2020年の大晦日、WBO世界スーパーフライ級王者・井岡一翔(Ambitionジム)が、挑戦者・田中恒成(畑中ジム)との防衛戦で見せた隙のないボクシングはあまりにも見事だった。  下馬評は「ほぼ互角」だったが、3階級制覇王者の田中か…

 2020年の大晦日、WBO世界スーパーフライ級王者・井岡一翔(Ambitionジム)が、挑戦者・田中恒成(畑中ジム)との防衛戦で見せた隙のないボクシングはあまりにも見事だった。

 下馬評は「ほぼ互角」だったが、3階級制覇王者の田中から2度のダウンを奪って完璧な8回TKO勝ち。試合前に「格の違いを見せつける」と語ったとおりの圧勝劇は、31歳になった4階級制覇王者にとって、キャリアのベストパフォーマンスと言えるかもしれない。



2020年の大晦日に田中恒成(下)を下し、PFPランキング10位に入った井岡一翔(上)

 例年、年末は世界的に"興行枯れ"になり、ボクシングファンの視線は日本に集中する。そんな一戦で完璧なボクシングを披露したため、井岡の株が急上昇することになった。

 すでに日本でも報道されているとおり、現地時間1月4日に更新された『リングマガジン』のパウンド・フォー・パウンド(PFP)ランキングで井岡は10位にランクイン。世界のトップ10の中に、井上尚弥(大橋ジム)、井岡という2人の日本人ボクサーが入ったことは快挙である。

 筆者は2019年の秋以降、同ランキングの選定委員を務めているが、これまでPFPランキング選考の際に井岡の名前が出てくることはほとんどなかった。今回の試合前も、欧米で注目度が高かったのは無敗で3階級制覇を果たした田中のほう。そこから井岡が一気にトップ10入りしたのは、やはり田中戦での出来がすばらしかったからにほかならない。

 最新ランキングの選考過程で、井岡を推したパネリストの主な意見は以下のとおりだ。

「井岡を10位に浮上させる議論がなされるべきだ。田中恒成をバラバラにしたボクシングは印象的だった。(ランキング10位だった)ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)を陥落させる判断は簡単ではなく、悩みに悩んだが、ここでは井岡を推したい」

「井岡を10位に入れてほしい。ゴロフキンのことは大好きだが、現時点で井岡と同じレベルのパフォーマンスは見せていない。適切な判断だ。今後、GGG(ゴロフキンの愛称)がビッグファイトで、かつてのように戦ったらトップ10に復帰させればいい」

「複数の階級を制覇し、個人的にPFPトップ10に入ってしかるべきと感じていた選手(=田中)を下したから、井岡には10位に入る価値があると思う。ゴロフキンは明白に負けた経験はないし、今でも2017年9月のサウル・"カネロ"・アルバレス(メキシコ)との第1戦は勝っていたと思う。

 ただ、最近は対戦相手の質が落ち、38歳という年齢(による衰え)もある。現時点で実力では井岡、キャリアの深みではゴロフキンが上回るが、私は最近の力を重視して井岡を推したい」
 
 頻繁に名前が出ているが、井岡の浮上に伴い、前回のランキングで10位だったIBF世界ミドル級王者のゴロフキンが陥落した。

 通称"GGG"は数年前に同ランキング1位に推され、依然として世界的なリスペクトを集めるエリート王者だ。もう全盛期の力はないとしても、昨年12月18日にはIBF指名挑戦者のカミル・ゼラメタ(ポーランド)から4度のダウンを奪った上で7回TKO勝ち。38歳となった今でも健在なところを示したばかりだった。そんなスーパースターをランキングから蹴落とす形になったことからも、井岡がやり遂げたことの価値が見えてくる。

【最新のPFPランキング】
 1位 サウル・アルバレス(メキシコ)
 2位 井上尚弥(大橋ジム)
 3位 テレンス・クロフォード(アメリカ)
 4位 オレクサンデル・ウシク (ウクライナ)
 5位 エロール・スペンス・ジュニア(アメリカ)
 6位 テオフィモ・ロペス(アメリカ)
 7位 ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)
 8位 ファン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ)
 9位 ジョシュ・テイラー(イギリス)
 10位 井岡一翔(Ambitionジム)

 PFPランキングではカネロ、井上、クロフォードらによる首位争いが話題になることが多いが、9、10位争いも激戦だ。

 今回除外されたゴロフキン以外にも、オレクサンドル・グボジーク(ウクライナ)との無敗対決をKO勝ちで制した、ライトヘビー級の"怪物王者"アルトゥール・ベテルビエフ(ロシア)も評価が高い。さらに24戦全勝(23KO)の快進撃を続けるジャーボンテ・デービス(アメリカ)、強豪を連破してスーパーウェルター級の3団体統一王者になったジャーメル・チャーロ(アメリカ)も10位以内の候補になってきている。

 10月31日、スター性抜群のデービスが4階級制覇王者レオ・サンタクルス(メキシコ)に豪快な6回KO勝ちを飾った直後には、9、10位を決めるためにパネリストによる決戦投票が行なわれる事態になった。筆者は9位にテイラー、10位にベテルビエフを推したが、結果は9位にテイラー、10位にゴロフキンという順番に落ち着いた。

 ところが今回の井岡vs田中戦後、そういった議論はほとんどなく、井岡の10位浮上はすんなり受け入れられた。選考中、筆者は意見を言うのを控えたが、日本人パネリストからの"援護射撃"は必要なかった。ここで実力、戦歴が認められたことは、間違いなく井岡の今後に生きてくる。

 井岡は3月13日、米国内で開催されるエストラーダvsローマン・ゴンサレス(ニカラグア=帝拳ジム)戦の勝者との対戦を希望している。特にエストラーダが勝った場合、PFPトップ10選手同士の直接対決は多くの関係者、ファン垂涎のファイトになるだろう。また、IBF同級王者エルウィン・アンカハス(フィリピン)をサポートする「MPプロモーション」のプロモーター、ショーン・ギボンス氏も井岡との統一戦を希望している。

 このようなビッグファイトの実現に向けて、世界的に大きく評価を上げたことは"推進力"になる。日本でのタトゥー問題の行方は気になるところだが、PFPトップ10入りによって、井岡が2021年中さらなる大舞台に立つ可能性は高まったと言えるだろう。