日本の男女ともに2022年北京冬季五輪の出場枠を最大「3」枠確保したフィギュアスケートの世界選手権が3月28日、コロナ禍の中、スウェーデン・ストックホルムで無事に閉幕した。「無観客」「バブル方式」という異例の環境で開催された大会で、男子は…

 日本の男女ともに2022年北京冬季五輪の出場枠を最大「3」枠確保したフィギュアスケートの世界選手権が3月28日、コロナ禍の中、スウェーデン・ストックホルムで無事に閉幕した。

「無観客」「バブル方式」という異例の環境で開催された大会で、男子は2位に鍵山優真、3位に羽生結弦、4位に宇野昌磨という好成績を残したが、女子は6位に坂本花織、7位に紀平梨花、19位に宮原知子と表彰台に誰も乗れない結果となった。

 今季個人戦の最終戦となった大会が終わり、いよいよ来季は北京五輪が控える。改めてフィギュアスケートの魅力とはどんなところにあるのか。長年、五輪王者の羽生ファンを公言してきた尾木ママこと尾木直樹さんにフィギュアスケートの魅力と、羽生選手について語ってもらった。



誰もが認める選手になってもなお高みを目指し続けている羽生結弦

――フィギュアスケートを初めて見たのはいつですか?

 僕がフィギュアスケートという競技を面白いなぁと認識するようになったのは、おそらく1972年札幌オリンピック前後くらいかな。映画館で流れるニュースやテレビなどで当時若手のホープだった佐野稔選手の活躍を見ていた記憶があります。

その札幌オリンピックでは、可愛らしい米国のジャネット・リン選手が印象に残っています。試合本番で尻餅をついちゃって、銅メダルでしたよね。「銀盤の妖精」と呼ばれて日本でも大変な人気でした。 ジャネット・リン選手が選手村の壁にサインを残したのですが、そのニュースは何十回見たかわからないくらいよ(笑)

――ご自身もスケートなど冬の競技は何かするんですか?

 実は僕ね、SAJ(全日本スキー連盟)スキー検定1級を持っているくらいスキーが大好きで、上信越や東北にあるゲレンデはほとんど行ったことがあるんです。群馬県の赤城山スキー場の麓には沼が凍ってできた天然のスケート場があって、そこでアイススケートに挑戦したことがありました。ところが、昔はリンクがデコボコで、風が強くて全然上手に滑れない。とにかく転んでばっかりで疲れて足首も痛くなって嫌になっちゃったんですよ(笑)。

 だけど、今でもウインタースポーツはどれも好きで、特に冬季オリンピックはテレビにしがみついて観ています。

――フィギュアスケートの魅力はどこにあると思いますか?

 それはもう、"美しさ"でしょうね。例えば浅田真央さんの場合は、蝶が舞うようにトリプルアクセルをふわっと跳んでいたのが印象に残っています。

 それから、フィギュアスケートをやる人はみんな仲がいいんですよね。世界レベルで競い合うライバル同士なのに、ひとつのチームみたいにみんな仲がいい。アイスショーのバックヤードを訪ねたことがあるんですけど、みんなで一緒に写真を撮っていたりして、和気あいあいとしていて、その雰囲気のよさが僕は好きですね。

――競技会を会場で観戦されたことはありますか?

 2017年のNHK杯(大阪市中央体育館)に行きました。やっとチケットが取れて大阪まで行ったんですけれど、公式練習中に羽生選手がケガをしてしまって棄権した時でした。残念ながら、羽生選手の競技会での演技は生でまだ見たことがありません。

――会場まで足を運んで見るフィギュアスケートの楽しさはどこにあると思いますか?

