名フォトグラファーが語り合うF1の今 中編F1の2021年シーズンは3月28日のバーレーングランプリ(GP)で開幕し、12月の最終戦アブダビGPまで全23戦が予定されている。日本人ドライバーの角田裕毅選手や「史上最強のドライバー」のミハエル…

名フォトグラファーが語り合うF1の今 中編

F1の2021年シーズンは3月28日のバーレーングランプリ(GP)で開幕し、12月の最終戦アブダビGPまで全23戦が予定されている。日本人ドライバーの角田裕毅選手や「史上最強のドライバー」のミハエル・シューマッハの息子ミックのデビューなど見どころは満載だ。
今回、キャリア約30年の世界的なF1フォトグラファー、熱田護氏と桜井淳雄氏のふたりの対談を実施。2020年シーズンの印象を振り返った前編に続き、中編では、7年ぶりの日本人の参戦となる角田選手についてたっぷり語ってもらった。



2021年、F1に参戦する角田裕毅(熱田護=撮影)

●2021年はホンダにとってF1活動終了前の最後のシーズンとなりますが、ホンダとレッドブルの育成ドライバーである角田裕毅選手がアルファタウリからデビューすることが決まりました。角田選手は昨シーズンのF2選手権で3勝し、ランキング3位になっています。小林可夢偉選手以来、7年ぶりに誕生した日本人ドライバーに対する期待は?

桜井 ホンダが撤退をあと1年前倒ししていれば、角田選手はF1に乗ることはなかったと思います。ちょうど自分がステップアップする時期と、ホンダが撤退するタイミングがうまく重なったわけですから、角田選手が運を持っている証拠です。

 今シーズンに関してはシンプルだと思います。ホンダが去った後、自分ひとりの力でF1の世界を泳いでいくための結果を出すしかない。海外の競技では、大半の日本人選手は「お金持ってくるお客さん」としか思われていない現実がありました。角田選手にはスポンサーがなくても戦っていける、頼もしい存在になってほしいですね。

熱田 これまでの日本人ドライバーの中では、可夢偉がお金やスポンサーの力ではなく、実力を評価されてF1に乗ったドライバーです。そしてホンダがF1を去ろうとしている今、腕でF1に乗れる可能性を持った日本人ドライバーが誕生したのは本当に奇跡に近いことだと思います。奇跡に近いと言いましたが、角田選手はF2で優勝してランキング3位に入り、ちゃんとスーパーライセンスを取得し、周りから評価されてF1のシートをつかみ取りました。それはもちろん実力がないとできないことです。

 まずはチームメイトのピエール・ガスリーをやっつけてほしいですね。もちろん、そんな簡単なことではありませんが、シーズン中盤戦以降は予選でも決勝でもガスリーの前を走るようなレースをしないと、その先はないと思います。角田選手にとっては一年一年が勝負です。2年目にガスリーを抜けばいいや、ということではなく、今年ですね。あのふてぶてしさといい、自信といい、僕はすごく期待しています。



角田裕毅への期待を語った桜井淳雄氏(左)と熱田護氏

桜井 チームメイトに負けないことがとにかく大事ですが、シーズン中盤からというのではなく、前半戦から全開で行ってほしい。ミハエル・シューマッハもそうでしたが、速い選手は最初から速い。それぐらいじゃないと生き残っていけない。下のF2にはいいドライバーがいっぱいいて、どんどん出てきますから。前半戦は様子を見て、という感じでやっていると、そのままシーズンが終わってしまう可能性もあります。

熱田 確かにシューマッハやジャック・ビルヌーブはデビュー直後にいきなり結果を出しましたが、現代は本番前に何度もテストできる状況ではありません。時代が変わっています。もちろんパッと乗って結果を出さないと先はないと思いますが、角田選手はF1マシンのテストを3回しかできていません。昨年末の時点では、まだステアリングの操作ボタンが完璧にわかってないとも話していました。パワーユニット(PU)の馬力、ブレーキ、タイヤもF2とは全然違います。対応するのにそんなに時間はかからないと思いますが、限られた時間の中で本番を迎えることになります。

 最初のうちはあまり焦らず、ガスリーにちょっとは負けてもいいので、しっかりと学習する。そして中盤戦以降は互角以上の走りをして、シーズン終盤の日本グランプリ(GP)ではぶっちぎりでガスリーに勝つぐらいのパフォーマンスを見せてほしい。よくチームメイトが文句を言うじゃないですか。「あっちのほうにいいパーツがいっている」って。そんなことをガスリーに言わせるぐらい、追い詰めてほしい。あの才能があればできると思います。

●具体的に、角田選手のどのあたりに才能を感じるのですか?

