角田裕毅にとって、最初のシーズンが始まる。 そしてホンダにとって、最後のシーズンが始まる。 どちらもこれ以上ないかたちで開幕前テストを終え、1週間半のインターバルでしっかりと準備を整え、この開幕戦バーレーンGPに臨んできた。バーレーンGP…

 角田裕毅にとって、最初のシーズンが始まる。

 そしてホンダにとって、最後のシーズンが始まる。

 どちらもこれ以上ないかたちで開幕前テストを終え、1週間半のインターバルでしっかりと準備を整え、この開幕戦バーレーンGPに臨んできた。



バーレーンGPでF1デビューする角田裕毅

 角田は当初の予定を変更してイギリスへと戻り、レッドブルのファクトリーでシミュレーター作業をこなしたのち、水曜の朝に再びバーレーンへと戻って来た。

「一番メインになってくるのは、どれだけ曲がるクルマにできるかっていうことです。チームから聞いたかぎりでは、とくに追い風になった時にフロントグリップとトラクションがすごく悪かったので、それを改善できるような対策はしてきたと聞いています。具体的にどこをどう変えてきたのかまでは聞いていませんけど、そういう対策はしているみたいです」

 開幕前テストで2番手タイムを記録したとはいえ、アルファタウリ・ホンダはアンダーステア傾向が強く、シャープなフロントの回頭性を好む角田のドライビングスタイルに合ったマシンとは言えなかった。

 チームメイトのピエール・ガスリーに似たスムーズなステアリングワークは、角田本来のスタイルではない。マシン挙動のよさを示すものではなく、実はむしろ曲がらないフロントタイヤを傷めないよう、守るために採らざるを得なかっただけだった。

 その対策パーツとセットアップ、そしてマシン挙動に慣れること。初めてのグランプリ週末で金曜フリー走行に課される走りを、角田はしっかりと冷静に受け止めている。

「まずはクルマの確認と、僕は自分のドライビングに集中してクルマに早く慣れて、いつものリズムを取り戻せるようにする感じですね。あとはテストアイテムが何個かあって、先々週のテストである程度はこなしているのでそこまで多くはないんですけど、そこを改善できるようなパーツを入れてテストするという予定です」

 総合2番手タイムやマシンの挙動など、角田にとって外から見るほどパーフェクトな開幕ではない。

 しかし、昨年10月にイモラで初めてF1マシンをドライブして以来、4度に渡って重ねてきたプライベートテストと3日間の開幕直前テストで、じっくりとF1というものを学んで来た。1週間半前には57周のフルレースシミュレーションを走破し、10月には嫌というほど痛感させられたフィジカル不足もしっかりと鍛え上げられていることが確認できた。

 角田は、今の自分のどこが優れていて、何がまだ足りていないのかを冷静に見ている。だからこそプレッシャーもなく、リラックスして初めてのグランプリ週末に臨んでいると角田は言う。

「フィジカル面もメンタル面も今のところまったく普通で、とくにプレッシャーも感じていないですし、緊張もないですね。4歳でカートを始めて夢見てきたF1の世界でどこまでやれるか、ワクワクしています。普通のレース週末の前と同じような気持ちでいますし、今のところはすごくリラックスしていていい感じだと思います」

 今のアルファタウリにどのくらいのポテンシャルがあるのか? 対他競争力はいかほどか?

 それによって、目標とする結果も違ってくる。走り出す前の今はまだ、具体的な目標など立てることはできない。

「どんなレースになるのか、経験がないのでまったくわかりません。とにかく可能なかぎりプッシュして、可能なかぎりポイントを獲りたいですね。とくに予想はしていないし、とにかくプッシュするだけです。楽しみなのは自分の走りだけ。自分がどこまでできるか、どこまでいけるか。自分と向き合うことを楽しみにしています」

 明るい未来に向かって走り出す角田とは対照的に、ホンダは最後の1年をスタートしようとしている。

 開幕前テストではスムーズな走行とデータ収集を重ね、ホンダとしてもこれ以上ないかたちでシーズンの開幕に臨んでいる。ホンダの田辺豊治テクニカルディレクターはこう語る。

「レッドブルとアルファタウリは基本的に大きなトラブルもなく周回を重ねて、2チーム4人のドライバーからいろいろなデータが習得することができました。多岐にわたるデータが得られましたので、この1週間ほどで解析し、パフォーマンスの最適化を図るべくキャリブレーション(調整)の検討を行なって、懸案事項や小さなトラブルも見直してこのレースに向けて準備してきました。HRD Sakura、MRD MK、そしてレッドブル、アルファタウリのメンバーも一丸となって戦っていきたいと思っています」

 当然ながら、ホンダはこの最後のシーズンに投入する"新骨格"のRA621HでメルセデスAMGに追いつき、追い越すことを目標としている。

 それを想定したうえで設定した目標値は、しっかりと達成してきた。それはつまり、メルセデスAMGが昨年最終戦の出力からさらにパフォーマンスを伸ばし、このくらいまで到達するだろうという想定値をさらに上回っている、ということだ。

 いつも慎重な田辺テクニカルディレクターにしては珍しく、一歩踏み込んだ具体的な話をしてくれた。

「2021年に向けてパワーユニットの性能ターゲットを設定し、それに達したことは確認しています。去年のメルセデスAMGのレベルから通常の開発で性能向上してくることも鑑みてターゲットを設定していますから、『追い付け追い越せ』という(狙いで設定した)ターゲットをクリアしたということは、去年のメルセデスAMGよりも出ているんじゃないの?ということです。

 今年のメルセデスAMGがどういう性能でスタートするかは当然わかりませんが、それは予選・決勝が終われば我々の目にも皆さんの目にもある程度の答えが見えてくるんじゃないかと思います」

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 今シーズンかぎりでF1から去るホンダの技術者たちとしては、是が非でも勝ちたい。

 もちろん、レースというのは相対的なものであり、ライバルの性能との対決によって勝敗が決まる。そして、ライバルの性能は自分たちがどうすることもできない範疇だ。戦いを挑む者にとってできるのは、自分たちの全力を尽くし、悔いを残すことなく戦い抜くことだけだ。

「F1参戦最終年ということで、ひとつひとつを大事に、精一杯、悔いのないように戦っていきたいと思っています。残された1年、残された23戦で、戦いながらさらに学び、問題が出ればチームと連携して迅速に解決しつつ、できることはすべてやって1戦1戦を戦っていきたい。そうして悔いのないかたちで、我々に残された23戦を終えられればと思っています」

 歩み出す者と、去りゆく者......。角田裕毅とホンダの、それぞれのシーズンがいよいよ始まる。