いまだ続くコロナ禍による混乱に負けじと、成り上がりを目指すドラフト候補がいる。新潟医療福祉大の左腕・桐敷拓馬だ。 4月…
いまだ続くコロナ禍による混乱に負けじと、成り上がりを目指すドラフト候補がいる。新潟医療福祉大の左腕・桐敷拓馬だ。
4月3日に群馬・桐生球場で行なわれた関甲新学生野球春季リーグ開幕戦。スタンドに集まったNPB11球団スカウトの一番のお目当てが桐敷だった。

最速149キロを誇る新潟医療福祉大の左腕・桐敷拓馬
高校時代は無名でも、叩き上げで実力をつけた好選手が多い関甲新学生野球は、地方大学リーグでも屈指のレベルを誇る。
安達了一(オリックス)や井納翔一(巨人)らを輩出した上武大、岡島豪郎(楽天)や大山悠輔(阪神)らがOBの白鴎大がリーグを牽引する存在だが、2013年創部の新潟医療福祉大も笠原祥太郎(中日)、漆原大晟(オリックス)といったふたりの好投手をNPBに送り込んだ。
このふたりに負けずとも劣らない可能性を秘めているのが桐敷だ。埼玉・本庄東高校時代は3年夏にエースとしてチームを県大会16強まで導いた。
なかでも4回戦の市立川口高校戦は延長12回203球をひとりで投げ抜き19奪三振の快投。延長11回には、ピッチャーゴロで試合終了かと思いきや、捕球した際にボールがグラブに挟まって取れなくなり、グラブごと一塁に投げるもセーフで同点に追いつかれるというハプニング(5月6日時点、この動画はYouTubeで953万回も再生されている)もあったが、最後まで自分を見失うことはなかった。
当時から桐敷を気にかけるスカウトは何人かいたが、大学で着実に成長を遂げ、いまや誰もが注目する堂々の"ドラフト候補"となった。
開幕戦ではキャッチャーミットに吸い込まれるように快速球が決まり、変化球の切れ味は抜群。走者を出しても落ち着いており、山梨学院大を相手に7回4安打無失点、11奪三振の好投でチームの勝利に大きく貢献した。
ネット裏のスカウトたちも桐敷の成長ぶりに唸る。
「コントロールがよく、どのボールも低めに集まります。自信を持って投げています」(中日・正津英志スカウト)
「体も大きく成長しているし、走者が出ても落ち着いて投げています。これからも追いかけていきたいです」(DeNA・稲嶺茂夫スカウト)
「球が強いですし、腕の振りがいいですね。左右どちらの打者にもツーシームが使えて、インコースもしっかり突ける」(楽天・沖原佳典スカウト)
特筆すべきはコントロールだ。最速149キロのストレートに、スライダー、チェンジアップ、フォーク、ツーシームといった変化球を織り交ぜる。「スピードよりもしっかりと力を制御することを意識しています」との言葉どおり、どの球種でも狙ったコースに決めることができるのが、桐敷の最大の魅力だ。
ピンチでも動じることなく、「走者を出しても粘り強く投球できるようになったところが成長だと思います」と、桐敷は言う。
佐藤和也監督(現・総監督)のあとを継いで昨年から指揮を執る鵜瀬亮一監督も「勝負どころで置きにいく投球をしなくなりました」と、その成長に目を細める。
最終学年にして完成度を高めている桐敷だが、目標とする全日本大学野球選手権初出場に向けてイバラの道を歩んでいる。それが新型コロナウイルスという見えない敵との戦いだ。
大学側の対策が厳しく、なかなか県外遠征が許されず、桐敷が今季リーグ戦の前に登板したのはわずか3試合。その後、対外試合は解禁となったがリーグ戦をはじめ県外遠征から新潟に帰るとPCR検査を受けることが義務づけられており、リーグ戦期間中は検査日の月曜日と結果を待つ火曜日は練習ができない。
「思う存分、野球を楽しめる状況にないのが正直なところです」
そう語る桐敷だが、一方で野球ができる幸せを感じているのも間違いない。鵜瀬監督は部活動の意義を強調する。
「大人は経済を止められるのは苦しいことですが、学生にとっては教育を止められることは本当に辛いことだと思います。大学の授業もずっとオンラインなので、五感を感じられるのは部活くらい。今は部活が教育の柱です」
その五感をみんなで共有したいという気持ちを、桐敷は誰よりも持っている。開幕戦を観戦に訪れた本庄東の田中和彦監督に、桐敷は前日メールを送っている。そこにはチームメイトと優勝したという旨の熱い言葉に溢れていたという。
「律儀ですし、性格も真っすぐな子です」
実家のある埼玉県鴻巣市から新潟に来て4年目。雪により屋外で野球ができない期間は長いが、「屋内での練習の時から、常に実戦での投球をイメージすることを心がけています」と桐敷は言う。
新潟の風土についても「四季それぞれに景色のよさがあります」と気に入っており、美味しい食事とトレーニングの成果もあって、身長178センチ88キロという立派な体躯をつくり上げた。
心の底から野球を楽しめる日はまだ先かもしれないが、胸のすくような快投を期待したい。