中野信治インタビュー中編角田裕毅への期待史上最多の全23戦が予定されているF1世界選手権の2021年シーズンが今週末、中東のバーレーンGPを皮切りにスタート。そこでスポルティーバでは、DAZN(ダゾーン)でF1解説を務める元F1ドライバーの…

中野信治インタビュー中編
角田裕毅への期待

史上最多の全23戦が予定されているF1世界選手権の2021年シーズンが今週末、中東のバーレーンGPを皮切りにスタート。そこでスポルティーバでは、DAZN(ダゾーン)でF1解説を務める元F1ドライバーの中野信治氏にインタビューし、21年シーズンの見どころを聞いた。中編は7年ぶりに誕生した大注目の日本人ドライバー角田裕毅への評価について語ってもらった。



いよいよF1デビューする角田裕毅

 今シーズン、角田選手(以下、選手略)がやるべきことは明確です。チームメイトのピエール・ガスリーに勝って、表彰台に立ち、優勝するという目標をできるだけ早い時期に達成することです。シーズンが始まると同時に、角田はもうホンダが撤退した後の2022年を見据えた戦いをしなければならないと思っています。

 角田は海外でも評価が高まっていますが、彼の能力の高さを初めて実感したのは19年でした。当時、彼はヨーロッパでFIA-F3選手権に参戦していて、僕はシーズン序盤にスペインで開催されたレースを見に行きました。そこで彼の走りを実際に見て、担当エンジニアと話をして、走行データを見せてもらい、すごくうまいと感心しました。

 正直、彼の所属していたチームは強くなかったし、クルマも決して速くなかった。でも角田を速いクルマに乗せれば勝つだろうな、と思わせるドライビングをしていました。そして実際にシーズン終盤にはF3で初勝利を挙げてF2にステップアップするチャンスをつかみ、F2でもデビューイヤーに3勝を挙げてランキング3位になり、F1のシートを獲得しました。



角田裕毅への期待を語った中野信治氏

 彼のすごさは、クルマの限界を見極めるのがとにかく早いこと。それは、ブレーキングやアクセルの操作、ハンドルの切り方などのデータで見ると、クルマの限界を感じながら走っているんだなと、いろんな角度からわかりました。しかも角田は、マシンの限界を引き出すドライビングを誰かから教わったわけでなく、本能的にできています。よく天性の速さを持っていると言いますが、角田はまさにそういうタイプのドライバーなのです。

 僕は鈴鹿サーキットレーシングスクールで若いドライバーたちを育成していますが、こういう感覚は教えてもなかなか身につきません。ある程度は成長していきますが、いきなりガーンとは伸びていかないんです。やっぱりうまいドライバーはマシンの感じ方がちょっと違うんです。

 クルマの限界を見極める能力は、レースでのオーバーテイクやタイヤの使い方のうまさにつながり、彼の武器になっています。タイヤマネジメントのうまさは、言い換えるとクルマなりに速く走れるということ。限界がわかるからこそ、タイヤやブレーキなどに無理な負担をかけずに走ることができる。うまいドライバーはそれが自然にできます。

 逆にできないドライバーは小細工して走ろうとするので、タイヤをいじめてしまうし、タイヤのグリップがなくなると余裕もなくなってくるので、無理を重ねてもっとタイヤをいじめるという悪循環に陥ってしまうのです。角田のうまさを象徴していたレースが昨年のF2最終戦のバーレーンでした。

 そのレースでは「タイヤをいかに守りながら速く走るか」が勝負のポイントでしたが、誰よりもうまくマネジメントできていたのが角田だった。他のドライバーは我慢しきれずに前半から飛ばしてタイヤを使ってしまいレース後半に大きくペースダウンしていましたが、角田は前半にポジションを落としてもすごく冷静でした。

 それはオーバーテイクがうまいからです。角田はライバルに先行されたとしても「いつでも抜けばいいや」と思っているようで、前半は無理せずにタイヤをセーブしながら冷静に戦っていました。そして、多くの選手がタイヤの摩耗に苦しみペースダウンした後半に角田は見事な追い抜きを次々と決めていくので、非常に目立っていました。

 うまいなぁと思いましたが、冷静に考えれば、角田は論理的にレースを組み立てていただけなんです。角田とともに今年ハースからF1デビューするミック・シューマッハやニキータ・マゼピンを始め、他の選手はそれができていなかったわけです。

