14日に東洋太平洋タイトル戦、栗原慶太が3月半取り組んだ試みとは ボクシングの東洋太平洋バンタム級タイトルマッチが14日に後楽園ホールで行われる。元WBC世界同級暫定王者・井上拓真(大橋)の挑戦を受けるのは栗原慶太(一力)。27歳の王者は試…

14日に東洋太平洋タイトル戦、栗原慶太が3月半取り組んだ試みとは

 ボクシングの東洋太平洋バンタム級タイトルマッチが14日に後楽園ホールで行われる。元WBC世界同級暫定王者・井上拓真(大橋)の挑戦を受けるのは栗原慶太(一力)。27歳の王者は試合へ向け、およそ100日、3か月半にわたる新たな取り組みを実施していた。ストレングス&コンディショニング(S&C)コーチ・佐々木優一氏と「データによるコンディション管理」で強化に着手。異例の試みで防衛を目指す。

 きっかけは10月のこと。データ管理によるパフォーマンス向上に興味を持っていた栗原は知人を介し、株式会社「ユーフォリア」でスポーツサイエンティストを務める佐々木氏と出会い、今回のプロジェクトをスタート。週1~3回ペースでのウエイトトレーニングと測定、陸上競技場で行うコンディショニングセッション(月2回)、それ以外はWEBソフトウェア「ONE TAP SPORTS」を使ったモニタリングやオンラインでコーチングを受けた。

アスレチックトレーナーは選手の怪我を治すことを目的とするのに対し、S&Cコーチは選手の身体作りが目的となり、専門性の高い知識を持つ佐々木氏から、手ほどきを受けた。

 トレーニングは栗原が抱えている怪我を治しながらフィジカル強化をするというテーマをもって着手。「痛みや怪我を気にすることなく練習、準備に集中したい」という栗原の思いがあった。「BOC-ATC」という資格を持ち、もともとスポーツ医療従事者だった佐々木氏は、スポーツ医療の観点で何が問題なのかを理解した上でフィジカルを鍛え上げるためにどうすべきかを模索した。

「栗原選手のように高いレベルにあるアスリートの場合、身体のどこかしらに慢性的に痛みがあるなどの故障を抱えているケースはよく見られます。10段階中5あった痛みが2~3まで減らせると、それだけでパフォーマンスは上がります。従って、怪我をしない身体作りというものは非常に大事なのです」と佐々木氏。強化のポイントは4点に絞った。

「必要な力を必要な分だけ必要な時に出せるようにする」「体を動かしながら安定させる、つまり可動性と安定性のコントロール」「下半身の筋力とバネの強化」「ストップ&ゴー(減速・加速)がいつでもできるようにする」というもの。3か月半という短い準備期間を有意義に過ごすため、これらを一度にできるエクササイズの選定と進度調整のピリオダイゼーションを作り、トレーニング負荷を見ながら修正、調整を行ったという。こうして新型コロナ禍という難しい状況で強化を図ってきた。

オンライン指導をスムーズに可能にした「ONE TAP SPORTS」の効果

 オンラインによる指導をスムーズにしたものが、前述の「ONE TAP SPORTS」だ。コンディション機能・インジュリー機能などで構成され、試合や練習を通じて得られる行動データに加え、食事メニュー、怪我の状態などを組み合わせて分析を行い、指導者が選手へ適切な指導、アドバイスを行うようにするもの。アスリートのコンディションなど、さまざまな情報を「見える化」し、ラグビーをはじめ、日本代表で26競技、プロチームを中心に国内外で71競技、1700チーム以上に導入されている。

 栗原が日々のコンディションを「ONE TAP SPORTS」に入力。そのデータを佐々木氏がモニタリングし、コンディションと照らし合わせて毎日の練習量と次回のトレーニング負荷量を管理した。栗原自身も「『ONE TAP SPORTS』を使うことで疲労や成長がデータとして見え、とても分かりやすく、コーチから説明してもられることでより安心して試合に臨めている」という。

