなら早く治すのがベスト。休む勇気も持った方がいいと思います」

 ただ、日本のスポーツ界では若い選手が意見しづらい空気もある。休むことにおいてはなおさらだ。大橋は「それは非常にありますよね」と苦笑いで理解を示しつつ、指導者に個々の問題に応じた接し方を求めた。

「コーチも選手のことを思っているので、やっぱり心配で心配で仕方ないんでしょうけど、技術、メンタル、体、何が問題なのか、いろんな可能性を想定して見極めることが凄く大事だと思います。専門的なことになるかもしれないですが、怪我や病気の一定の知識を持っておくことも大切。(怪我や病気をして)得るものもありますが、悩む時間はないに越したことはないと思います」

 選手は自分の体に興味を持ち、何か違和感があればSOSを出してみる。指導者は小さな変化に気づき、見極めること。世界のトップで戦うスイマーの転機は、不調の原因を突き止めたところにある。

(取材は2月末)(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)