昨年12月、全日本選手権SP演技の羽生結弦 羽生結弦は昨年2月の四大陸選手権でプログラムを2018年平昌五輪でも使用した『バラード第1番』と『SEIMEI』に戻した。19年12月のグランプリ(GP)ファイナルと全日本選手権で納得のできない演…



昨年12月、全日本選手権SP演技の羽生結弦

 羽生結弦は昨年2月の四大陸選手権でプログラムを2018年平昌五輪でも使用した『バラード第1番』と『SEIMEI』に戻した。19年12月のグランプリ(GP)ファイナルと全日本選手権で納得のできない演技が続いたからだ。

 その四大陸選手権、ショートプログラム(SP)で111.82点の世界最高得点を更新して優勝。これで主要国際大会6冠を獲得し、男子シングル初の「スーパースラム」を達成した。

 試合後、羽生はSPの『バラード第1番』の演技をこう振り返った。

「曲を感じながら、クオリティの高いジャンプを跳べたことは、このプログラムならではだと思う。音と一体になりながら、それぞれの要素だけではなく、表現のために必要な止まり方なども含めて、すべてがシームレスに入っているというのが、やっぱり心地いいです。見た人も心地いいと思ってくれるのであれば、その演技を続けていきたいし、自分自身がその心地よさを求めてフィギュアスケートをしています。この試合でそれを感じられたのは大きいと思います」

 毎シーズン、新しいものを提示するのではなく、ひとつのプログラムに時間をかけ、その間の経験でつかみ取ったものを組み入れ熟成させていく。そうした手法もあるのではないか、と羽生は口にした。ひとつのプログラムを高いクオリティーで完成させるという方向性を突き詰めてみたいと考え、その1カ月後に予定されていた世界選手権でネイサン・チェン(アメリカ)との再戦に思いを馳せていた。だが、世界選手権は新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止になった。

 そのため、今年3月24日からスウェーデンのストックホルムで開催される世界選手権は、羽生にとって昨年できなかった挑戦の場となる。

 羽生の今シーズン初戦となった昨年12月の全日本選手権は、新プログラムの『レット・ミー・エンターテイン・ユー』(SP)と『天と地と』(フリー)の初披露の舞台でもあった。SPはチェンジフットシットスピンが得点にならなかったが、内容的にはジャンプをすべて確実に決めるノーミスの演技。フリーもループとサルコウ、トーループ2本の4回転4本の構成をノーミスで滑り、合計319.36点で優勝。コロナ禍のため国内に残り、コーチ不在で練習する中で「精神的に落ち込み、どん底の状態も経験した」が、全日本で見せた演技は辛い時期を乗り越えてきたからこその力強さがあった。

 全日本へ向けては、現状で確実に跳べるジャンプで構成を早めに決め、精度を上げる形で大会に臨んだ。SPは4回転サルコウで入って、4回転トーループ+3回転トーループの連続ジャンプを跳び、演技後半にトリプルアクセルを入れる。そしてフリーは前半に4回転ループと4回転サルコウを入れ、後半は4回転トーループ+3回転トーループ、4回転トーループ+オイラー+3回転サルコウで、最後に単発のトリプルアクセルという構成だった。

 全日本の演技はノーミスだったとはいえ、まだまだ伸びしろがある。技と技のつなぎの難度が高いプログラム自体の完成度や、ジャンプのGOE(出来ばえ)加点、ステップとスピンの取りこぼしの修正をすれば、演技構成点も自ずと伸びてくるだろう。

 対して1月の全米選手権のチェンは、SPでは前半に4回転ルッツとトリプルアクセルを跳び、後半に4回転フリップ+3回転トーループの高難度の構成に挑んだ。スピンとステップもレベル4を獲得する完璧な滑りで113.92点を出している。

 フリーは最初の4回転ルッツがステップアウトになるミスをしたが、その後は3回転ルッツを挟んで4回転フリップ+3回転トーループと4回転サルコウ。後半には4回転トーループ+オイラー+3回転フリップと、4回転トーループ+3回転トーループ、トリプルアクセルをしっかり決めて合計を322.28点にして優勝。世界選手権では4回転5本の精度をさらに上げてきそうだ。

 全日本選手権の羽生と全米選手権のチェンの技術基礎点を比較すると、スピンとステップがすべてレベル4ならSPは4.02点、フリーは9.20点、チェンが上回っている計算になる。

 その状況下で羽生は、これまでどおり各要素のGOE加点をより稼ぐことと、プログラムの完成度を高めて演技構成点も高得点を獲得することで対抗しようとしている。直接対決となればジャッジも両者の各要素の質を比較できるだけに、GOEや演技構成点である程度の差がつく可能性は大きい。

 そう考えてジャンプ構成を推察すれば、羽生はミスができないSPの安定を求めて、4回転はサルコウとトーループを選択するだろう。もちろん、4回転トーループ+3回転トーループの連続ジャンプを基礎点の高い後半に入れてくる可能性もある。

 一方、フリーは現時点で4回転アクセルは厳しいとみられるだけに、昨年の四大陸選手権のように冒頭の4回転をループより氷の状態に影響されにくいルッツに替え、基礎点を上げる可能性は高い。4回転5本は昨季のグランプリ(GP)ファイナルの時に「本来ならやりたくない構成だった」と羽生が話していたため、4本構成で挑む公算だ。その中でも、全日本で前半に入れていたトリプルアクセル+2回転トーループを、後半最後のジャンプに入れることも視野に入れているだろう。

 羽生がチェンに勝つためには、SPを完璧に演じ、できるだけリードすることだ。19年世界選手権と昨季のGPファイナルの羽生はSPでつまずいて後手を踏み、チェンに大差をつけられた。

 チェンとしても羽生が全日本でシーズン初戦にもかかわらず完成度の高い演技をしたことを知っているだけに、SPでリードされれば重圧も感じるだろう。いかにプレッシャーをかけ、フリーの勝負に持ち込むかが重要になってくる。