熱田 角田選手のことはF3から見ていますが、まずはタイヤの使い方が抜群にうまい。F2でも参戦1年目にも関わらず、特殊なピレリタイヤにアジャストして、ちゃんと競り合いをして、勝つところまでもっていきますからね。これまでたくさんの日本人ドライバーがヨーロッパに来ましたけど、あんな走りができるドライバーはいなかったですよね。

桜井 適応能力はありますし、競り合いがうまい。後ろからでもしっかりと追い抜いて順位を上げてきます。それができる日本人選手はなかなかいません。

熱田 今までの日本人では間違いなく一番だと思います。F2のバーレーンのレースでは後ろから抜いて勝つところを見ましたが、フェラーリのシャルル・ルクレールを彷彿とさせました。ルクレールもF2時代は後ろからバンバン抜いて優勝するシーンを何度も見ました。「コイツだけ別のタイヤを使っているんじゃないのか」とルクレールも言われていましたが、そんな圧巻の走りでした。

●角田選手がダメだったら当分、日本人のF1ドライバーは誕生しないとも言われています。

熱田 そう思います。でも昨シーズンのフランスF4選手権でチャンピオンになった岩佐歩夢選手がレッドブルの育成ドライバーになり、今年はFIA-F3とF3アジアに参戦することになりました。19歳の岩佐選手も角田選手と同様に1年目で結果を出さないと、その先はないですから。世界で戦える日本人ドライバーが誕生するか否かという意味では、今年は重要なシーズンになると思います。

桜井 普通に走って「ちょっと速い」のでは意味がないんですよね。ハミルトンのように、もう圧倒的に速くないと。ヨーロッパのレースで日本人が戦うためには、普通以上のものを持っていないとなかなか受け入れてくれない。そうじゃないと、お金を持って来いってなってしまう。

熱田 昔と違って、お金を持っていけないからね(苦笑)。

桜井 可夢偉もそうだったけど、ふてぶてしくないと海外ではやっていけないし、生き残れない。これまでもヨーロッパのGP2やF2などに若い日本人ドライバーが何人も来ましたが、みんなたしかに速いんですよ。でも、ヨーロッパのレース中の競り合いは、破茶滅茶ですから(笑)。少しでも隙があれば、ぶつかってでも追い抜きを仕掛けてくる。日本の感覚で走っていても勝てません。そういう中で適応できたのが可夢偉で、角田選手にもそうなってほしい。



2020年サクヒールGPを制したセルジオ・ペレス。21年はレッドブル・ホンダから参戦する(熱田護=撮影)

●今年から新たにセルジオ・ペレスが加入したレッドブルは、7年連続でコンストラクターズタイトルを獲得しているメルセデスと互角の勝負ができると考えていますか?

桜井 ペレスは第16戦のサクヒールGPで逆転優勝し、レッドブルのシートも決めました。ペレスはチャンスをつかむのが本当にうまい。上位勢に波乱が起きるレース展開になると、必ず表彰台に上がれるところにいます。そういうところにいる実力があるから勝てるんですよね。それにタイヤのマネジメントも上手ですし、ザウバー時代には可夢偉を上回る成績を残していましたからね。

熱田 ペレスが昨年速かったのは、レーシングポイントのマシンがよかったというのも大きいと思います。あのマシンにフェルスタッペンが乗っていたら、もっとガンガン勝っていたんじゃないかと思うくらいです。ペレスは速いですが、フェルスタッペンやルクレール・クラスのドライバーではなく、ガスリーやアルボンとあまり変わらないのかなって......。

桜井 いずれにせよレッドブルがチャンピオン争いに加わるためには、これまでのようにフェルスタッペンだけが上位に食い込むのではダメ。チームメイトのペレスも同時に上位に来ないと、タイトル争いはできません。メルセデスはボッタスとハミルトンのふたりが頑張っているので、コンストラクターのタイトルが取れるし、ハミルトンもチャンピオンになれるんです。ふたりのドライバーが戦えるクルマになっていないと、メルセデスと勝負するのは難しいと思います。

熱田 今年はレギュレーションが大きく変わっていないこともありますし、昨シーズンのメルセデスとレッドブルの差を見てしまうと、メルセデスとコンスタントに勝負できるとはとても思えません。コースによっては接近していたところもありますが、それ以外は一周回って帰ってくると、大きな差がついてしまっています。テレビで見るとあまり差がついていないように感じますが、現場で見ると、ものすごいギャップですからね。

桜井 1周目で1秒以上違うサーキットもありますからね。

熱田 フェルスタッペンは必死に3位を走っていますが、メルセデスの2台にまったく追いついていけない。それぐらいパッケージとしての差がついています。そのギャップを埋めるためには、技術的なブレークスルーとか、とんでもない裏技のようなものを見つけない限り、難しいと思います。冷静に見ると、チャンピオン争いをするのはかなり難しいと言わざるを得ません。しかし可能性はゼロではないので、レッドブルがいいパッケージを仕上げてくることを期待しています。

(後編につづく)

【profile】 

熱田 護

 あつた・まもる 
1963年、三重県鈴鹿市生まれ。二輪の世界GPを転戦した後、91年よりフリーカメラマンとしてF1の撮影を開始し、2019年のベルギーGPでF1取材が500戦を達成した。19年末に刊行した写真集『500GP フォーミュラ1の記憶』(インプレス)は好評で、完売間近。


桜井淳雄

 さくらい・あつお
1968年、三重県津市生まれ。91年の日本GPよりF1の撮影を開始。これまでに400戦以上を取材。F1やフェラーリの公式フォトグラファーも務める。新型コロナの影響もあり、20年は現場での撮影を断念したが、今シーズンは開幕前のテストを含めて全レースを取材する予定。