名フォトグラファーが語り合うF1の今 前編2021年シーズンのF1は見どころが多いシーズンになりそうだ。3月28日のバーレーングランプリ(GP)を皮切りに、12月に開催される最終戦のアブダビGPまで全23戦が予定されているが、日本人ドライバ…

名フォトグラファーが語り合うF1の今 前編

2021年シーズンのF1は見どころが多いシーズンになりそうだ。3月28日のバーレーングランプリ(GP)を皮切りに、12月に開催される最終戦のアブダビGPまで全23戦が予定されているが、日本人ドライバーの角田裕毅や史上最強のドライバーとうたわれたミハエル・シューマッハの息子ミックのデビューに加え、元世界王者のフェルナンド・アロンソの復帰も決まっている。
今回、約30年にわたって撮影を続けてきた世界的なF1フォトグラファー、熱田護氏と桜井淳雄氏のふたりに昨シーズンの印象と今シーズンの見どころを聞いた。



コロナ禍で行なわれた2020年のF1。マスクをして話すジョージ・ラッセル(左)とシャルル・ルクレール(熱田護=撮影)

●2021年のF1も新型コロナウイルスの影響を受けています。当初、開幕戦に予定されていたオーストラリアや第4戦の中国GPは延期が決定していますが、今シーズンは何戦ぐらい取材に出かける予定ですか?

桜井 僕は結局、昨シーズンは一度も現場で取材できませんでしたが、今年はバーレーンで行なわれる開幕前のテスト(3月12〜14日)を含めて、全戦取材するつもりです。すでに23戦分のホテルは押さえています。でも全戦取材できるかどうかは、新型コロナの状況次第ですね。感染の拡大がこのまま続ければ、昨季同様にヨーロッパと中東の開催が中心になるのかなと覚悟しています。

熱田 僕は去年、イタリアのイモラで開催された第13戦エミリア・ロマーニャGPと中東のバーレーンのアブダビで行なわれた終盤の3戦、合計4戦を何とか現地で取材できました。今年は全戦に行きたいですが、桜井さんの言うように、そもそもスケジュールどおりに23戦を開催するのは難しいかもしれません。



2020年のF1を振り返る桜井淳雄氏(左)と熱田護

●今シーズンについて話を聞く前に、昨年12月中旬まで行なわれた2020年シーズンで一番印象に残っていることは何でしたか?

桜井 やっぱりコロナ禍でもしっかり17戦のイベントが開催されたことです。シーズン中、ドライバー20人のうち3人が感染(*ルイス・ハミルトン、セルジオ・ペレス、ランス・ストロール)しましたが、F1はチームのスタッフ、メディア関係者、主催者などを含めると、すごい数の人間が関わっています。あれだけの大所帯でクラスターを出すことなく、世界各国に移動してレースができたのはすごいことだと思います。

 ただ観客がいないのはやっぱり寂しかったですね。観客の興奮や熱気というのはF1の醍醐味のひとつです。それがないF1を撮影しても面白くないので、僕は取材に行くのを断念しました。テレビで見るF1も悪くなかったですが、サーキットで生のレースを見るのが一番だと思いました。どんなスポーツでも言えることかもしれませんが、現場に優るものはないとあらためて感じました。



2020年シーズン、自身7度目となるチャンピオンを獲得したルイス・ハミルトン。写真は第15戦バーレーンGPにて(熱田護=撮影)

熱田 僕は無観客でも、どんな形であってもF1を撮影したい、記録したいと思っていました。シーズン前半はテレビで見ながら、F1を主催する国際自動車連盟(FIA)の担当者にいつ現場に行けるのかと連絡をしていたのですが、返事が来なかったり、「ちょっと待ってください」という対応でした。それでも10月の第10戦アイフェルGPの前に年間パスを所有する全フォトグラファーに対して、今後のレースは取材制限を緩めてメディアの人数を増やすという連絡が来ました。それでイモラでの第13戦の取材を申請し、飛行機やホテルの手配をしたのですが、出発のぎりぎりまでOKの連絡が来なくて、本当にヒヤヒヤしましたね。

 いざ取材の許可が出ても、イタリアに入国するには日本と同様に2週間の自主隔離が必要で、それを免除するためにイタリアの保健相に特別の許可を取らなければならない。書類を準備したり、日本でPCR検査を受けたり、やることが山ほどありました。イタリアから日本に帰る時も飛行機の便が突然キャンセルされたり......。そういう苦労話をすると1時間ぐらいかかります(笑)。サーキットに入るまでは本当に大変でしたが、いったん現地へ行くと、お客さんがいないのでまったく混まない。そういう意味では、取材は楽でしたね(笑)。

●2020年シーズンはハミルトンが17戦中11勝で圧倒的な強さを発揮して、シューマッハに並ぶ通算7度目のチャンピオンに輝きました。今年もタイトル争いの本命だと思いますが、ハミルトンの活躍はどう見ましたか?

