現在、世界最高の監督と言っていいだろう。 ジョゼップ・グアルディオラ監督の率いるマンチェスター・シティが、チャンピオン…

 現在、世界最高の監督と言っていいだろう。

 ジョゼップ・グアルディオラ監督の率いるマンチェスター・シティが、チャンピオンズリーグ決勝を戦う。グアルディオラ監督にとっては、バルセロナで優勝した2010-11シーズン以来、10年ぶりのファイナルになる。

 その圧倒的強さと美しさを備えたバルサをつくり上げたため、「賢者」とも称される名将。だが、実像はそのイメージだけに集約されるものではない。

■豪華な中盤より目を引く堅守

チャンピオンズリーグ準決勝のパリ・サンジェルマン戦のマンチェスター・シティを見て、「グアルディオラらしい」というイメージを強めてはいけない。

 確かに、グアルディオラが送り出したスタメンは、中盤を重視したものだった。ケビン・デブライネ、ベルナルド・シウバ、フィル・フォデン、リヤド・マフレズ、イルカイ・ギュンドアン、フェルナンジーニョ/ロドリ・エルナンデスが共存した。セルヒオ・アグエロやガブリエウ・ジェズスがベンチスタートとなり、ストライカー型の選手はピッチにいなかった。

 だが、「チキ・タカ」と呼ばれるパスワークで崩したゴールは、ひとつもない。得点はセットプレー、カウンター、ロングパスから奪ったものだった。むしろ特筆すべきは、ネイマールキリアン・ムバッペ、アンヘル・ディマリア、マウロ・イカルディ、モイーズ・キーン、ユリアン・ドラクスラーといった豪華攻撃陣を擁するパリ・サンジェルマンを2試合で1ゴールに抑えた事実である。

■懐疑的な目を向けられたバルサBでのスタート

 少し、時を遡る。2007年6月21日。グアルディオラが指導者として歩み始めた日だ。

 彼の指導者キャリアは、地元バルセロナでスタートした。就任1年目で、バルセロナBをテルセラ・ディビジョン(実質4部)からセグンダ・べー(3部)に昇格させた。そのチームには、セルヒオ・ブスケッツペドロ・ロドリゲスらがいた。しかしながら、バルセロナの歴史を顧みれば、監督であるグアルディオラを含め、さほどインパクトを残すチームではなかった。

 ただ、幸か不幸か、バルセロナは暗黒時代に突入しようとしていた。2005-06シーズンにフランク・ライカールト監督の下でチャンピオンズリーグを制したが、ロナウジーニョ、デコ、サミュエル・エトーを中心にしたメンバーには限界がきていた。端的に言えば、ライカールト時代は2006年にピークに達し、それ以降は下り坂だった。

 何かしらの変化が必要だ。そう判断したジョアン・ラポルタ会長は、グアルディオラの昇任を決める。当時、トップチームでの監督経験がないグアルディオラの就任は、大きなサプライズだった。周囲は彼に、懐疑的な目を向けていた。

■ペップのチキ・タカが「大嫌い」な理由

 バルセロナではリオネル・メッシアンドレス・イニエスタ、シャビ・エルナンデスを主軸にチームビルディングを行った。ブスケッツやペドロといったカンテラーノを重宝して、クラブの哲学を尊重しながら、勝利を得るという理想の道筋を立てた。

 バルセロナに在籍した4年間で、グアルディオラは14個のタイトルを獲得した。スペイン代表の黄金時代が重なり、チキ・タカ(パスサッカー)は世界的に大流行した。その成功は「グアルディオラ=チキ・タカ」という図式につながった。

 だが実際のところ、グアルディオラはその向きを好んでいない。「私はチキ・タカが嫌いだ。大嫌いだよ。チキ・タカというのは、パスのためにパスをするものだ。そこに意図はない。バルサのフットボールは、まったくもってチキ・タカではなかった! つくられたイメージだ。虚像にだまされてはいけない」とはグアルディオラの弁である。

いま一番読まれている記事を読む