 会場の歓声や、ザっと氷を削るスケーティングの音、演技前のピンと張り詰めた緊張感などを体感すると、また観に行きたいと思いますね。また、アイスショーでは選手とファンが一体となって作り上げていくので、競技会とは違って選手のみなさんも伸び伸びと滑っているし、衣装や音楽もとても素敵で楽しいです。

 生で見ると俯瞰で全体の動きを追いかけながらも、心では焦点を絞ってみることができるので、やっぱり生で観ることが一番ですね。プロ野球も大相撲も、スポーツはみんなそうだと思います。

――来季の北京五輪で羽生選手には3連覇の期待がかかります。並大抵のことではないですが......。

 本当にそう思います。2018年の平昌五輪では、羽生選手の右足首の状態を考えても五輪連覇は難しいと言われていました。それでも、自分の状態を冷静に分析したうえで構成されたプログラムは、羽生選手のメンタル面の強さと経験に裏打ちされた神がかり的なパワーを感じました。

 僕は羽生選手が平昌五輪後の会見で、初めて引退後の話をした時に「世界中、いろんなところを周りながら、スケートで本気で1位を目指している人の手助けができたらと思う」というのを聞いて、羽生選手はフィギュアスケートの伝道師になるんだな、と思ったんですよ。フィギュアスケートの楽しさを世界に発信したり、時々子ども向けの教室を開いたり。

 ところが、2019年の初めに「来シーズンは4A込みのパーフェクトパッケージを目指します」と宣言して、2020年12月の全日本選手権では総合319.36の参考記録ながら今季世界最高得点を取って優勝したでしょ。前人未踏の五輪連覇まで上り詰めたので、バーンアウトしないかと少し心配だったけど、まったくの杞憂でした。

 どこまでも伸びていこう、極めていこうとする姿には尊敬するしかありませんね。その"求道者"のようなメンタルを理解できる人がどれだけおられるのだろうか、とも感じます。孤高な精神力を持って、新しい目標に挑む羽生選手の演技が楽しみです。

――4回転アクセルを成功させたら、羽生選手は現役を辞めると思いますか?

 羽生選手は「世界で誰よりも早く、公式戦で4回転アクセルを決めたい」と話し、先日の世界選手権の後の記者会見でも「僕にとって最終目標はオリンピックの金メダルではなく、4回転アクセルを成功すること」と言っていましたが、彼のこれまでの発言を振り返ると、例え4回転アクセルを跳んでも、また何か新たな目標を立てそうな予感がしますね。

 羽生選手の言葉ですけど、「やめる、やめないじゃなくて、4回転半を跳べないと一生、満足できない」と言っていますね。そして「あと8分の1」回れれば立てるとも。もしかすると降りたときの感覚、達成感を味わったら、またやめられなくなるかもしれないですね。「次は5回転だ」と(笑)。

――羽生選手が現役を続ける中、北京五輪を控える来季に向けて楽しみなことはありますか?

 全日本で10カ月ぶりの滑りを見せてくれましたが、(演技の)深まり方や(プログラムの)完成度の確かさは、これまでにないほどすばらしかったです。「コーチとも直接会えず、リモートでしか見てもらえない、振付も自分で考えないといけない部分もなかで、自分としっかり向き合わなければいけなかった」と言っていましたが、自発的に取り組んで、近くで自分を指導してくれるコーチがいなくてもプログラムを創り、完成度を高め、内容を深めていけるという自信につながったようですね。

 それでも、「ひとり取り残されて、暗闇の底まで落ち込んで行くような感覚があった」とも言っていました。その精神的な苦闘を経験して、彼は一回りも二回りもこれまでとは違うたくましさや、技術面でもある種の突破口を掴んでいるはずなので、羽生くんが思い描く完璧な4回転アクセルを心から楽しみにしていますし、期待しています!

Profile
尾木直樹(おぎ・なおき)
滋賀県出身。教育評論家、法政大学名誉教授。主宰する臨床教育研究所「虹」では教育や子育てに関する調査・研究、評論活動を行なう。「尾木ママ」の愛称で親しまれ、情報番組からバラエティまでさまざまなメディアで活躍中。著書も多数。