フリーで思わぬミスがあった羽生結弦 スウェーデン・ストックホルムで開催された世界フィギュアスケート選手権。3月25日のショートプログラム(SP)を終え、目の前に見えていた4大会ぶり3度目の優勝を逃し、3位にとどまった羽生結弦は冷静な表情でこ…



フリーで思わぬミスがあった羽生結弦

 スウェーデン・ストックホルムで開催された世界フィギュアスケート選手権。3月25日のショートプログラム(SP)を終え、目の前に見えていた4大会ぶり3度目の優勝を逃し、3位にとどまった羽生結弦は冷静な表情でこう語った。

「なんか、全部波に乗れなかったですね。一番大きな得点を取りたかった出来ばえ点のほうはまったく取れていない。けれど全体を見れば大きな転倒などはなく、細かいミスで抑えられていて、地力は上がったんじゃないかなと思っています」

 SPはノーミスの演技で首位発進。ジャッジの評価がやや低く、得点は106.98点と伸び切らなかったことは少し気になったが、4回転ルッツで転倒して3位だったネイサン・チェン(アメリカ)には8.13点差と、2018年平昌五輪後の直接対決では初めてリードする展開となった。

 だが、チェンの底力はさすがだった。SPは4回転ルッツで転倒した後、後半の連続ジャンプを予定していた4回転トーループ+3回転トーループではなく、基礎点が1.65点高いフリップ+トーループにして失点をカバーした。

 フリーは、予想どおりに4回転ジャンプを5本入れる構成。そして、冒頭の4回転ルッツをきれいに決めると、4種類5本の4回転を含めジャンプをすべてクリーンに降りた。ステップとスピンもレベル4にする完璧な滑りで222.03点を獲得。合計を320.88点として、最終滑走者の羽生を待つ態勢とした。



フリー後、悔しさをにじませながらも前を向いた羽生

 チェンの得点は、羽生にとって届かないものではなかった。『天と地と』の初披露となった昨年12月の全日本選手権では、スピンが1つレベル3になる取りこぼしがあったが、非公認記録ながら215.83点を出していた。その得点よりも低い214点を出せば、逆転できる計算だった。

 しかし、羽生はミスを繰り返してしまった。前半の4回転ループと4回転サルコウは片手を突き、トリプルアクセルでは前につんのめる着氷になって連続ジャンプにできなかった。その後の3回転ループと4回転トーループからの連続ジャンプ2本は確実に決めたが、最後のトリプルアクセルも着氷を乱して連続ジャンプにできず、基礎点を下げてしまう結果に。ジャンプのGOE(出来ばえ点)は7本中4本が減点になり、成功した3本も加点が伸びなかった。スピンとステップはすべてレベル4にし、流れが大きく途絶えるところがなかった演技だけに、口惜しさが残った。

「すごく疲れました。自分のバランスが一個ずつ崩れていったので、なるべく転倒がないように頑張れたとは思っているんですけど......。全然自分らしくないジャンプが続いたので、本当に大変だった」

 演技終了後に上を向いて、「アーッ」と悔しがるような表情も見せた。ミスをした4回転2本は、跳び上がりは成功すると思わせるものだった。だが、空中で回転の軸が動いた。26日の公式練習の映像では見られなかった傾向だったが、フリー当日の公式練習の曲かけでは、冒頭の4回転ループは大きく尻が下がる着氷になっていた。4回転サルコウはきれいに決めていたが、トリプルアクセルは軸が傾斜し、最初は立って連続ジャンプにしたものの、最後のトリプルアクセルはパンクして1回転半になり、曲かけの途中で跳び直していた。そんな微妙なズレが、本番で一気に噴き出す形になった。

 結局、フリーは182.20点の4位で合計は289.18点。SP2位の鍵山優真にも逆転される総合3位だった。試合後は、「正直悔しいです」と胸の内をストレートに口にした羽生。一夜明け、リモート取材を受けたときには落ち着いた表情を見せていた。一部で体調を崩したとの情報が流れたが、それを受けてこう話した。

「皆さんが心配してくれているようですが、そこは問題ありません。ぜんそくの発作もフリーが終わった後でちょっと苦しかったかなというくらいで、会場入りが遅れた理由ではないです。ただ、ちょっとしたトラブルが続いていって......。6分間練習では影響はないと感じていたけど、最終的にちょっとしたほころびになってしまった感じでした」

 この世界選手権の最大のテーマは健康なままで戦い抜き、何の不安もなく日本に帰ることだった。ぜんそくの持病がある羽生だからこそ、新型コロナウイルスの感染への対応は慎重だった。

「帰国後2週間の隔離を含め、健康で大会を終えること。自分が感染をしてはいけないし、感染を広げてはいけないという思いはすごくあります」

 羽生はそう話した。そんな気遣いも、精神面で重荷になっていたはずだ。それとともに、彼が大きな目標としていたのは、北京五輪の3枠獲得。全日本王者として果たさなくてはいけない責務と感じていた。個人の勝利より、彼自身が優先していたもので、だからこそ自身の敗戦を素直に受け入れ、チェンの演技について「4回転5本をあのクオリティですべて決めて、プログラムを完成させるのは並大抵ではないこと。彼の努力のたまものだと思っている」と讃えたのだ。

 戦いを振り返れば、ルール改定後の公認の自己最高得点を出した2019年のスケートカナダのときより、構成は落として基礎点の上限は2.08点低くなっている。スケートカナダの演技は、冒頭の4回転ループがわずかに減点されていただけに、それを上回ってチェンに競り勝つことも可能だった。だが、『天と地と』を披露するのはまだ2回目で、熟成させきっているとはいえない状態。もし今回ノーミスの演技ができたとしても、勝負は微妙なものになっただろう。

 それでも羽生は、今回の演技に手応えを得ている。自分がまだ成長し続けている、と。羽生は明るい笑みを浮かべながらこう語った。

「今の羽生結弦は(18年の)平昌五輪や、17年のヘルシンキの世界選手権のときより確実にうまくなっていると思うんです。ジャンプはあのときより1本少ない7本だし、後半の4回転はサルコウではなくトーループにしていて構成の難度は落ちているけど、ノーミスや崩れなくなった確率はあの頃より高くなっている。以前は、できても『偶然、ゾーンに入ってできました』みたいな感じでしたが、今はそれを狙えるようになっているので。結果が出てなくて苦しいと思うこともあるし、今回に関しては点数が出ないジャンプだったし、演技だったと思う。でも、点数以上にトレーニングしてきたことが間違いなかったな、という感触もありました」

 羽生がこの日見せていたのは、前を向いているからこそ輝く、自分への期待を表わす笑顔だった。