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名フォトグラファーが語り合うF1の今 後編

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2021年シーズンのF1は見どころ満載。日本人ドライバー角田裕毅選手の参戦やミハエル・シューマッハの息子ミックのデビュー。元世界王者のフェルナンド・アロンソの復帰も決まっている。一方で、ホンダは21年を最後にF1から撤退することが決まっている。
約30年間、F1を撮影し続けてきた世界的なF1カメラマン、熱田護氏と桜井淳雄氏の対談もいよいよ後編。注目の新人ドライバーや最終年のホンダの可能性について語り合った。



ホンダは2021年シーズンを最後にF1から撤退する。有終の美を飾れるか(熱田護=撮影)

●今シーズン最大の話題は伝説のワールドチャンピオン、ミハエル・シューマッハの息子ミックがF1デビューを果たすことです。昨年、F2で見事にチャンピオンに輝いた21歳の二世ドライバーをどう評価していますか?

熱田 ミックには正直、あまり速さを感じません。昨年のF2では1回もポールポジションを取ってないんですよね。それでもF2のチャンピオンになるのはすごいし、F1で走る才能はあると思いますが、クルマが良かったですね。今のところは、お父さんのようなキラキラした才能は感じません。

桜井 世界的に見れば、「シューマッハ」がF1に帰ってくるというのは今年一番のニュースですが、あれだけ周囲から期待されるのはちょっとかわいそうかな。熱田さんの言うように、F2の走りを見ていても、それほど光るものを感じませんでしたから。お父さんのミハエルは写真を撮っているだけで、こっちがドキドキしたからね。

熱田 ハースは大変ですよね。ドライバーの顔ぶれを一新し、ミックとニキータ・マゼピンというF2からステップアップしてきた新人ふたりを採用していますが、クルマを作る方向や指標がないわけですから、厳しいシーズンになるかもしれませんね。いくら大富豪のマゼピンがお金を持ち込んでいるとはいえ、新人ふたりというのはどうなのかなって......。

桜井 でもハースとしては昨年、ロマン・グロージャンが大クラッシュしたり、あれだけマシンを壊されてしまえば、仕方なかったんじゃないですか。ミックは話題になると思いますが、僕自身はあまり期待していません。



2021年シーズンを展望した桜井淳雄氏(左)と熱田護氏

熱田 でも、すごく好青年らしいんですよ。お父さんみたいなとげとげしいところがないみたいで、そういう意味では好感が持てますけど。

桜井 しかしF1に限らず、どんな競技でもトガったところがない選手は大成しませんよね。

熱田 ミックよりは角田選手のほうがとげとげしいし、マゼピンはもっとすごい。最近のF1では、ああいう悪役っぽい選手はいなくなってしまいましたが、僕はマゼピンのようなドライバーがいてもいいと思います。すごく面白いし、ミックとは対象的だよね。



2010〜14年にF1に参戦した小林可夢偉(桜井淳雄=撮影)

桜井 最近はメーカーの育成プログラム出身のドライバーばかりなので、ああいうワイルドなドライビングをする選手は本当に少なくなりました。でも可夢偉だってデビュー戦の2009年のブラジルGPでジェンソン・バトンを相手に何度もブロックして、レース後に「可夢偉のドライビングは危険だ」などとバトンから文句を言われていました。

 僕は可夢偉とバトンのバトルシーンを1コーナーで海外のカメラマンたちと一緒に撮影していましたが、みんな「可夢偉はすごいな、やるな」って盛り上がっていました(笑)。あれぐらいアグレッシブな走りをしてくれたら、見ているほうとしては面白い。そういう意味ではマゼピンは楽しみですね。

熱田 でもマゼピンは可夢偉のような腕がないからなぁ(笑)。F2を見ていても瞬間的には速いですが、タイヤを使いきってしまって、最後まで持たないケースが多かった。いろんな意味で今年のF1を盛り上げてくれそうなドライバーのひとりではありますが。

●元世界チャンピオンのセバスチャン・ベッテルとフェルナンド・アロンソも注目の存在です。4度の世界チャンピオンに輝いたベッテルがフェラーリからアストン・マーティンに移籍し、2度の世界タイトルを獲得した39歳のアロンソは古巣のルノーから復帰します。ふたりの元チャンピオンは勝つことができると思いますか?

桜井 ベッテルのチームメイトのランス・ストロールは去年、ポールポジションを獲得していますし、決して遅いドライバーではありません。ベッテルといえどもウカウカしてられないと思います。ベッテルが復活できるかどうかは、アストン・マーティンが提携するメルセデスの技術をどれくらい引っ張ってくることができるのか、そこに尽きます。そこはチームオーナーであるストロールのお父さんの手腕にかかっていると思います。

熱田 ベッテルはストロールよりは速いだろうけど、最終的には昨年のペレスぐらいの成績(*1勝・ドライバーズランキング4位)に落ち着くと予想しています。ベッテルはあれだけの実績があるので、クルマ作りに関しては、チームにとって彼の経験は得難いものになるはず。そのために高いお金を払ってベッテルを雇ったと思いますので、チームの成績は上向きになると見ています。

