落日のサッカー王国ブラジル(後編)前編を読む>> ブラジル人選手のヨーロッパのクラブへの移籍の低年齢化が続いている。だが…

落日のサッカー王国ブラジル(後編)
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 ブラジル人選手のヨーロッパのクラブへの移籍の低年齢化が続いている。だが、まだサッカー選手としても、人間としても発展途上の若者が、プレースタイルも文化も環境もまるで違う国に行くのは非常に危険なことでもある。ブラジル人の場合は特にそうだろう。
 
 かつてのスター選手は、ヨーロッパのビッグクラブに移籍する時にはすでにスターだった。ブラジル代表でも活躍し、世界中にその名を知られ、チームもそれなりに彼らを手厚く扱った。しかし、今の選手はまだ評価も定まらない頃に海を渡り、外国のチームで頭角を現さなければならない。監督の言うことも仲間の言うこともわからず、家族や友人から遠く離れ、食べる物も違い、気候はブラジルに比べて寒すぎる。大人だってつらい状況のもと、彼らはこの困難に立ち向かわなければならない。

 また、スターとして獲得した選手ならば、多少の過ちには目をつぶってくれるだろうが、無名の選手にはチームもサポーターも厳しい。芽が出なければそれまで。一度の過ちが命取りになりかねない。おまけに現代はチームもサポーターも、昔以上にシビアで、ビジネスライク。成長を待つことはせず、失敗を許す余裕はなくなってきている。



フルミネンセからマンチェスター・シティに移籍する17歳のカイキ photo by Getty Images

 このようなプレッシャーのもとでプレーするのは、ブラジル人は非常に苦手だ。周囲に期待され称賛されれば伸びるが、一度ミスして落ち込めば、気持ちはどんどんネガティブになる。その結果、メンタル的にナイーブなブラジル人より、より強靭なハートを持つアルゼンチン人やウルグアイ人が好まれ、成功することになるのだ。

 典型的な例はフィリペ・コウチーニョだ。イングランド、イタリア、スペイン、ドイツと、どこであろうがスターになれる能力を持っているのに、実際はどこのクラブでも最後には出ていく羽目に陥る。この20年で最も優秀なブラジル人選手のひとりなのに、彼はいまだに"いい選手"の域を出ることができない。

 最後の成功例と言われているネイマールも、このストーリーと無関係ではない。ネイマールは世界に名だたるスターにはなったが、彼が本当に成功しているとは言い難いだろう。彼の実力からすれば、もっともっと多くの結果を残すことができたはずだ。

 では、若手選手はブラジル国内に残ったほうがいいのかといえば、これもまた別な問題に直面する。ブラジルの国内リーグは年々、レベル低下の一途をたどっているからだ。

 まず何よりもクラブにお金がない。クラブの経済的状況はここ20年でも最低だ。どこのチームも100万ドルないし1000万ドル単位の借金がある。一流選手を獲得することも、また保有し続けることもできない。給料の支払いは遅れがちで選手のモチベーションも上がらない。

 それに加えて監督の質だ。これは受け入れがたい現実でもあるが、ブラジルの監督たちの多くは、ブラジル国内でさえ仕事を見つけることが難しくなっている。ヨーロッパで多くのビッグチームのベンチを任されているアルゼンチン人の監督とは対照的だ。ベテランのバンデルレイ・ルシェンブルゴ、エメルソン・レオン、そしてドゥンガでさえもここ何年も失業中だし、若く優秀な監督も生まれてこない。

 そのためここ5年間でおよそ20人の外国人監督がブラジルのクラブを率いることになった。その中でも一番多いのはポルトガル人監督で、3年間で6人が来ている。それもフラメンゴやパルメイラスなどのトップチームだ。

 かつての名将と言われたブラジル人監督たちは時代遅れとみなされれ、ブラジルの監督育成は他の南米諸国よりもかなり遅れている。

 こうしたことはすべて若い選手の育成に影響してくる。かつては有能な監督や、チームのベテランの優秀な選手たちが、若手の手本となり、教育していた。しかし今はほぼ放置状態だ。戦術やテクニックの基礎なくしては、どんな選手もその才能を開花させることはできない。

