「2019年度プロレス大賞」で女子プロレス大賞を受賞し、今や"女子プロレスのアイコン"と呼ばれる岩谷麻優。デビュー当時は「落ちこぼれ」「ポンコツ」と言われ、なかなか芽が出なかった。筆者はそんな彼女の"闇"を引き出そうと試みるが――。スターダ…

「2019年度プロレス大賞」で女子プロレス大賞を受賞し、今や"女子プロレスのアイコン"と呼ばれる岩谷麻優。デビュー当時は「落ちこぼれ」「ポンコツ」と言われ、なかなか芽が出なかった。筆者はそんな彼女の"闇"を引き出そうと試みるが――。


スターダムを象徴するレスラーになった岩谷麻優(写真提供:

「スターダム」)

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 高校を中退し、2年間の引きこもり生活を送っていた岩谷。ある日、プロレスと運命的な出会いを果たし、プロレスにのめり込んでいった。スターダム団体設立に伴う新人募集の記事を見た彼女は、GMを務めていた風香にメールを送る。「初めまして。コラムを見ました。女子プロレスラーになりたいです」――。風香とやり取りを重ね、2010年に山口県から上京することになった。

「家族に反対されて、家出同然でした。全財産は6000円。風香さんが当時の社長だった(ロッシー)小川さんに掛け合ってくれて、交通費を出してくれることになったんです。でも......」

――そのお話は聞いたことがあります。お土産を買って、所持金が3000円になっちゃったんですよね?

「『これからお世話になるんだから、土産でも買わんと』って思ったんですよね......」

――それからロッシー小川さんの家に居候することになるわけですが、知らないかなり年上の男性と同居することに抵抗はなかったのですか?

「なんもなかったっすね。無知だったんですよ。バイトもしたこともなかったので、常識を知らなかった。『ヘンなおじさんがいる。この人の家に泊まるんだ。明日から練習か、頑張ろう。でもお金ないから、おじさん、ご飯買ってきてください』みたいな。

 別の日には、『おじさん、洗濯機ないんですけどどうしたらいいですか?』と言ったら、コインランドリーに持って行ってくれました。ロッシー小川という人間が、どんな人かも知らない状態だったので。下着とかも、全部社長に洗わせていました。本当に優しいんですよ、あのおじさん(笑)」

――素質があると思われていたんでしょうか?

「すぐにやめると思われてましたよ」

――老後は、ロッシー小川さんの面倒を見るつもりと聞きました。

「そう言ってたんですけど、別にいいかなって。亡くなったらスターダム道場にお骨を納めて......」

――ひどい(笑)。話は戻るんですが、上京する時に不安はなかったんですか?

「まったくなかったです。失うものがなさすぎて。このまま引きこもっていても、仕事もない、将来の夢もない、生きてる意味もない、誰にも必要とされてない。『東京に行ってワンチャン殺されても、別にいいや』と。地元にいても、死んだらどうせ一緒だし。だったら、やらんよりはいいかなと思って」

――ワンチャン殺されても......。デビュー当時、「ポンコツ」と言われながらも、売店人気は断トツでトップだったんですよね?

「デビューした日からすごかったです。みんな、落ちこぼれを応援したくなるのかな? 親目線の方が多いんですよね。『今日はすごく頑張ったね!』『ドロップキックできたね!』とか。すでに完成されている人は安心感があると思うんですけど、自分はお客さんを常にハラハラドキドキさせたいっていう気持ちがずっとある。『あれ? ケガした?』とか、『ここで終わっちゃうんじゃないの?』とか。お客さんの心を引っ搔き回したい」

――ある地方の大会で岩谷選手が欠場した時、風香さんがファンの方に謝ろうとしたら、逆にファンの方に謝られたっていうエピソード、素敵です。

「それ欠場じゃなくて......寝坊したんですよ」

――ええっ!

「寝坊して、遠征のバスに乗り遅れて連絡がつかず、興行が始まってしまった。『寝坊した! ヤバい!』って思ったけど、どうせ間に合わないし、『あ、もういいや。寝ちゃおう』って。

 その翌日にも大会があったんですけど、みんなに会いづらいし、怒られたくないし、そこでも音信不通になったんです。そうしたら団体のTwitterでその大会も欠場で、対戦カードが変更になることが書いてあったから、『あ、欠場するんだ』と。でも一応、会場には行ったんですよ。えらくないですか?」

――えらいです! その時に限らず音信不通と失踪を繰り返し、2016年には「トリマーになるからやめます」宣言。その年は、三冠王(「アーティスト・オブ・スターダム王座」「ゴッデス・オブ・スターダム王座」「ハイスピード王座」)になって調子がよかった頃ですよね?

「ハイ、調子はよかったですね。なんでやめようと思ったのか、自分でもよくわかってないんですよ......。会場でみんなに挨拶回りもしたんです。『今月いっぱいでやめることになりました』って言ったら、『え、なんでなんで?』となって。『トリマーになります。今までありがとうございました。たくさんご迷惑をお掛けしました』って、ちゃんとお別れの挨拶をしたんです。で、その次の興行に出てましたね......」

――スランプだったわけではないんですよね?

「スランプではないですね。めんどくさいとか、もうやだ、つらいっていう。スランプだったら、今のほうが感じているかもしれません。赤いベルト(ワールド・オブ・スターダム王座)を失ってから無冠の状態が続いてますし、けっこう負けも多いし」



過去についても隠さずありのままを話す岩谷 photo by Hhayashi Yuba

――やめようと思うことはありますか?