桜井 アロンソの存在は、チャンピオンシップを引っかき回してくれるひとつのポイントになると思いますね。ルノーも昨シーズンの中盤戦以降は登り調子になっているので、メルセデスと互角の勝負というわけにはいきませんが、コンストラクターズ・ランキング2位のレッドブル勢と争って、レースに波乱を巻き起こしてくれることを期待しています。

熱田 昨年末にアブダビで開催された若手ドライバーテストを取材しましたが、アロンソはトップタイムをマークしていました。メルセデスのマシンは元F1ドライバーのストフェル・ハンドーンと2019年F2チャンピオンのニック・デ・フリースがドライブしていましたが、アロンソのほうが明らかに速かった。キレッキレでしたね(笑)。全然衰えてないし、やる気がみなぎっていると思います。ただタイトルを狙えるクルマじゃないので、それを彼自身がどこまで許容して、紳士的にチームのために仕事ができるのか。そこが、アロンソが活躍できるかどうかのポイントになると思います。

桜井 結局、今シーズンもメルセデスを除いたセカンドグループが熾烈なバトルを繰り広げることになりそうですね。

熱田 そうですね。新たにメルセデスのパワーユニット(PU)を搭載するマクラーレンに加入したダニエル・リカルドも絶対に面白いですよね。リカルド対アロンソ、リカルド対フェルスタッペンのバトルはすごく楽しみ。リカルドは間違いなく現役最高のドライバーのひとりだと思います。フェルスタッペン、ルクレール、アロンソと、セカンドグループに超一流のドライバーがそろっています。メルセデスは今年も絶対に速いので、そこはひとまず置いておいて、表彰台の一角を誰がとるのか。そこが見どころのひとつですね。

●昨シーズン、ホンダのPUを搭載するレッドブルとアルファタウリの2チームで合計3勝を上げました。ラストイヤーのホンダはどれくらい活躍すると予想していますか?

桜井 もちろん最後の年だから期待していますが、ホンダだけが頑張ってもどうなるわけじゃないですからね。レッドブルがどれだけいいマシンを作ってくれるのか。これまで、フェルスタッペンの相棒はみんなコケているわけですよね。でも新加入のペレスはこれまでのガスリーやアルボンと異なり、レッドブルの育成ドライバーではありませんし、経験も豊富です。いぶし銀のペレスが、特殊なチーム、マシンの中に入ってどうなるのか、フェルスタッペンと互角の勝負ができるのか、それとも前任者たちのようにズルズルと落ちていくのか、すごく興味があります。

熱田 ホンダに関して言えば、昨年は3勝しかできなかった、もっと勝てたかもしれないという見方もできます。しかし各レースを細かく見ていけば、メルセデスにどうやっても追いつけるようなクルマではなかった。ホンダの田辺(豊治)テクニカルディレクターがよく言うように「パッケージとしてメルセデスに劣っていた」ということだと思います。

 ただPU単体に関しては、まだメルセデスに後れをとっていますが、追いついてきているイメージがあります。実際ホンダの人に話を聞いていても、かなり追いついてきている、と。今年に関しては同等、もしくは追い抜くところまで行きたいとホンダの皆さんは話しているので期待しています。

●最後に今年、どんな写真を撮ってみたいですか?

桜井 僕はどのサーキットでもいいので、スタンドがお客さんでいっぱいになったレースを撮影したいですね。世界の新型コロナの感染状況を見ていると、今年も難しいかもしれませんが......。

熱田 鈴鹿サーキットでの日本GP(10月8〜10日)はぜひ撮りたいし、開催してほしい。日本GPが開催されなくて、いつの間にかホンダが撤退というのは、あまりに寂しすぎます。角田選手がアルファタウリで鈴鹿を走っているところも撮りたいですね。そこでガスリーよりも前を走っていたら最高ですね。

桜井 現時点では実際に何戦行けるのかわかりませんが、できるだけ多くのレースを現場で取材したい。今シーズンはラストイヤーのホンダや角田選手だけでなく、マクラーレン、アルピーヌ、フェラーリ、アストン・マーティン、ハースなど、ドライバーの顔ぶれがシャッフルされて、本当に興味深いシーズンになりそうです。勢力図が見えてくる開幕戦のバーレーンが本当に楽しみです!

(終わり)

【profile】 

熱田護

 あつた・まもる 
1963年、三重県鈴鹿市生まれ。二輪の世界GPを転戦した後、91年よりフリーカメラマンとしてF1の撮影を開始し、2019年のベルギーGPでF1取材が500戦を達成した。19年末に刊行した写真集『500GP フォーミュラ1の記憶』(インプレス)は好評で、完売間近。


桜井淳雄

 さくらい・あつお 
1968年、三重県津市生まれ。91年の日本GPよりF1の撮影を開始。これまでに400戦以上を取材。F1やフェラーリの公式フォトグラファーも務める。新型コロナの影響もあり、20年は現場での撮影を断念したが、今シーズンは開幕前のテストを含めて全レースを取材する予定。