プロレスリング・ノア(NOAH)は、2000年代において「プロレス業界の盟主」と呼ばれる存在であった。しかし、2010年代になると新日本プロレスが"V字回復"する陰で、NOAHは幾度かの経営難に陥った。2020年1月、そ…

プロレスリング・ノア(NOAH)は、2000年代において「プロレス業界の盟主」と呼ばれる存在であった。しかし、2010年代になると新日本プロレスが"V字回復"する陰で、NOAHは幾度かの経営難に陥った。2020年1月、そんな"方舟"がたどり着いたのは、インターネット業界大手のサイバーエージェント。既にDDTプロレスリング(DDT)を傘下に持ち、資金力とメディアパワーを併せ持つ同社は最強のタッグパートナーであった。

2020年9月にNOAHとDDTを中心にしたプロレス事業を統合する形で株式会社サイバーファイトが設立。DDTを長年牽引してきた高木三四郎が社長に就任した。2021年に入ってからは、サイバーエージェントの資金力と高木三四郎の発想力を武器に、NOAHに武藤敬司、DDTに秋山準が同時入団するサプライズを起こすなど、業界での存在感を強めている。

「新日本プロレスを追い抜きたい」と意気込む社長・高木三四郎の展望と戦略とは。




サイバーエージェント本社での記者会見に臨む高木三四郎。

ーーNOAHがサイバーエージェント入りして1年、サイバーファイトが設立されてから半年が経ちました。経営者の視点からどのような手応えを感じていますか?

「実はNOAHがサイバーエージェントグループ入りした時点では、2~3年先を視野に経営統合をしていくプランでした。違うブランドであるため、ファンの感情を最優先するためです。しかし、新型コロナの流行で全ての計画が狂いました...。そのため、計画を前倒しする形で、昨年9月に経営統合をすることになりました。

 ただ、早まったことはプラスだったと感じています。既に経理や総務などバックオフィスの統合は完了しつつあり、業務効率化が出来ています。一方で、リングの中などクリエイティブな部分はそれぞれのブランドの色を保ったまま運営出来ていると思います。何よりも"メジャー団体"が会社に加わったことで、挑戦できることが一気に広がったとも感じます」

ーーDDTも知名度は高いと思いますが、"メジャー団体"というブランドはそれほど違いがあるのでしょうか。

「日本のプロレス界においては、新日本プロレス・全日本プロレス・NOAHのいわゆるメジャー団体の存在は未だに大きいです。DDTは、まずそのメジャー団体の牙城を崩すところを目指しながら、オルタナティブな存在として活動していました。しかし、それだと業界のトップを目指すのには、時間が必要でした。そこに、メジャー団体であるNOAHが仲間入りしたことで、業界トップを目指す上での時間の短縮ができたと思っています」

ーーそんなメジャー団体であるNOAHの経営者になって感じる違いはありますか。

「そもそもなのですが、リングサイズが違ったんです(笑)。DDTとNOAHでの共同の道場兼試合会場のような施設も構想していたのですが、サイズが違うので無理でした...。DDTは6m、NOAHは6.2mで、6mが世界的な水準であるため、NOAHが少し大きいんです。大きくなった詳しい経緯はわかりません。また、リングのロープの張り方も少し違うため、リングの統合は意外と難しいという気づきがありました。

 また、武田有弘前社長(現サイバーファイト取締役)を見習うことも多いです。例えば、オフィスに目標が掲げられたりしているのですが、しっかりとした企業だなと思うことが多いです。DDTはそういうものはなかったです」

ーーでは経営面ではなく、NOAHと接近したことによるDDTの選手や雰囲気に変化はありましたか?