 2021年シーズンのF1には角田、ミック、マゼピンがデビューします。3人のルーキーの中で角田は一番レベルが高く、急激に成長を遂げていると思います。3人ともにうまいし速い。特にF2でチャンピオンになったミックは、マシンをコントロールして走っていましたし、安定感もある。どんなレースでも生き残る強さや頭のよさも感じます。でも角田はミックの能力を凌駕するうまさや戦い方があると思います。

 今シーズン、角田が表彰台に上がっても、勝っても僕は驚きません。実際に昨シーズン、ガスリーは勝っているわけですし、今年のマシンは例年以上にいい仕上がりだと思います。いい流れをつかむことができれば、勝つ可能性はあるとみています。

 ただ角田が他のF1ドライバーと比べて図抜けているというわけではありません。今、F1のフィールドで戦っているドライバーはいいクルマに乗れば、みんな速く走ってしまう。それだけの運転技術は誰もが持っています。それは昨シーズンの終盤、新型コロナに感染して欠場したルイス・ハミルトンの代役を務め、いきなり優勝争いをしたジョージ・ラッセル(ウィリアムズ・レーシング)を見ればわかります。

 マシンの限界を引き出して速く走るというレベルから、さらに一歩抜きんでていくためには、次のステップが必要になってきます。それはクルマを作り上げていく能力であったり、ハミルトンのようにチームをまとめ、自分のために動かしていく能力です。トップチームでは、そういうことを全部ひっくるめてのドライバーとしての総合能力が問われます。それは第2の壁なんです。

 いずれ角田も壁にぶつかることがあると思いますが、そのときがワンランクステップアップできるタイミングです。しかし今は、あまり深く考えずに思いっきり戦ってほしい。角田は、ここまで順調にF1までステップアップをしてきて、ある意味、怖いもの知らずだと思います。

 彼の所属するアルファタウリというチームは日本の文化を知るフランツ・トストがトップにいて、スタッフがみんな若いドライバーと仕事をすることに慣れていますし、ホンダがPUを供給し、新人ドライバーとしては理想的です。変なプレッシャーにさらされることがなく、彼が持っている能力を存分に発揮できる環境が整っています。

 しかもチームメイトはガスリーというベンチマークになる存在がいます。これも角田にとって大きいと思います。ガスリーはレッドブルのようなオーバーステアでエッジの効いたクルマを嫌うタイプで、リヤがしっかりと安定し、ある種、誰でも乗れるようなクルマを好みます。

 僕は、角田のほうがリアは軽めで、オーバーステア傾向のマシンでも乗りこなせるタイプだとみています。それからちょっとドライビングの幅も広いと思いますので、ガスリーよりも攻めたセッティングができる可能性があります。それがうまくはまっていけば、ガスリーよりも速く走れるはずです。おそらくチームの中では、どちらのドライバーの意見を優先してクルマを作っていくのかと、前半戦から綱引きが行なわれるんじゃないでしょうか。

 前半戦でイニシアチブを取ることができれば、角田はもっと強くなるし、シーズン中にトップチームのレッドブルに昇格するチャンスもあり得ます。こんなことを言うと、「そんなに急がなくても、まずはF1に慣れて、徐々に力を出していけば」などと思う人がいるかもしれません。しかし僕だったらそういうことをイメージするし、それくらいの気持ちでやってほしいと思います。おそらく角田も意識しているはずです。

 冒頭、角田はホンダが撤退した後を見据えた戦いをしなければならないと話しましたが、まずはガスリーをやっつけないと先が見えないと思います。今年限りでホンダが一旦いなくなってしまうので、彼にとっても時間はないですからね。焦らせるつもりはないですが、後半戦までにまとめてくるというのでは遅いんです。来年に向けた動きはシーズン中盤には動き始めます。そこまでにイニシアチブを取るぐらいの勢いをみせてくれると、我々としては楽しみですし、彼ならきっとやってくれると僕は思っています。

(後編につづく)

【プロフィール】  
中野信治 なかの・しんじ 
1971年、大阪府生まれ。F1、アメリカのCARTおよびインディカー、ルマン24時間レースなどの国際舞台で長く活躍。現在は豊富な経験を活かし、SRS(鈴鹿サーキットレーシングスクール)副校長として若手ドライバーの育成を行なっている。また、DAZN(ダゾーン)のF1中継や2021年からスタートしたF1の新番組『WEDNESDAY F1 TIME』の解説を担当している。