■TBSの上村彩子(かみむら・さえこ)アナウンサーが現場で取材した大会でのエピソードや舞台裏、インタビューしたアスリートの魅力や意外な一面などを伝えてくれるこの連載。今回は、東京五輪・男子マラソン日本代表に内定している大迫傑選手。アメリカで…

■TBSの上村彩子(かみむら・さえこ)アナウンサーが現場で取材した大会でのエピソードや舞台裏、インタビューしたアスリートの魅力や意外な一面などを伝えてくれるこの連載。今回は、東京五輪・男子マラソン日本代表に内定している大迫傑選手。アメリカでのトレーニングで得た教訓や、昨年から取り組んでいる後進育成のプロジェクトを紹介するとともに、大迫選手の競技への情熱を伝えます。



大迫傑選手にインタビューした上村彩子アナウンサー

 少し前のことになりますが、元日のニューイヤー駅伝2021(第65回全日本実業団駅伝)の放送にゲスト解説で出演していただいた大迫傑選手に『S☆1』でインタビューをする機会がありました。

 最初に大迫選手のモットーを尋ねたところ、「粛々と、愚直に」というものでした。一流シェフに密着するドキュメンタリー番組で見た、「日本橋蛎殻町 すぎた」の寿司職人杉田孝明さんの言葉だそうです。もともとお寿司が好きで、このお店に何度か訪れたこともある大迫選手は、「同じことの繰り返しの日々の中で自分自身が課題を見つけ出して克服する。そしてシンプルを極めていく」、そういった杉田さんの姿勢に、マラソンや陸上に通ずる部分を感じたといいます。

 マラソンもシンプルな競技だからこそ、自ら考えて課題に取り組むのが大事だと痛感している大迫選手。そうした言葉に感銘を受けたというエピソードから、普段から距離を踏むだけでなく、一つひとつのトレーニングをしっかりと考えながら、日々取り組む姿勢が伝わってきました。

 大迫選手は2015年から19年まで「オレゴン・プロジェクト」(*ナイキが長距離走選手強化のためにアメリカ拠点で活動していたチーム)に参加していました。当初、所属している世界のトップ選手たちが「何か特別な練習をしているのではないか」と期待を持って渡米したといいます。



トップアスリートでありながら後進の育成にも取り組む大迫傑選手 photo by Kyodo News

 しかし、実際にチームの一員としてトレーニングに参加してみると特別なことは何ひとつなく、実力のある選手たちも日々、シンプルな練習をひたすら継続している。その光景にかえって衝撃を受けた大迫選手は「『粛々と、愚直に』やっていくしかない」とあらためて気付かされたそうです。

 お話をうかがって驚いたのは、大迫選手がまだバリバリの現役選手であるにも関わらず、後進の育成に力を注いでいることです。昨年、「Sugar Elite(シュガー・エリート)」というプロジェクトを自ら立ち上げ、大学や高校などのチームの垣根を越えて世界に通用する中・長距離走の日本人選手を育てる取り組みを続けています。

 大迫選手は、オレゴン・プロジェクトに参加するなかで、「自分ひとりでやることの限界を知った」とも話していました。だからこそ、「後輩たちには自分を踏み台にしてほしい」という思いが芽生えたといいます。自分の現状では世界一の選手に太刀打ちするのは難しいかもしれない。そのため、未来ある若い日本人選手に伝えられることを今から伝えていきたい。自分が現役を引退してからではなく、日本のトップランナーとして発信力や競技力のあるうちに活動を開始することを決意したのです。

 このプロジェクトの狙いのひとつに、大迫選手自身が経験したことを若い選手たちにはもっと早い段階で体験してほしいという思いがあります。日本国内で陸上をしていると、中学、高校、大学、実業団と、道ができていますが、大迫選手は「他の選択肢で選手の視野を広げ、チャレンジする大切さと楽しさを伝えていくこと」を考えていました。

 ちなみに「シュガー・エリート」のシュガー(Sugar)の意味やプロジェクト名の由来を聞くと、大迫選手の名前の傑の英字表記「Suguru」と似ているところからこの名前になったとのこと。海外選手にとっては「すぐる」の発音が難しく、アメリカにいたときはシュガーと呼ばれていたそうです。

 自身が上のレベルにいくために苦労した経験や技術を、現役のうちにライバルになる若手に惜しみなく伝えられるのは本当にすごいこと。大迫選手の視線は、日本のマラソン界、スポーツ界、もっといえば社会全体にも広がっています。「陸上競技の価値、スポーツをする価値をもっと上げていきたい」。広い視野で、大きくとらえているのだと思いました。

 マラソンというと、一人ひとりにタイムや順位が出るので、これまで個人戦のイメージが強かったのですが、自分でなくても日本人選手の誰かが世界一になってほしいという大迫選手の思いに触れることで、「チーム日本」として、選手が切磋琢磨してお互いを高め合っていくことの重要性を知ることができました。

 2月末のびわ湖毎日マラソンで鈴木健吾選手が日本新記録で優勝したときには、大迫選手が「素直に悔しい」とツイートしていたのが話題になりました。そういう形でトップランナー同士が刺激を与え合うことで強くなっていくのだと感じます。

 東京五輪の代表選考会を兼ねた19年のマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)の頃は、まるで修行僧のような風貌で競技に集中していた大迫選手。今回のインタビューのときは代表が内定していることもあるのか、柔らかな雰囲気が印象的でした。東京五輪ではメダルを狙っていると思いますし、大迫選手の走りが本当に楽しみです!

 余談ですが、実は私も数年前にフルマラソンを走ったことがあります。翌日は仕事だったのですが、ボロボロの状態で何もできず...(苦笑)。足や膝がその後何日も痛みました。42.195kmは本当に果てしなかったです...。選手たちのすごさを、身をもって体感しました。



フルマラソンを走破した経験がある上村アナウンサー

■プロフィール 上村彩子(かみむら・さえこ) 1992年10月4日 千葉県生まれ
【担当番組】
『S☆1』土/24:30〜、日/24:00〜、陸上・サッカーなどのスポーツ中継、『JNNニュース 1130』平日/11:30〜、『ひるおび!」』内ニュース、『ゴゴスマ〜GOGO!Smile!〜』内ニュース 木・金、「東大王」(ナレーション)