マネジメントの極意山口香遠藤功対談(後編)経営コンサルタント・遠藤功氏と、スポーツキャリアを異ジャンルに生かすリーダーの…

マネジメントの極意
山口香×遠藤功対談(後編)

経営コンサルタント・遠藤功氏と、スポーツキャリアを異ジャンルに生かすリーダーの対談企画「マネジメントの極意」。第2回のゲストは、ソウルオリンピック女子柔道で銅メダルを獲得し、現在は日本オリンピック委員会(JOC)理事を務める山口香氏。後編では、組織の変革と人材育成、そしてオリンピック開催について語ってもらった。



日本オリンピック委員会(JOC)理事を務める山口香氏

メダルを獲れば競技人口が増える時代ではない

遠藤功(以下:遠藤) 柔道の場合、過去に協会の組織運営が問題になったこともありますよね。近年は変わりつつあるとはいえ、組織がなかなか自己変革できないのはなぜだと思いますか?

山口香(以下:山口) 企業も同じですが、組織が何を目指すのかがきちんと共有されていないと、間違った方向に進んでしまう可能性があると思います。"お客様"に何を提供し、どう喜んでもらいたいか。ステークホルダー(利害関係者)をしっかりとらえてマーケティングを仕掛けていく。それがずれてしまうと単なる自己満足になってしまいますよね。

 今、柔道界では競技人口が減っていて、コロナ禍の今年(2021年)は約12万人になりました。もはや絶滅危惧種といえる危機的状況です。しかし、柔道界はいまだに明確なビジョンを打ち出せていない。本来大切なのはメダルを獲ることではなく、嘉納治五郎が説いた柔道精神を多くの人に共有していくことなんです。

 強化と普及は両輪と言われますが、私は普及に全面的に力を入れるべきだと思っています。もはや、金メダルを獲ったからといって競技人口が増える時代ではないんです。

遠藤 長期的なビジョンや戦略を描ける人が日本にはなかなか出てきませんよね。サッカーはその辺を上手にやってきて、川淵(三郎)さんの時代に「Jリーグ百年構想」を掲げて普及に努めたことが今のサッカー人気を支えているんだと思います。

山口 柔道の場合、1964年の東京オリンピックで初めて競技に採用され、自国開催ということもあって金メダルを期待されました。その期待はもう異常なくらいだったと思います。

遠藤 柔道は勝つのが当たり前という雰囲気がありますね。

山口 あの時、日本の柔道は無意識に嘉納治五郎の精神をわきに置いて、魂を売ったんだと思います。勝つことで柔道が国民的な競技として受け入れられて発展していくと誰もが思ったし、逆に、金メダルを獲らなければ価値がないという考えができてしまった。その結果、「金メダルを獲るためにどうするか」という戦略になってしまったんです。

遠藤 なるほど。そうかもしれません。

山口 一方で、フランスの柔道人口は約60万人で、ほとんどが14歳以下。フランスでは柔道は生きていくために必要なことを子どもに教える教育の1つとしてとらえられていて、勝ち負けは二の次です。

遠藤 嘉納治五郎の精神がフランスには息づいているんですね。

山口 そうなんです。だからフランス人に言われますよ。「日本人は柔道が近くにあるから本当の柔道の良さがわかっていないんだ」って。

成功体験から抜け出せないジレンマ

山口 勝ち続けることで柔道が注目されていた時代もあったので、成功体験が強いぶん、自分たちのやり方が錆(さび)ついていることに気づいてはいても方向転換が難しいのかなと感じますね。

遠藤 ビジネスにおいても、イノベーションを起こした企業ほど次のイノベーションが生み出せないというのはよくある話です。転換ができない間に新しいイノベーターが出てきて駆逐されていく。

 なぜかというと、攻めるより守るほうに力がいってしまうためかもしれません。新しいものを受け入れることは攻めにつながりますが、「守らなければ」という意識が出てくると受容性が低くなってしまいます。

山口 試合ではみんな「攻めろ」というのに、組織になると途端に守っちゃうんですよね。
 
遠藤 本当に守りたいなら、攻めるしかないんですよね。

山口 だからこそ、柔道界でいえば、もっと女性や外部の人、外国人などを役員や委員に登用して、開かれた組織にすることが必要です。自分たちだけだと俯瞰(ふかん)的に柔道を見ることができないので、柔道の未経験者などの客観的な新しい視点を入れて化学変化を起こしていくことで、未来に向かっていく組織にしなければいけないと思います。

遠藤 日本の組織は新陳代謝が不十分なケースが多いと思います。古くからの価値観が固定され、それをなかなか自己否定できない。言葉は悪いですが、人材が居座ってしまって新しい血が入ってこない。新しい風が起こせなければ組織はよどんでいきます。新しい風という点では、柔道は今、男子日本代表の井上(康生)監督が一生懸命にがんばっていらっしゃいますよね。

山口 彼はイギリスに留学して、帰国後に最年少で代表監督になりました。勝てなくなった柔道界を変えるために、(全日本柔道連盟が)新しい人材に任せてみようとなったんです。好きにやっていいとまでは言いませんが、「任せる」という勇気を全柔連が持ったことを私は評価しています。