桜井 ハミルトンは速さ、強さ、運のすべてを持ち合わせています。F1にステップアップしてくるドライバーは、速さは皆ほとんど変わらないと思うんです。実際、ウイリアムズでいつも後方を走っているジョージ・ラッセルが、新型コロナに感染して欠場したハミルトンの代役として第16戦サクヒールGPに出場して、いきなり優勝争いをするんですから。

 でも最後のツキをつかめるかどうか。そこがチャンピオンの器なのかどうかの大きな分かれ目になると思います。ハミルトンは第4戦のイギリスGPで最終ラップにタイヤがバーストしましたが、それでも勝ってしまう。速さだけでなく、タイトルを獲得するだけの強運も持っているんですよね。

熱田 ハミルトンが強運だというのは同意しますが、代役のラッセルが乗っても速いということを証明してしまった。ハミルトンじゃなくても勝てるって。そういう意味では"持っていない"かな(笑)。

桜井 ちょっとスキがあったかもしれないですね(笑)。

熱田 僕はラッセルが現役の20人のF1ドライバーの中でもトップクラスの速さがあり、フェラーリのシャルル・ルクレールやレッドブルのマックス・フェルスタッペンに並ぶ才能の持ち主だと思います。個人的には、ハミルトンは今年が最後のシーズンになるんじゃないかと感じています。今年ナイトの爵位が授与されたことですし、ミハエル・シューマッハを抜いて史上最多8度目のタイトルを獲得して、名実ともに史上最高のドライバーになって引退。その後をラッセルが引き継ぐというのが美しいストーリーだと思うんですけどね。

桜井 ハミルトンのチームメイトのバルテリ・ボッタスも速いんだけど、レースになると、ダメになってしまう。勝つために必要なのは単純な速さだけじゃないんですよね。ボッタスは競り合いをしても、1回抜かれてしまったら追い返せません。優しいんだよね。日本人っぽいのかな(笑)。

熱田 でも今のハミルトンの強さは圧倒的ですよね。7度目のチャンピオンを決めた昨年のトルコGPでも、ウェットからドライに変わっていく難しい路面状況の中、溝がすっかりなくなったインターミディエイトタイヤをしっかりマネジメントして、最後まで走り切って優勝してしまった。あんなレースを見せられたら、もう誰も追いつけないと思いました。2021年もチャンピオン争いの中心になるのはハミルトンとメルセデス。そこは絶対に揺るがないですよ。

●ハミルトンとメルセデス以外に印象に残ったドライバーやチームはありますか?

熱田 レッドブル・ホンダのアレクサンダー・アルボンの不振ですよね。もう少し行けると予想していたのですが、ランキング7位の結果に終わってしまった。レッドブルはピエール・ガスリー(現アルファタウリ)、そしてアルボンが乗っても結果を出せず、今年からは新たにセルジオ・ペレスが加入します。それでどうなるのかが楽しみですよね。

桜井 フェラーリとセバスチャン・ベッテルの低迷は印象に残っています。ベッテルとルクレールの間にあれだけの大差がついてしまったのは、レッドブルのフェルスタッペンと同様に、ルクレールのドライビングが特殊だからだと思います。フェルスタッペンとルクレールに共通しているのは、F1マシンをまるでゴーカートのように操れること。それだけふたりのマシンコントロールの能力はズバ抜けていますので、素性の悪いマシンでもそれなりに乗りこなしてしまうんですよね。

 あとフェラーリに関しては、おととしの終盤のことですが、メカニックが「何でうちのマシンが速くなっているのかわからない」と話していたのが印象的でした。

熱田 そういえば2019年シーズンの後半に入って、第13戦のベルギーGPと第14戦のイタリアGPで勝ちましたよね。

桜井 第15戦のシンガポールでも優勝し、後半戦3連勝。急に速くなったじゃないですか。でも現場の人間は、速くなった理由がわからないと言っていました。そのあとでフェラーリがパワーユニット(PU)に関してレギュレーション違反をしていると報道があって、「ああ、そういうことなんだ」って納得しました。結局、上層部とトップのエンジニアしか、速くなった理由を知らなかったんですよね。正直言って、現在の複雑なPUのレギュレーションのもとではフェラーリのような小さなクラフトメーカーが、メルセデスやホンダ、ルノーのような巨大な自動車メーカーと勝負するのは厳しいのかもしれないと感じます。

熱田 じゃあ、今年もダメだと(笑)。

桜井 どうかな(笑)。でも、トップを変えるぐらいの大胆な改革をしないと難しいかもしれません。もともとマッティア・ビノット代表は技術者で、チームリーダーには向いていないと思います。

熱田 フェラーリが優勝争いに加わってくれないと、やっぱり盛り上がらないですよね。メルセデスとレッドブルともう1チーム、フェラーリでもマクラーレンでもルノーから名称変更したアルピーヌでもいいので、優勝争いに絡んでほしい。どこが勝つかわからないレースじゃないと面白くないですから。

(中編につづく)

【profile】 

熱田護

 あつた・まもる 
1963年、三重県鈴鹿市生まれ。二輪の世界GPを転戦した後、91年よりフリーカメラマンとしてF1の撮影を開始し、2019年のベルギーGPでF1取材が500戦を達成した。19年末に刊行した写真集『500GP フォーミュラ1の記憶』(インプレス)は好評で、完売間近。


桜井淳雄

 さくらい・あつお 
1968年、三重県津市生まれ。91年の日本GPよりF1の撮影を開始。これまでに400戦以上を取材。F1やフェラーリの公式フォトグラファーも務める。新型コロナの影響もあり、20年は現場での撮影を断念したが、今シーズンは開幕前のテストを含めて全レースを取材する予定。