4月16日、フリーで『天と地と』を演じる羽生結弦 4月16日、世界フィギュアスケート国別対抗戦の男子フリー。羽生結弦は苦しい中で戦い抜いた。 3月の世界選手権から続く肉体と精神の疲労や気持ちのズレ。同日昼の公式練習でもそうした雰囲気を漂わせ…



4月16日、フリーで『天と地と』を演じる羽生結弦

 4月16日、世界フィギュアスケート国別対抗戦の男子フリー。羽生結弦は苦しい中で戦い抜いた。

 3月の世界選手権から続く肉体と精神の疲労や気持ちのズレ。同日昼の公式練習でもそうした雰囲気を漂わせていた。

 羽生は間を取りながら一本一本のジャンプを確かめるように跳んでいた。練習時間の中盤、つなぎの滑りからの4回転ループを跳ぼうとした際に、滑る予定のコース途中に他の選手が入ったり、近づいたりし、思い切って跳べない状況が連続。それが5回ほど続き、1本も跳べないまま曲かけ練習に入った。

 曲かけで最初の4回転ループは決めた。しかし、次のサルコウはやや抜けた感じで2回転にとどまった。後半のジャンプについては、4回転トーループ+3回転トーループを跳んだ後、2本目の4回転トーループは着氷を乱す。トリプルアクセルを3連続ジャンプにしたが、最後のサルコウは2回転に。どこかリズムに乗り切れないまま、練習を終えていたのだ。それでも演技前の6分間練習では、時間をうまく使い、残り1分のアナウンス直前に4回転ループを決めた。

 そして、5番滑走の本番。最初の4回転ループを着実に降りたが、次のサルコウは1回転になってしまった。

「(4回転サルコウは)かなり慎重にいきました。形も悪くなかったと思うんですが、不運と言いますか、(練習で)自分の跳んだ(後にできた氷上の)穴に思い切り入ってしまったので、どうしようもなかったんです。自分は(リンクの)同じところで跳べるんです。だから、穴にハマって突っかかってしまうことが結構あります」

 滑るコースを正確にコントロールできることが羽生の強みであり、GOE(出来ばえ点)で5点近いきれいなジャンプにつながっている。その特性があるからこそのミスだった。



不運もあり2位だった羽生。悔しさをにじませた

 その後、トリプルアクセル+2回転トーループから立て直した羽生。だが前日のSPでは「これぞ羽生」と思わせる、きれいな細い軸で跳んでいた4回転トーループがやや乱れた。1本目の連続ジャンプのセカンドは、高さのないジャンプになって2回転にとどまり、3連続ジャンプも最後の3回転サルコウの着氷で少しよろけるミスが出た。

 それでも最後のトリプルアクセルは高さがあるジャンプにすると、コレオシークエンスと2つのスピンは感情の込もったキレのある滑り。シーズン最後の演技を締めくくった。

 得点は193.76点で、203点に乗せたネイサン・チェン(アメリカ)に次ぐ2位。羽生は「悔しい気持ちはもちろんありますが、世界選手権を終えて2週間。正直、普通の生活ではなかったです。食事も普段どおりとれなかった。そんな中、『よくやった』と言ってあげたい内容だったと思います」と振り返った。

 特に自身で高く評価していたのは、公式練習から苦しんでいたトリプルアクセルを、最後の単発ジャンプでは仕上げたことだった。

「表現としてスピードを抑えているが、その中で自分でも力みを感じることなく、非常にスムーズに軸に入って高さもあるいいジャンプだった。今できる自分のベストのトリプルアクセルだったと思います」

 そして、トリプルアクセルへの思いをこう説明した。

「世界選手権を含めた2試合ではトリプルアクセルがあまりにうまく決まらなくて、すごくショックを受けていました。悔しかったというか......。何か、トリプルアクセルに対して、すごく申し訳ない気持ちでいました。だからこそ今日は、最後の最後は、と。もちろん世界選手権の記憶がかぶりましたけど、『絶対にきれいに決めてやるんだ』、『4回転半に続く道をここで示すんだ』という気持ちで挑みました」

 フリー曲『天と地と』は昨年12月の全日本選手権で、初演ながら強い決意を感じさせる滑りを披露した。会場全体を埋め尽くす濃密な空気感を作り出した演技はあまりにも強烈な印象を与えられた。それと比べれば、3月の世界選手権と、今回の国別対抗戦の演技は、彼自身、決して満足できるものではなかっただろう。

 羽生は「今シーズン初め(全日本)に滑ったようなフリーがしたかったという気持ちは強くあります」と話し、続けた。

「不運なミスがあったとは思いますが、最後の最後までこのプログラムに寄り添った。世界選手権とは違い、このプログラムの曲を感じながら、そして皆さんの鼓動や呼吸、祈りだとか、そういうものを感じながら滑ることができたので。ある意味満足しています」

 3月下旬の世界選手権から今大会までの4週間は、自主隔離期間も含めてこれまでに経験のない環境で戦ってきた羽生。その間に蓄積した精神的な疲労もこれまでにないものだった。彼が口にした「満足しています」という言葉は、未曾有の状況を戦い抜けた達成感なのだろう。穏やかに話す羽生の表情から、そんな思いが伝わってきた。