トップには、次世代に任せる勇気が大事

山口 スポーツ界は、経験のある人が「責任は自分たちがとる」という覚悟を持って、若い人をもっと登用して任せていかないと。

遠藤 嘉納治五郎の言葉で「柔道における試合は反省の場だ」というのがあるそうですが、組織というのはなぜ反省ができないんでしょうね。同じ失敗を何度も繰り返してしまう。

 みんな理屈ではわかっていても、やはり「任せきる」というのが難しいのかもしれません。自分のほうが経験値があるから、つい口を出してしまう。カリスマ経営者がいる企業で後継者がなかなか育たないというのも、よくある話です。

山口 たとえ余人を持って代えがたい人であっても、いつか終わりは来ます。力はなくても若手を育てていくしかないですよね。組織も社会も同じだと思います。

遠藤 そういう意味では、後継者を育てるためにはトップ自身がまずは立場を明け渡すことが必要不可欠です。組織のトップが「任せる」と言いながら居座り続けるのはよくない。海外の企業を見ているとトップは辞めるとなったらさっさと抜けて、次世代に託す。だから、各世代が考えて新しい挑戦をして、どんどん成長していくんです。

山口 子どもは親がそばにいると頼って甘えてしまいがちですが、親がいなくなった途端に自分たちで知恵を出し、勇気を出して、本来の力を発揮します。これが指導の基本であり、スポーツをとおして感じてもらいたいところでもあります。

遠藤 ある大企業のトップが株主総会で「あなたはもう高齢だから退任したほうがいいのでは」と言われた際、「自分は老人ではあるが(老)害ではない」とおっしゃったんです。そしたら、後日海外の人から「高齢であること自体が害なんだ」という指摘を受けたそうです。そういう意味で、日本の多くの組織が新陳代謝できないがゆえの課題を内包しているように思います。最近だと、森元会長の失言問題も、高齢がゆえと言われていましたよね。

山口 彼らにとっては失言ではなく"本音"なんです。時代が動いているのに本音を変えられない、マインドセットの変化ができないというのは、一線を退くタイミングなのだと思います。企業が自己批判、自己否定をするのが難しいというのがありましたが、自身の価値観を否定することは自分の人生を否定するようなもの。そんな簡単には変われるものではないと思います。

 難しい問題ですが、スポーツ選手は心と体に限界を感じれば引退するわけですから、ご自身で「そろそろ引き際かもな」と気づいていただくしかないのかなと思いますね。

遠藤 経験と実績はすばらしいものがあるので、それを若手のサポートにあてていただけると、組織の新陳代謝につながりそうですね。

山口 そうですね。後方支援していただけると心強いですね。先頭を走っていらっしゃると、抜きたくてもずっと後ろについて走らなければならない状態になって疲れてしまいます。私自身も後進に道を譲っていきたいですし、日本社会がもっと若手が活躍できる社会になっていってほしいなと思いますね。

オリンピック開催は「見る人」「支える人」の納得感が必要

遠藤 最後に山口さんにぜひご意見をお聞きしたいのですが、東京オリンピックの開催について今さまざまな議論が起こっていますよね。実施の可否について、どうお考えですか?

山口 コロナ対策も同じだと思いますが、1年前(2020年4月頃)にあった選択肢と、今ある選択肢は変わりました。もっと言えば、今の段階では選択肢がない。どなたかが発言されていましたが、世界に対する責任という意味で、「もうやるしかない」という状況です。どのような状況でも突き進むという姿勢は、国民の気持ちと大きく乖離していると言わざるを得ません。

 私たちが忘れてはならないのは、スポーツというのはプレーする人のものだけではないということ。する、見る、支える。これらが1つのセットとなってスポーツであるということは、スポーツ基本法でも触れています。であるならば、選手だけに必要な対策をすればいいということではなく、見る人や支える人にもきちんと納得してもらう必要があります。現時点ではそれが極めて不十分です。オリンピックが国民に理解を得て開催され、成功するかどうかは、IOCやJOC、組織委員会がどんな言葉と行動で寄り添ったアプローチをしていくのかにかかっているのではないでしょうか。

【Profile】
山口香(やまぐち・かおり)
柔道家、筑波大学体育系教授。1964年東京都生まれ。小学校1年生から柔道をはじめる。13歳の時に出場した「第1回全日本選抜柔道女子体重別選手権大会」で最年少ながら優勝(50kg級)。以後、同大会で10連覇を果たす。1984年世界選手権優勝。1988年ソウルオリンピック(公開競技)では銅メダルを獲得した。1989年の現役引退と同年に、筑波大学体育学修士課程終了。現在は教授として教鞭をとる傍ら、日本オリンピック委員会(JOC)理事、コナミ取締役、日本学術会議会員など、多方面で活躍している。漫画『YAWARA!』(小学館)の主人公・猪熊柔のモデルとしても有名。

遠藤功(えんどう・いさお)
株式会社シナ・コーポレーション代表取締役。1956年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業。米国ボストンカレッジ経営学修士(MBA)取得後、三菱電機、複数の外資系戦略コンサルティング会社を経て、現職。2005年から2016年まで早稲田大学ビジネススクール教授を歴任。現在は、独立系コンサルタントとして、株式会社良品計画、SOMPOホールディングス株式会社、株式会社ネクステージ、株式会社ドリーム・アーツ、株式会社マザーハウスで社外取締役を務める。著書に『生きている会社、死んでいる会社』『新幹線お掃除の天使たち』『コロナ後に生き残る会社 食える仕事 稼げる働き方』など。