競技用ボールの製造などを手がける株式会社モルテン(広島市西区、代表取締役社長:民秋清史)が、減り続けるスポーツ人口に歯止めをかけようと、次世代へ繋ぐ“モノづくり”を加速させている。スポーツを遊びとして親しむエントリー…

競技用ボールの製造などを手がける株式会社モルテン(広島市西区、代表取締役社長:民秋清史)が、減り続けるスポーツ人口に歯止めをかけようと、次世代へ繋ぐ“モノづくり”を加速させている。スポーツを遊びとして親しむエントリーモデルとして、空気入れがいらない組み立て式サッカーボール『MY FOOTBALL KIT』を開発。さらに「人の交流」をテーマに置いた新たな研究開発拠点molten [the Box]の建設も発表した。
民秋清史社長に、新製品に込めた思いや新たな拠点での展望をお聞きした。

|「モノづくり」と「スポーツ」の親和性

「ボールをあげたい人とボールをもらいたい人というのが一定数世界中にいまして、この二者をマッチングするものを作ろうっていうのが元々のスタートなんですよね」

民秋社長は、組み立て式サッカーボール『MY FOOTBALL KIT』を開発した経緯について、そう明かす。
ボールを広く普及する上で、課題になったのは“空気”だった。貧困国や貧困家庭にボールを届けても、空気入れがないためすぐに使い物にならなくなってしまう問題が頻発。課題解決のため、「そもそも空気が入っていなければ空気は抜けない」と発想を変え、組み立て式のアイデアが生まれた。
通常のボールにおける空気の役割は、球体の形状保持とリバウンド性にある。モルテンは日本の伝統工芸である竹鞠などを参考に、構造と材料に工夫を重ねてボールの性質を再現した。

「開発を進めていくうちに、これを作ることが子供にとって教育にいいんじゃないかという話になりました。平面の素材が球体になるという体験ができたら子供の立体感覚を養うことにも繋がる」

組み立て式のアイデアは、ボールの普及だけではなく子供の教育にも掛け合わせることができたと民秋社長は語る。
『MY FOOTBALL KIT』は3種類計54個のパーツを組み合わせ、ボールを作り上げる。平面の素材で立体のボールを作る作業は、モノづくりをする上で大切な立体感覚を養うために効果的だという。

「モノづくりが好きな子がスポーツを好きになって、スポーツを好きな子がモノづくりを好きになる。どちらも限られたルールの中で工夫する発想力が大切になってくるので、親和性が高いと思っています」

創業当初から60年以上、競技用ボールの製造などを通して「モノづくり」で「スポーツ」に関わってきたモルテンだからこそ、世に送り出すことができたのが『MY FOOTBALL KIT』だ。

『MY FOOTBALL KIT』の組み立て過程

|out of “the box”〜創造的な開発拠点をつくる〜

「モルテンってスポーツブランドっぽいんですけど、自動車部品や医療機器なども作っていて結構幅広くビジネスをやってるんですよ。こっちの業界では当たり前のことが、そっちの業界ではそういうことやっているというのを持ってくるだけで、新しい事が生まれます。これを本格的にハードとしてやってみようというのが[the Box]なんです」

モルテンが新たに建設を発表したテクニカルセンターmolten [the Box]は、広島市内に分散していた製造機能を集約した開発拠点だ。スポーツ用品、自動車部品、医療・福祉機器、親水・産業用品の4つの事業で、部門を跨いだ連携を進めることでイノベーションを図る。「人の交流」をテーマに、外部からデザイナーやエンジニアなどの人材の呼び込みにも力を入れる。

「80年代にアメリカのコンサルで流行ったout of the boxという慣用句があるんですけど、 これは箱から出るということで独創的なとか想像的なっていう意味。開発センターから外に出るものは独創的や創造的であれという意味を込めて、建物には[the Box]という名前を付けました」

民秋社長は施設の名前に込めた思いについて、“独創的”や“創造的”との言葉を強調する。世の中の課題に目を配り、解決するべき課題とモルテンが持っている技術を組み合わせることで、新たな価値を生み出していく「社会実装の場」だと位置付けている。

テクニカルセンターmolten [the Box]は、2022年8月に竣工、11月1日に業務を始める予定だ。地上4階建てで、延べ床面積は1万4933平方m。スポーツ用品の試験研究や社内イベントを行える多目的コートや、各事業のエンジニアが集まり試作品を開発する共同工作室なども完備する。

テクニカルセンター molten [the Box]完成予想図

|次世代の「スポーツの価値」

「スポーツは無料ですべての人に提供されてたんだけど、実は今は高級品になりつつある。一方でゲームは無料になり、逆転してしまった。昔はゲームは有料で、お金を持ってるからゲームができます、できないなら外で遊びましょうだったのが、今はお金がないとスポーツができなくなってしまった」

民秋社長は現代における子供とスポーツの関係について、そう危機感を抱いているという。
もともと若年層のスポーツ人口が減少傾向にあったところに、コロナ禍で学校の部活動が休止状態になり「子供のスポーツ離れ」はさらに加速。無料で参加することができた部活動から一般のクラブチームに運動の場が切り替わりつつあることで、スポーツの機会が有料となった。
一方で、これまで有料だったゲームはスマホの浸透により無料となり、逆転現象が起きてしまった。またルールなどは大きく変わらないスポーツに比べて、ゲームは技術の進歩により没入感や操作性は日進月歩で進化していく。民秋社長も「エンターテイメントとしてはゲームの勝ちですよ」と断言する。

では、これからの時代に求められるスポーツの価値とは?

「スポーツの価値はエンタメ以外のところに求められていくと思います。人との繋がりをつくる上で、スポーツの役割は強い。あと健康がないところに人間の幸福感はないので、そういった意味でも楽しみながら体を動かせるスポーツは強いだろうなと。モルテンがそこにどう寄っていくか、価値を提供できるかを考えていますね」

スポーツの活路は「人の繋がりをつくる」「健康のために楽しむ」ことに生まれると民秋社長は話す。エントリーモデルとしての組み立て式サッカーボール『MY FOOTBALL KIT』の開発や、人の交流をテーマに置いた開発拠点molten [the Box]の建設は、モルテンが目指す次世代のスポーツの価値への第一歩だ。

「コロナでアマチュアスポーツ、プロスポーツの全てが止まりました。それでも我々はスポーツの情熱が消えなかったのを実感してます。これから来る離れた人たちを再びくっつけるための時代に、スポーツが持つ役割は非常に大きいと感じています。一緒にスポーツを盛り上げて、日本を元気のある国にしていきましょう!」

広島の地で培った“モノづくり”の魂で、日本のスポーツの火を絶やさず次世代へ伝えていく。