「記録やデータは基本的に嘘をつかない」という佐々木氏は「データが一元管理され、見たい項目が一瞬で表示されることも非常にありがたい。昔だったらS&Cコーチは“エクセルの達人”ともてはやされるほど、データ収集・集計・編集を駆使していましたが、本来S&Cコーチの仕事はエクセルを扱うことではなく“コーチング”なので、それに集中できる時間が増やせることは大きなメリットです」と強調。「今回のコーチングを通じて、選手たちが日々積み重ねてきたこと、つまり彼らの『努力の数値化』が非常に大事だということを再認識しました」と言い、取り組みを振り返る。

「栗原選手の場合、ヘキサバー・デッドリフトという種目で10月のコーチング開始当初105kgを挙げていましたが、12月には130kgまで記録を伸ばしました。垂直跳びのような動作を行うカウンタームーブメントジャンプ(CMJ)という種目では46~49cmだった記録が、年末には最高55cmに到達。トップアスリートとはいえ、自分に疑念を抱くこともありますが、そういう時、今まで自分がやってきたことや変化がグラフなどで可視化されてパッと見られるのは非常に大事で自信にもつながります。選手とコーチがデータを見ながら会話することができ、説明の助けにもなり目標も立てやすいです。

 また、データが一つのデータベースにあるので安全という見方もできます。今まであれば、S&Cコーチやアスレチックトレーナーが選手の個人情報を自身のUSBやラップトップで持ち歩くことも珍しくありませんでした。特に私の場合、選手個人の医療データを預かることが多いため、このような情報の取り扱いには非常に気をつけなければなりません。また以前のようにデータを管理するS&Cコーチやアスレチックトレーナーが替わっても、データを1から取り直す必要もありません。『ONE TAP SPORTS』で管理されていれば、誰が抜けてもデータにアクセスすることが可能です」

成長を実感する栗原「過去最高の仕上がり、何ラウンドだろうと倒して勝てる」

 防衛戦のリングへ向け、二人三脚で励んできた3か月半。栗原は「今まではそれほどアップに時間をかけていなかったけど、アップで肩甲骨の安定性を高めた上で練習に入ると怪我もしづらく感覚も良く練習ができるようになった」と成長を実感。これまでもウエイトトレーニングに取り組んでいたが、短期間で使用する重量が増す、ジャンプ力が増すなど変化を感じている。

 佐々木氏も栗原の様々な成長を見て取る。栗原について「とても謙虚で礼儀正しく、常に学ぶ姿勢を崩さないという彼の人間性も注目するべき所だと思います。そして、しっかりと自分の考えを伝えてくれる人でもあります。私自身、これまで様々なアスリートをサポートしてきましたが、やはり彼のように人間的にも素晴らしいアスリートに出会うと、仕事への意欲が掻き立てられます」と敬意を払い、変化を証言する。

「徐々に焦りがなくなってきたと感じています。久しぶりの試合、かつ相手は元暫定世界王者であり、あの井上尚弥選手の弟、拓真選手です。防衛戦の相手として不足はない分、おそらく無意識のうちに必要以上のプレッシャーがかかっていると思います。その焦りがウエイトトレーニング中にも出ている時は、こまめに『焦らなくていい』『慌てる必要はない』『(バランスを崩した時などに)失敗から学んでどうすればいいかを考えればいい』という言葉をかけていました。

 ウエイトトレーニングの利点は失敗をしても大抵の場合は怪我をしないことです。バランスを崩しても誰もパンチを打ってきませんから自由に挑戦し、失敗し、小さな成功体験を得られる恰好のトレーニングです。そのような自分に集中して向き合えるトレーニングは、アスリートの身体的な準備だけでなく『自信』を養うためには不可欠です。栗原選手とのトレーニングにおいても、ボディランゲージや表情などを通して、彼の自信の高まりが感じられたのは、試合に向けて非常に大きな成果だと思います」

 スポーツ科学の進化が著しい今、最先端のコンディション管理で14日に行われる防衛戦に臨む栗原。「相手は総合力が高い選手ですが、僕のストロングポイントであるパンチ力をより強化できたと思うので、何ラウンドだろうと倒して勝てると思います。心・技・体すべてが過去最高の仕上がりなので楽しみにしてください」と意気込んでいる。(THE ANSWER編集部)