「選手の中に競争意識が芽生えていると思います。DDTといえばエンターテイメントのイメージが強いと思いますが、シリアスなプロレスもしっかりと展開しており、そのイメージも強くしたいという意識です。2000年代には、飯伏幸太やケニー・オメガのようにどちらも出来る代表的な選手がいましたし、私や男色ディーノも負けないものを持っていると自信があります。そこで、元全日本プロレスの秋山準選手に入団して頂き、DDTに"本道のプロレス"を注入して頂き、強化しています。

 現在、NOAHは日本武道館をはじめとする大会場でのビックマッチを増やしている"攻め"のフェーズである一方で、DDTはシリアスなプロレスをコツコツ磨く"守り"のフェーズです。良さを消し合うのではなく、それぞれに伸ばせる部分を高め合っている関係だと思います」

ーー名前が上がりましたが秋山準選手のDDT入団、NOAHへの武藤敬司選手の入団を同時に行なうというサプライズはいつくらいから用意していたのでしょうか。

「色々な方から入念に仕掛けたことだと思われるのですが、どちらも本当に偶然の産物なんです(笑)。秋山準選手は、『1~10までプロレスの技術を全て俺が教えたらどんなプロレスラーになるのかな...』というツイートが偶然目に止まり、ツイッターのDMを送らせて頂いたことがきっかけでした。DDTで選手を育てて頂けたらと思い送りました。それをきかっけにまずはゲストコーチに就任して頂き、全日本プロレスさんともお話をして、レンタル移籍を経て正式入団をして頂く運びになりました。

 武藤敬司選手は、WRESTLE-1が活動休止(2020年4月)になってからNOAHのリングに定期参戦されていました。そこで昨年末あたりから、正式入団して頂けないかと考えるようになりました。せっかくプロレス業界を代表する2名が入団するのならば、同時発表が出来れば大きな話題を作れると考え始めたのは、年が明けてからです。そんな偶然とタイミングが重なったおかげで、多くの方に反響を頂くサプライズな発表を行なうことができました」



秋山準選手(写真左)、武藤敬司選手(同右)が電撃同時入団

ーー業界ナンバーワンの選手が入団し、会社・団体としての業界ナンバーワンが近づいたように思いますが、いつ頃に到達する戦略でしょうか。

「3年、5年と計画を立てています。親会社(サイバーエージェント)からの期待も非常に高いです。会社として業界1位になるためには、興行収入(チケット販売)以外での売上がカギになると思っています。配信課金やさらにそれ以外の売上の柱が早急に成長すれば、いち早く1位になれると思います。日本のプロレス業界は未だに興行収入が主な収入源ですが、アメリカのWWEは放映権と配信課金がメインになっています。ただ、日本でも新型コロナの影響でオンライン売上が急成長しています。DDTは、ECの売上が10倍、配信課金も2倍に成長しました。NOAHでは、先日の武道館大会のPPV(ペイ・パー・ビュー)課金は良く売れましたし、チケットを電子化するなどのDXにも力を入れています。

 団体としてのトップ、つまり"業界の盟主"という意味では、新日本プロレスに対抗できるのはNOAHしかないと思います。2000年代は、NOAHが盟主の時代がありました。会社として売上で業界1位、団体としてはNOAHが盟主というのが目標です。一方で、DDTはプロレス界の裾野を広げるような役割もあると思いますので、今後も様々なことを仕掛けていきたいと思います」



武藤敬司(写真中央)を迎え入れ、ロゴも刷新したNOAH

ーー最後に、今後さらなるサプライズに関するヒントがありましたら教えてください。

「6月6日にさいたまスーパーアリーナにて『CyberFightFestival2021』というDDTとNOAHを含む所属4団体合同のフェスのようなプロレス大会を計画しています。それぞれの団体の提供試合や交流試合だけに留まらない、プロレスに興味がなかった人にも注目をされるような仕掛けも考えておりますので、続報にご期待ください! さいたまスーパーアリーナは、2017年にDDTがサイバーエージェント入りを決意するきっかけになった縁の会場でもあるため、絶対に成功させて、業界トップへの弾みにしたいです!」


高木三四郎(写真中央)は『CyberFightFestival2021』を

「ロックフェスのような大会にしたい」

高木 三四郎
1970年生まれ、大阪府出身。95年プロレスデビュー。06年にDDTプロレスリング社長就任。20年よりCyberFight代表取締役社長を務める。著書に『年商500万円の弱小プロレス団体が上場企業のグループ入りするまで』『俺たち文化系プロレスDDT』がある。