LUXEで主演を務めた髙橋大輔ーー「氷艶2019」では主演を務めました。お芝居を演じることは、競技者としてはどう落とし込まれるのでしょう? フィギュアスケーターとして道を切り拓いてきた髙橋大輔に対し、そんな質問を投げたことがある。「お芝居を…



LUXEで主演を務めた髙橋大輔

ーー「氷艶2019」では主演を務めました。お芝居を演じることは、競技者としてはどう落とし込まれるのでしょう?

 フィギュアスケーターとして道を切り拓いてきた髙橋大輔に対し、そんな質問を投げたことがある。

「お芝居をやらせてもらってあらためて思ったことは、フィギュアスケートは"表現"というより"ダンス"というか、"音を表現することだな"と思いました。お芝居をやった感覚で言えば、表現というのは人物像をとらえて、前後の物語を考えないとできない。でも、フィギュアスケートの場合は音によって悲しい気持ちが急に明るくなったり、その逆だったり、音楽そのものを表現していて」

 髙橋はそう言ったが、彼のスケーティングはそれ自体、物語性を帯びる。それだけに滑る技量が高められているからだろう。ショーも、競技も、フィクションも、ノンフィクションも、そこに境界線はない。2020年にはシングルスケーターを引退してアイスダンスに転向したが、全日本選手権で2位になるなど非凡さを見せている。

 その日、髙橋は氷上の舞台「LUXE」(リュクス)で、スケートの世界をさらに広げていたーー。

 5月15日、横浜。開演時間が迫るにつれ、会場内は熱気が立ち込めていた。

「う〜、リュクス!」。舞台裏では、出演者たちが掛け声で気合いを入れていた。その様子が漏れ伝わって、焦らされた観客はうずく気持ちを抑えるように手を叩くのだった。

 髙橋は、「太陽の国」の光の王子を演じていた。王位継承を前に、「人の世の苦しみも悲しみも天の理」と言う王に対して疑問を持つ。王子はその疑問に対する答えを得るため、「自分の人生は自分で切り拓く、私の人生は私のものだ!」と世界を巡る旅に出る。さまざまな人との出会いを経て、自らと向き合い、いつしか決断を下すことになるのだが......。

「今回の内容は世界巡りということで、衣装替えも多く大変でした。旅行がなかなかできない昨今、このショーを通じて少しでもそれぞれの地域に行った気分になっていただけたらうれしいです」

 髙橋はそう説明している。訪れるのは実在の国や町ではないが、土台となるイメージはあるだろう。



アイスダンスでカップルを組む村元哉中とも共演

 砂漠の王都のような場所から、旅は始まる。オリエンタルな匂いのする王朝、ヨーロッパの高貴な宮殿、フラメンコの曲調が似合い、マタドールが闊歩する町、そして大航海で波濤(はとう)を越え、にぎやかなサンバの宴に興じる。そのたび、出演者の衣装は次々と変わり、プロジェクションマッピングで華やかに世界が演出された。

 髙橋の心象風景か、もうひとりの自分と対峙するように田中刑事とふたりで滑るシーンは文学的だった。

「(リュクスでも同じメンバーになった)前回の氷艶2019のメンバーは本当に仲がよく、また一緒に仕事をできたことがうれしいです。柚希礼音さんの黒燕尾は見応えがありますし、平原綾香さんの歌も最高です。そして俳優の西岡徳間さん、福士誠治さん、波岡一喜さんの芝居の演技力のすごさ。フィギュアスケートとの融合で、また新しいタイプのスケートショーになったと思います」

 髙橋は言う。豪華な俳優陣や歌手が、エンターテイメントの深みを作っていたことは間違いない。また、アイスダンスでカップルを組む村元哉中との演技は異彩を放っていたし、トリノ五輪金メダリストの荒川静香の表現力は格別だった。織田信成、鈴木明子、村上佳菜子といったスケーターたちも鮮やかに氷上を彩っていた。

 しかし、主演である髙橋の存在感は、やはり唯一無二だった。例えば、旅の終わりのクライマックス、鳴り響くシンバルの音を拾い、そのたびに高まる激情をスケーティングで表現し、観客を陶酔に誘っている。その時、光の王子は自らを解き放って、金色を身にまとうのだが......。

 髙橋は紛れもない表現者だった。

「スケートを滑り続けたい。滑る仕事を続けていきたいです」

 髙橋はシングルスケーターとして最後の年のインタビューで、その信条を語っていた。

「スケート、やっぱり楽しいんでしょうね。当然、体はしんどいですよ。(着氷する)右足は練習後に腫れてしまって。体の、軸は歪んでいるし、すぐに負荷がかかります。でも、何が楽しいのかって......たぶん、(自分の表現で)会場全体がひとつになるのが好きなんですよ」

 ショーが終わっても、拍手は鳴り止まなかった。会場をひとつにした証だろう。

 今公演が終わったら、髙橋は競技者として22年北京五輪出場に向けて挑むことになる。アイスダンサーとして2シーズン目。すでにリズムダンスのプログラムも完成し、新しいスピンやリフトも挑戦中だ。

「日本で少しゆっくりしてからフロリダに戻り、トレーニングを再開します」

 髙橋は言う。LUXEの稽古中も、できる限りアイスダンスの練習時間を作っていた。

「なかなか道のりは険しいですし、もっともっと技術を上げていかなくてはいけません。でも、目標は高く"五輪出場"です。そのためには、昨シーズンよりもさらに、そして急速に進化しなければなりません。(村元)哉中ちゃんとトレーニングを積んで、会話を重ね、よりよいプログラム、結果を出せるように頑張ります」

 表現者、髙橋の五輪シーズンの"開演"だ。