ツアー本格参戦1年目の2019年、渋野日向子選手は海外メジャーのAIG全英女子オープンを制し、国内でも4勝を挙げて一躍女子ゴルフ界のヒロインとなりました。しかし2020年、国内開幕戦で予選落ちを喫し、ディフェンディングチャンピオンとして臨…

 ツアー本格参戦1年目の2019年、渋野日向子選手は海外メジャーのAIG全英女子オープンを制し、国内でも4勝を挙げて一躍女子ゴルフ界のヒロインとなりました。しかし2020年、国内開幕戦で予選落ちを喫し、ディフェンディングチャンピオンとして臨んだAIG女子オープン(全英女子オープン)でも予選落ち。シーズン序盤は厳しい状況にありました。

 新型コロナウイルスの感染拡大によって、昨年はおよそ3カ月遅れでツアーが開幕。その開幕戦となるアース・モンダミンカップでは、課題となるショートゲームへの不安が見て取れました。

 そもそも渋野選手は、アドレスにおけるハンドダウンが強いタイプ。クラブの入り方を見ると、手首が柔らかく使えていない印象がありました。それゆえ、高い球を打つ際にはどう対応するのか注視していたのですが、やはりロブショットでは、イメージどおりに打てなかったり、まったくカップに寄せられなかったり、といったシーンが見られました。

 そうなると、長い距離のパットが残ってしまって、なかなか決め切れない。そのうち、持ち味となる思い切りのいいパッティングが影を潜め、ショットにも微妙な影響を与えるといった悪循環に陥ってしまったように思います。

 そのため、連覇を目指す全英女子オープンに向けても、ショートゲームが不安材料となりました。優勝した一昨年のコースとは違って、昨年の舞台はリンクスコースでしたから、その不安は一層募りましたね。

 実際、初体験となるその舞台で、渋野選手は苦戦を強いられました。リンクスコース特有の強風にも、かなり苦労させられたと思います。渋野選手自身、経験したことのない舞台設定に面食らっていたのではないでしょうか。

 渋野選手としてみれば、前回覇者としてのプレッシャーなどを感じる余裕もなく、ショートゲームに限らず、すべてがうまくいかない感覚にあったように思います。オフの間、「こんなに練習やトレーニングをやってきたのに......」という思いも膨らんでいたかもしれません。

 6位という結果を残した上田桃子選手は、過去にリンクスコースを何度も経験していて、そこでのプレーを想定した練習を重ねてきました。リンクスコースで初めてプレーする渋野選手に、同様の結果を求めるのは酷なことだと思います。

 また、2020年のシーズン前、渋野選手はそのオフの間に肉体改造を断行。ショットのバリエーションを増えやすことにも力を注いできました。しかし、結果が出ないことによって、「どうしてスイングを変えたのか」といった批判の声が上がり始めることに......。

 渋野選手本人は、そうした批判記事などを目にすることはなかったでしょうが、ネガティブな声は自然と耳に入ってくるもの。気にしないようにしていても、つらい立場にあったと思います。



2021年もより一層の活躍が期待される渋野日向子

 それでも、全英女子オープンのあとに挑んだアメリカツアーで、渋野選手は徐々に自信を取り戻していきます。4試合に出場してすべて予選を突破。それは、彼女も語っているとおり、気持ちの変化が大きかったと思います。

 アメリカツアーに参戦して、自分よりうまい選手たちを目の当たりにし、「(世界には)すごい選手がいっぱいいるんだな」ということを、あらためて気づかされた。そこで、メジャーチャンピオンとしてのプライドというか、女王として「こうでなきゃいけない」という気持ちを捨てられたのではないでしょうか。

 そして、「もはや、そんなことを言っている場合じゃない」「もう一度、チャレンジャーとして、がんばろう」――そう思ったら、前向きになれた。それまでは、「あ~、ダメだ」「今やっていることが間違っているんじゃないか」という思いもあったかもしれませんが、世界最高峰のツアーで戦って、いろいろなことが吹っ切れたんだと思います。

 その後は、日本ツアーでも上位に顔を出すようになって、全米女子オープンでは最終日をトップで迎えました。最終的には4位という成績に終わりましたが、海外メジャー2勝目まで、あと一歩というところまで復調しました。

 ショットなどの技術的なもの、すなわちゴルフ自体が、短期間でガラッと変わることはありません。大きかったのは、やはり気持ちの変化。その切り替えができたこと。加えて、アメリカツアーを戦うなかで経験し、吸収したものを自らの糧とし、その後のゴルフに生かしてきた。そうした、一つひとつの積み重ねが、自信を取り戻す要素になったのではないでしょうか。

 今後の海外メジャーでの可能性? もちろんチャンスはあると思います。

 そのためには、飛距離を伸ばすことも重要。ショートゲームなど、いろいろな技術をさらに身につけることも大事になると思います。ただ、飛距離だけを見て、自分を見失うことがないようにしてほしい。いいところを伸ばすことも大切です。

 他にポイントとなるのは、「過程がどうであれ、最終日にいい結果を出さなければ意味がない」と渋野選手も言っていたように、最終日にどんなプレーができるか。優勝を争うギリギリの戦いのなかで、どれだけ集中力を高められるか。特に韓国人選手はそのあたりがすばらしい。

 技術的に大切なこともいろいろあると思いますが、最終日の上がりで、どれだけ強気になれるか、どれだけ集中できるか。そこが、メジャー制覇へのカギになると思います。

 課題のショートゲームにおいては、ボールを上げるアプローチが向上するといいでしょうね。渋野選手はアドレス時に手首をロックさせている感じなので、もう少し手首を柔らかく使えるといいかな、と思ったりはします。

 とはいえ、渋野選手はツアーに出場して、わずか2年。まだまだこれからの選手で、楽しみしかありません。

 当然、東京五輪も注目です。日本のコースが舞台ですから、金メダルのチャンスも十分にあると思います。

 そうした期待が重荷にならなければいいなと思うのですが、これまでも奇跡的なことを何度も起こして、バウンスバック率が高いといったプレースタイルからしても、渋野選手には「何かやってくれるんじゃないか」という期待が膨らんでしまいます。ゆえに、多くのファンが注目し、期待するのも仕方がありません。

 できることなら、渋野選手にはそれをプラスに捉えて、自らの力に変えてほしい。彼女なら、それができると思いますし、それができれば、ますますチャンスが広がります。

 個人的には、周囲の声など気にせず、渋野選手には好きなようにプレーしてほしいと思っています。今後のメジャー大会にしても、東京五輪にしても、期待するのは自分の心の中だけにして、「静かに見守ってあげたい」という気持ちのほうが強いです。