最後のトリプルアクセルで転倒し、SP6位となった宇野昌磨「最後のトリプルアクセルは、リプレイで見ても着氷できたはずのジャンプだったんで、(転倒は)悔しいんですけど。全体を見たときに楽しかったですし、地に足をつけたプログラムができてよかったん…



最後のトリプルアクセルで転倒し、SP6位となった宇野昌磨

「最後のトリプルアクセルは、リプレイで見ても着氷できたはずのジャンプだったんで、(転倒は)悔しいんですけど。全体を見たときに楽しかったですし、地に足をつけたプログラムができてよかったんじゃないかな、と」

 リモート会見に出てきた宇野昌磨の声に、いっさいの暗さはなかった。92.62点の6位スタートは不本意なはずだが、取り繕っているわけではない。感覚的な本音だろう。

〈楽しく滑れるか〉

 そこに自身のスケーターとしての旋回軸を見出した宇野は、ひとつの境地にたどり着いた。銀メダルを獲得した2018年の平昌五輪後、自ら背負った"常勝の重荷"が性に合わず、楽しむことに集中することで力を出し切れる戦いがあった。ステファン・ランビエルコーチとの邂逅は運命的だったと言える。

 ただ、競技者はシビアにスコアを争う。その現実からは逃れられない。彼ほどの実力者ならば、野心もざわめくはずだ。

 楽しむことに翼を羽ばたき、次にたどり着くべき境地とはーー。

 3月25日、ストックホルム。世界フィギュアスケート選手権、男子シングルのショートプログラム(SP)で、宇野は23番目の滑走順でリンクに立っている。緊張した様子は見えなかった。リンクサイドで、ランビエルと交わす笑顔には余裕までにじんだ。

 勝負に挑むときの呼吸を身につけているのだろう。

「(本拠地の)スイスで練習してきたことが何だったのか、っていうくらい、(現地に入ってから)ジャンプが跳べていなくて」

 宇野はそう言って、マイペースな口調になった。

「焦りはなかったんですけど、どうしたもんかなって思っていました。それが、6分間練習が始まったら、不思議と全部のジャンプが跳べるようになっていて。本当にわかんないものだなって(思いながら)、試合に挑みました」

 ひとつ大きく息を吐いて、スタートポジションに入ったとき、その顔つきは柔らかく、無駄な力は入っていなかった。勇壮な旋律の『グレート・スピリット』が会場に鳴り響き、自然に演技に入っていた。冒頭、基礎点の高い4回転フリップを完璧に決め、GOE(出来ばえ点)も2.51点がついた。これ以上ないスタートだった。2本目のジャンプも、4回転トーループ+2回転トーループを成功。ふたつ目を3回転トーループから落としたが、GOEでは2.58点を出した。

 最後のトリプルアクセルをいつもどおり跳ぶことができたら、首位を争う100点に届いたかもしれない。

「まったく緊張はしなくて。例えば(昨年の)全日本選手権のときは公式練習から舞い上がってしまい、妙にテンションが高かったんですが、今日はずっとフラットな気持ちで、"フツーに"挑めていたんです。それが最後のジャンプを前に、"ノーミスでいけるかもしれない"っていう欲が出てきて体が縮こまってしまった。十分に降りられるジャンプだったので、最後まで"フツー"にやっていればできたんじゃないかなと」

 宇野はそう振り返る。

 最後のトリプルアクセルは失敗するような前兆はなかった。高い完成度を誇るジャンプである。しかし、フィギュアスケートはデリケートなメンタルスポーツということか。

 あるいは、彼自身が口にした「欲」が影響したかもしれない。欲は飼いならしがたい「ケモノ」のようなものである。それは技術を改善させるものでもあって、楽しむと同居し、仲がよさそうに映る一方、気持ちを上ずらせ、集中を奪うものでもある。"フツー"な心理状態で、一気に巨大化する欲のうごめきを抑え込むのは至難の業だ。

 勝負の場で楽しさと欲を同時に解き放つとき、宇野は至高のスケーティングができるのかもしれない。

「冗談ですけど」

 彼はそう前置きをしたが、たぶん、それは「たら・ればですけど」となるだろう。

「もしかしたら、皆さんの声援があったら、それが後押しになって(トリプルアクセルは)着氷できていたかもしれません。無観客は不思議な感覚での試合で。お客さんがいないから、舞い上がって緊張しすぎることもなく、(気持ちは)フラットではあるんですけど......」

 宇野は他の選手以上に、観客の熱を受け、それを増幅させ、昇華できる選手なのだろう。平常心はどのスポーツでも求められる心理状態だが、平坦であってはならない。楽しむことによって、欲が湧きだすのは自明の理で、そこに観客がいると自然な呼吸が生まれる。例えば、レベル4がついた最後のステップの輝きは他の追随を許さないもので、もし観客がいたら陶酔させていたはずだ。

「僕はそこまで(結果に)厳しくはなれない。それはアスリートとしての自覚がない、と言われるかもしれないですけど、自分はやっぱり(リンクで)楽しみたいんだって思ったんです」

 宇野は言う。それはたどり着いた境地だ。しかし競技者である限り、この日のように欲は生まれる。楽しめるようになった彼が、それを飼いならすことができたらーー。

 3月27日、フリー。宇野は最終グループで渾身の演技に挑む。2年目になる使用曲「Dancing On My Own」は、2度の全日本選手権で順位を上げた"逆転の旋律"だ。