長野県飯山市の長峰スポーツ公園を舞台に11月29日、第26回全日本シクロクロス選手権が開催された。非常に厳しいコンディションの中での開催となり、ドラマチックなレースとなった。注目の女子、男子エリートカテゴリー(成人)のレースをレポートする。…

長野県飯山市の長峰スポーツ公園を舞台に11月29日、第26回全日本シクロクロス選手権が開催された。非常に厳しいコンディションの中での開催となり、ドラマチックなレースとなった。注目の女子、男子エリートカテゴリー(成人)のレースをレポートする。

全国には地域が開催する複数のシクロクロスのシリーズ戦があり、この飯山の長峰スポーツ公園はシクロクロスミーティングという、長野、山梨、静岡を舞台としたシクロクロスのシリーズ戦の中で用いられている。クロスカントリースキーでは有名な運動公園内に設営され、高低差もある上に、アスファルト、草地、林、丸太の階段など、変化に富んだ環境を生かして設営され、難易度の高いコースだ。豪雪地帯ということもあり、雪が積もる中でレースが開催されることもある。2015年の全日本選手権でも使用されており、この飯山のコースは日本のメジャーコースの一つといえる存在だ。また、日が暮れてから実施されるナイタークロスも有名。ちなみに、28日の夕刻にはナイタークロスも併催された。
この会場を用いた2019年11月のレースで、女子は今井美穂(CO2bicycle)が、男子は前田公平(弱虫ペダルサイクリングチーム)が優勝を飾っている。

今回のコースは1周約2.9km、高低差30m。斜面が多く組み込まれ、キャンバー(斜面上を走る)エリアが多い。今年は、さらに大斜面のキャンバーも初めて組み込まれ、難易度がアップ。ただし、テクニカルな要素主体になったわけではない。180mの舗装道路区間も加えられ、コース内の舗装路は600mに達する。テクニックだけでなく、スピードを求める総合力を問うコースに仕上げたという。



キャンバーが多く設定された難コース



スタート後すぐの泥エリア。転倒も多発し、前方を塞がれると大きなタイムロスにもつながりかねない

28日の午前中には、マスターズの全日本が同コースで開催。コースの難しさに加え、気温が下り、雨と雪もぱらついたため、路面はウェットに。ぬかるみの重さと、泥の滑りやすさに苦しめられ、過酷なレースになった。
女子エリートは男子U23との混走形式で開催された。この日は雨も上がり、前日に比べると泥が少し乾いたが、その分の重さを増し、タフなコンディション。
注目が集まるのは、今井美穂。11月に開催されたMTBクロスカントリーの全日本選手権に優勝、3連覇を決め、五輪の日本代表に内定。前週のシクロクロスマキノ高原で優勝も果たしており大本命だ。



今井美穂(CO2bicycle)※11/22マキノ高原にて

3連覇をかけて臨む松本璃奈(TEAM SCOTT Japan)は地元長野での開催とあり、連覇達成への思いも強いだろう。



小林あか里(信州大学)※11/22マキノ高原にて

同じく長野県の信州大学に籍を置きながら、スイスで世界のトップ選手たちとトレーニングを積んでいる小林あか里(信州大学)も地元からの参戦。シクロクロスはこのシーズンから初参戦だが、強さを見せている。



與那嶺恵理(OANDA JAPAN)※11/22マキノ高原にて

さらには、シクロクロスには久しぶりの参戦だったにも関わらず、前週のマキノで強さを見せつけた與那嶺恵理(OANDA JAPAN)。本場ヨーロッパでレースに参戦するロードの日本チャンピオンである與那嶺は、今回取り入れられた舗装道路区間にも利があるだろう。ロードで五輪日本代表に内定している。

前日のレースの影響で、泥が掘り返されており、乾き始め、さらに重くなった泥区間は、乗り切るべきか、降りて押すべきかの判断が求められる。同時に、前方が転倒や降車した選手で塞がれた場合、抜きどころがなくなり、大きなタイムロスを強いられることになる。選手数がまだ多いスタート後、まもなく現れる泥区間は非常に重要であり、スタートには緊張感が高まった。
その注目のスタートで波乱が起きた。スタート直後、大本命の今井が大きなトラブルに見舞われたのだ。



女子エリートのスタート。先頭を行く松本(TEAM SCOTT Japan)

第1コーナーで、今井のバイクの前輪が、松本のバイクの後輪に触れ、停止してしまった。今井は両足をつき、仕切り直しになったことで失速を強いられ、最後尾まで順位を落とし、このまま泥区間に突入することに。前方に上がることもできず、最強の優勝候補は、ここで大幅なタイムを失った。このタフなコースにおいて、この失速は致命傷だ。
先頭を行くのは小林、これを松本、輿那嶺が追う。



最後尾まで下がり、厳しいスタートとなった今井美穂(CO2bicycle)

誰もが絶望を感じ、敗北の可能性を意識した今井だが、そのメンタルが折られることはなかった。圧倒的なパワーと熟達したテクニックで、前を追う。あっという間に、表彰台が見える位置までポジションを上げた。



ランニング力も高く、先頭を独走する強さを見せた與那嶺恵理(OANDAJAPAN)

前方ではオフロードのテクニックも有するが、舗装道路上でのスピードに強さを持つ輿那嶺が、うまく乗車とランニングを組み合わせながら、前2名を追い上げ、かわし、単独で先頭を行く展開に持ち込んだ。



悪路の中、バイクを担ぎ、ランニングで目前にまで迫った輿那嶺を追う

今井は、驚異の走りで2位に浮上。3周目の上り階段で輿那嶺をかわし、ついに先頭へ躍り出た。タフなコースで疲労も見え始めた輿那嶺は追い上げをかけるが、今井に追いつくことはできなかった。
今井は毎周回ピットインし、バイクを交換。今井が刻むスピードは衰えることがなく、じわじわと後続との距離も開いていく。



大きな声援を受け、安定した走りで順位を上げてきた小林あか里(信州大学)

この後方では、小林が順位を上げ、3位の位置をキープしていた。



大失速から奇跡の逆転劇を見せ、独走で優勝を決めた今井

タイム差20秒で最終周回に突入。集中力を切らすことなく、今井はハイペースのまま最終周回をこなす。湧き上がる喜びや安堵を噛み締めるように、感動的な独走でフィニッシュラインを越えた。



ゴール後、泣き崩れる今井



健闘をたたえあう今井と輿那嶺

厳しい状況に追い込まれても諦めず、しっかりと自分を見失わず、優勝を勝ち取った今井。2021年の東京五輪で選手活動に終止符を打つことを予定しており、今回が最後の全日本選手権だった。2019年は五輪準備のため、シクロクロスの全日本選手権への出場を見送っており、2020年どうしても手に入れたいタイトルだった。



最後の全日本で獲得した女王の座。ダブルタイトルとなった

今井は表彰台でも涙を見せ、ピットに入り、自分を支えてくれたメカニックへの感謝の思いを語った。3連覇を遂げたMTBの全日本選手権とともに、ダブルタイトルを手に入れる最高の結果となった。

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【結果】女子エリート(4周回)
1位 /今井美穂(CO2bicycle)43:50
2位 /與那嶺恵理(OANDAJAPAN)+0:22
3位 /小林あか里(信州大学)+2:30
4位 /唐見実世子(弱虫ペダルサイクリングチーム)+3:09
5位 /松本璃奈(TEAM SCOTT JAPAN)+4:18

写真:Satoshi ODA、編集部