「今は思わないです。やめるなら、円満にちゃんとした引退をしようと思っている。前だったらTwitterで『引退しました』的な感じでもいいかなって思ってたんですけどね」

――それは、絶対にやめたほうがいいです。私、Twitterで「ライターやめます」宣言をしたことがあるんですが、ありとあらゆる人からめちゃくちゃ怒られて。すぐに撤回したら、それもまためちゃくちゃ怒られて。どうすりゃいいんだよって......。

「ヤバいですね、似てますね(笑)」

――他人とは思えないです。岩谷選手は「自分の試合映像を何時間も観る」とのことですが、それも似ている。私も自分が書いた記事を何時間でも眺めてます。

「5時間、6時間とか、同じところをずっと観ますね。15秒くらいのシーンを巻き戻して、ずーっと観ちゃう。それがストレス発散みたいな感じです」

――やられている自分の姿を観るのが好きとのことですが......いい意味で、変態というか......。

「客観的に観てて気持ちがいいんですよ。『こんなにやられて、大丈夫!?』というところから、パッと反撃した時の気持ちよさがすごい。"プロレス向きの変態"ではあると思います。相手の技を絶対に殺したくないんですよ。相手の技を、自分が一番派手に受けてやるっていう気持ちが強いです」

――「対戦相手も限界の向こう側に連れていきたい」とおっしゃっていますが、最近だと、3.3日本武道館大会での世志琥(よしこ)選手ですか?

「そうですね、世志琥ちゃんとは嚙み合ってました。空白の6年間(スターダムで「世IV虎」として活躍するも、2015年に引退。翌年にSEAdLINNNG所属選手として復帰)があって、その間、お互いの試合は全然観ていない。そういう中で、あそこまで手が合うっていうのは、本当にお互いがお互いに対する気持ち......思いやりというか......気持ちがすごかった(涙ぐむ)。

 今、自分はスターダムの中でけっこうキャリアが上の存在になっているので、後輩と闘うことが多くなっている。でも、世志琥ちゃんは同期なので、負けたくないという気持ちも強かったし、本当にコテンパンにやられたっていう試合は久しぶりだったので、すごい楽しかった。『ああ、プロレスやってる!』って感じがしました」

――試合後のマイクで「一緒に未来を味わいたい」とおっしゃいましたが、また闘いたいですか?

「世志琥ちゃんとか彩羽匠(いろは・たくみ。Marvelous所属)は、お祭り的な大会で集まれたらいいなって思ってます。継続的にタッグを組んでやっていきたいとかいう気持ちは、今のところそんなにない。でも、みんな女子プロレスを引っ張っていく存在だから、3WAY(トリプルスレットマッチ。三つ巴戦)とかやってみたいなあ。面白そうじゃないですか? 今はふたりとも欠場してるので、復帰したタイミングとか、記念興行とか。スターダムだけじゃなくて、向こうの団体に出るんでもいいし。みんなが観たくなるような試合をやりたい」

――彩羽匠、世志琥、岩谷麻優の3WAYは絶対に観たいです!

「自分もやりたいし、その映像、観たいっす」

――この連載では「強さとはなにか?」を探っています。岩谷選手にとって、強さとは?

「ありのままの自分を出すということ。私はカッコつけたりできないんですよ。岩谷麻優のキャラクターは作ってない。他の選手は、そういうのを作って強く見せようとしたりするんですけど、自分はありのままを出してます。自分のモットーは『なんとかなる』。これはヤバいんじゃないかっていうことがあっても、なんとかなる!」

――では、次の最強レスラーを指名してください。

「自分が一番、最強ですね」

――それ言ったの、全日本プロレスの宮原健斗選手以来(『最強レスラー数珠つなぎ』イーストプレス より)ですよ(笑)。

「アハハハ! じゃあ、自分から赤いベルトを取った、林下詩美かな。ビッグダディの娘ということで最初はすごく注目されて、名前が先行しちゃってた部分があったんですけど、負けずに実力をつけて、今や『林下詩美』というひとりの選手になっている。キャリア2年半くらいなのに、シンプルにすごいなって思います。プレッシャーを表に出さないタイプなので、そのへんも不思議で気になる。根掘り葉掘り聞いてください」

――任せてください!

「楽しみにしてます!」

 筆者はこのインタビューを通して、岩谷の"闇"をどうにか引き出せないだろうかと考えた。人間の深い部分には、必ず闇があると思い込んでいたからだ。あるいはそれは正しいのかもしれないが、太陽のように明るく笑いながら話す彼女を見ていたら、「闇を引き出したい」なんて書き手の傲慢で愚かな考えだということに気づいた。

 岩谷にとっての強さは、「ありのままの自分を出すということ」。だとしたら、私はありのままの彼女をこれからも応援し、ありのままの記事を書いていきたいと思った。岩谷麻優の底抜けの明るさと、あの美しいムーンサルト・プレスが、私のガチガチな心を解き放ってくれた。

(林下詩美インタビューにつづく)

【プロフィール】
■岩谷麻優(いわたに・まゆ)
1993年2月19日、山口県生まれ。163cm、53kg。スターダムに1期生として入団。2011年1月23日の団体旗揚げ戦でデビュー。およそ1年間、シングル未勝利が続いたが、高い身体能力と抜群のプロレスセンスで頭角を現し、2015年、16年と「シンデレラ・トーナメント」を連覇。紫雷イオと組んだ「サンダーロック」で、ゴッデス王座V10を達成。17年にはワンダー・オブ・スターダム王座に続き、ワールド・オブ・スターダム王座を戴冠。19年、米国ROH女子王座を獲得し、翌年、新日本プロレスのMSG大会で防衛戦を行なった。2019年度の東京スポーツ新聞社制定「プロレス大賞女子プロレス大賞」受賞。Twitter:@MayuIwatani