 優秀な選手がいないから、監督はいいチームを作れず、おまけに選手たちはシーズン途中でも、いいオファーがあれば海外に行ってしまうので、監督たちは戦術を練ることができない。こんな状況が続く中では、いいサッカーをピッチで見せるのは難しい。

 いまブラジルのサッカーはどんどん求心力を失ってきている。悲しいことだが、自他ともに認めるサッカー大国ブラジルで、人々の心はサッカーから離れていってしまっている。人々は代表チームにすら愛情を持てないでいる。

 なぜなら彼らは自国を代表する選手たちのプレーを、ほぼ見たことがないのだ。ブラジルで活躍する前に国外に行ってしまった、見たこともない選手たち。そんなチームに親しみは感じないだろう。外国の選手と同じだ。

 コロナウイルス流行前、代表チームはブラジル国内で試合を行なったが、それはブラジルの北の国境近くの町だった。なぜならサンパウロやリオデジャネイロ、ベロオリゾンテやポルトアレグレなど南部の大都市は、代表戦を誘致することに興味がなかったからだ。大都市の大型スタジアムでブラジル代表がプレーしても、スタジアムは空席が目立って採算は取れないし、選手や監督も大都市のメディアから非難されることを望まなかったからだ。

 そこで試合は、大都市から遠く離れた、ブラジル代表の試合などそうそう生では見られない地方都市で行なわれることになった。そこなら人々は代表をありがたがってくれるだろうという算段だ。つまりネイマールでさえ、ブラジル人に愛されているとは言えないのだ。

 それでも優勝すれば人々の心を取り戻せるかもしれないが、今のチームではそれも難しい。代表選手のそれぞれがビッグクラブで活躍し、コンスタントにプレーしていなければ、セレソンが強くなるはずもない。

 とにかく負の連鎖がずっと続いている。ブラジルサッカーは時間をかけて、じわじわとレベルが低下しているのだ。

 こうした現実は、ブラジルが2002年以降、世界のタイトルから遠ざかっていることが如実に証明している。ほとんどはベスト8止まりで、自国開催の大会でさえ4位だった。2022年のカタールW杯は、ブラジルの今を映し出す鏡になるだろうが、本格的な改革と大きな運がなければ、ブラジルが優勝する姿を見ることは難しいだろう。

 これは、私が40年近い記者生活で書いたものの中でも、最も悲しい記事だと思う。

 ただし、希望がないわけではない。優秀と言われる選手は、今でもそれなりに生まれてきている。現段階で、次世代のブラジルのスター候補はカイキだと言われている。

 非常にテクニカルで、ボールをうまくコントロールし、敵のド肝を抜くプレーを見せ、聡明で、中盤としてもアタッカーとしてもプレーできる。現在17歳で、フルミネンセに所属している。彼のプレーを見た時には、久々に感動を味わった。どうやらそれは私だけではなかったようだ。例えばジョゼップ・グアルディオラもそのひとりだ。

 彼はマンチェスター・シティに、カイキの獲得を要請し、つい先日、合意を発表。シティは1000万ユーロ(約13億円)で80%の権利を獲得した。またフルミネンセはもうひとりについても同様の交渉をしている。18歳になったばかりのコンゴ移民のボランチ、メティーニョをシティ・フットボールグループに売却したのだ。最初はフランスのトロワにレンタルされる予定である。カイキは「第2のジーコあるいはネイマール」、メティーニョは「次世代のドゥンガ、ファルカン」との呼び声も高い。

 もちろん彼らが、これまで期待されながらもブレイクできなかった選手たちと同じ道をたどらないという保証はどこにもない。その答えが出るには、まだ少し時間がかかるだろう。今のところブラジルサッカーはネイマールにすがり、新たなスターの登場を待ち続けるしかない。